2023年12月14日、中国とロシアの軍用機が東シナ海と日本海の上空で共同飛行を実施しましたが、この中に東アジアではまず見られないアクロバットチーム用の派手な機体がいました。なぜそんな機体が日本近傍を飛んでいたのでしょうか。

あの派手な戦闘機ナニ? 日中を巻き込んだ異色フランカーの正体

中国とロシアの複数の軍用機が、2023年12月14日の午前から午後にかけて、東シナ海から日本海にかけた公海上空で共同飛行を実施しました。幸い、日本への領空侵犯はありませんでしたが、航空自衛隊戦闘機を緊急発進(スクランブル)させるなどの対応を採っています。ただ、その際に空自戦闘機が撮影した1枚の写真が話題となりました。

公開された写真には、中国のH-6爆撃機、Y-8電子戦機、J-16戦闘機と、ロシアTu-95爆撃機、Tu-142哨戒機Su-35戦闘機が写っていましたが、特に注目を集めたのはロシアSu-35です。

軍用機は本来、目視で相手(敵)に見つからないようにするため迷彩や単色で塗装されるのが一般的でしょう。しかし、今回の中露共同飛行に参加したロシアSu-35は、濃い青と赤の配色でド派手にカラーリングされていたのです。

おおよそ戦闘機に似つかわしくないこの機体は、そのカラーリングの特徴から推測すると、ロシア空軍のアクロバット飛行チーム「ルースキエ・ヴィーチャズィ」の所属機と思われます。

「ルースキエ・ヴィーチャズィ」は、日本語に訳すと「ロシアの勇者たち」という意味になります。むしろ、日本ではその英語名である「ロシアン・ナイツ」で知られているかもしれません。

このチームは「フランカー」の愛称で有名なロシア戦闘機Su-30SMSu-35Sを運用していますが、その主任務は式典やエアショーなどでアクロバット飛行を行うことです。こういった役割のため、実際の任務に参加する部隊でなく、そこの所属機が今回の日本も巻き込んだ任務に姿を見せるのは、それ自体が非常に稀有なことだといえます。

派手な塗装はデメリット? 空自&米軍では考えられない理由

「ルースキエ・ヴィーチャズィ」は運用している機体こそロシアの最新戦闘機ですが、その目的は前述のとおり通常の戦闘機飛行隊とは異なります。言うなれば、人々にアクロバット飛行を披露して、所属する軍や政府の存在をアピールすることだといえるでしょう。

このチームのSu-30SMSu-35Sが非常に派手な塗装をしているのも、機体の位置や動きをわかりやすくアピールするためであり、航空自衛隊のアクロバットチーム「ブルーインパルス」のT-4練習機が、白と青のカラーリングなのと同じ理由です。

しかし、派手な塗装は相手からすればそれだけ見つけやすいという意味にもなります。このことは、戦闘機の本来任務である航空戦においては、被発見率が上がってしまい不利であるというデメリットしかありません。

航空自衛隊においても、航空祭や式典の際に、戦闘機へ派手な塗装を施した「記念塗装機」を用意することはあります。しかし、こうした機体は目立つため、やはり対領空侵犯措置のような任務飛行で使われることはありません。

筆者は以前、アメリカ海軍の元戦闘機パイロットに「記念塗装機みたいな派手な機体って空でも目立つの?」と聞いたことがあります。そのパイロットによれば自然環境にない色は遠方から見ても点のようになり、極めて目立つそうで、何らかしらの物体が飛んでいることはかなり遠方からでも目視で発見できてしまうとのこと。そのパイロットは「機体全体を迷彩以外で塗装することは、戦闘機としての意味を失っている」とも話していました。

なぜアクロチームの機体が日本近傍に?

今回の中露の共同飛行に「ルースキエ・ヴィーチャズィ」の所属機と思われるSu-35Sが参加した正確な理由は不明です。しかし、現在のロシア情勢などから仮説を立てることはできます。

ひとつは、目立つ機体をワザと参加させたというものです。中露両国による日本周辺での共同飛行は2022年11月にも行われており、昨年12月には共同演習、9月には海軍艦艇による共同航行も実施されています。

防衛省および自衛隊もこれらの動向を「戦略的連携を広くアピール」するものと分析しています。今回の共同飛行も、日本をはじめとする周辺国に注目されるのは中露側も事前に理解していることは間違いなく、そのために目立つ戦闘機をわざわざ持ってきたというワケです。

しかし、「ルースキエ・ヴィーチャズィ」の本拠地はモスクワ郊外のクビンカ基地であり、あの派手なSu-35Sも通常はそこを拠点に運用されています。それを一度の作戦のために、ロシア極東地域の基地に持ち込むのは、コストや手間の面で効率が悪いといえるでしょう。

そこでもうひとつ思いつく仮説は、ロシア軍戦闘機が不足している可能性です。

2022年2月のウクライナ侵攻以降、ロシア軍戦闘機は戦闘による損失や損耗が続いています。また、機体はあっても、侵攻に伴って各国の制裁措置を受けたことで、機体の運用を支える部品の供給にも問題が出てきています。そのような戦闘機の不足を補うために、「ルースキエ・ヴィーチャズィ」の機体を一般飛行隊に回したのかもしれません。

「ルースキエ・ヴィーチャズィ」では、Su-35S以外にSu-30SM(複座型)も運用しているため、一部の機体を他部隊へ放出しても問題がなかったと考えられます。

いずれの理由にしても、エアショーといったイベント以外で「ルースキエ・ヴィーチャズィ」の派手なフランカーの姿が報道されることで、世間を大きく賑わせたのは確かです。ロシア軍の本当の目的は現時点では不明ですが、Su-35Sのアクロバット機として塗られたあの派手な三色の塗装は、それを塗った意図の通りに世界の注目を集めたようです。

「ルースキエ・ヴィーチャズィ」のSu-35S「フランカー」(画像:ロシア国防省)。