『つい人に話したくなる名画の雑学』(ヤスダコーシキ/KADOKAWA)第7回【全7回】

「昔の風俗をつぶやくよ」ことヤスダコーシキ氏が、落ちついた語り口をベースに、独自の解釈をネットスラングなども用いてわかりやすく絵画を解説。
名画のモチーフや当時の背景、作家の人生など、絵画にまつわる雑学を誰でも楽しく知ることができます。軽妙で読みやすい文章は、長文でもさらっと読めるほど。ヤスダコーシキワールドに惹き込まれれば、あっという間に1冊を読破してしまいます。
読後感は「おもしろかった!」と充実したものになること確実。絵画に興味がある人はもちろんのこと、絵画に対してハードルが高いと感じている人や、長文が苦手な人でも楽しめる1冊です!

いま、編集部注目の作家

つい人に話したくなる名画の雑学
『つい人に話したくなる名画の雑学』(ヤスダコーシキ/KADOKAWA

つい人に話したくなる名画の雑学
1545年頃 油彩、パネル(板) 1461162㎜ ナショナル・ギャラリー(イギリスロンドン

まさに寓意のゴッタ煮 美しくも、カオスな問題作

『「愛」の勝利の寓意』

アーニョロ・ブロンズィーノ 【イタリア 1503~1572年】

とにかく情報が多すぎていまだに解釈が定まらず

 美しくはあるのですが、この絵はかなり色々と詰め込んであり情報多すぎです。寓意のゴッタ煮と言えるかもしれません。

 中央で接吻するのはヴィーナスキューピッド。二人は母子のはずなのですが、ヴィーナスはよく見ると口を少し開きベロチュー状態です。しかも彼女は愛の矢で息子を刺そうとしている。かなり背徳的です。右側の花吹雪を用意する天使は快楽の象徴。がっつり楽しめ、という意味っぽいですが応援する事ではないでしょう。後ろで頭を抱える老女は嫉妬。馬鹿な事をすると後悔するぞ、という諫めかもしれません。この他のキャラは時の象徴や欺瞞の象徴などなど。あまりにカオスなため、この作品の解釈はいまだ定まっていません。

肌のきめ細かさが目を引くマニエリスム期

 この問題作を描いたブロンズィーノは肌のきめ細かさや美しさが特徴であるマニエリスム期の画家。彼は有力貴族メディチ家の宮廷画家でした。なお、ブロンズィーノは彼の髪色から付いたニックネームです。

つい人に話したくなる名画の雑学
1880年 油彩、キャンバス 2680×3600㎜ ラ・ピシーヌ美術館フランス、ルーベ)

リアクション盛りすぎ! 絵画上のミュージカル

『マラーの暗殺』

ジャン=ジョゼフ・ウェールツ 【フランス 1846~1927年

全員がポーズをキメたミュージカルの一場面?

「犯人は、お・ま・え・だ〜♪」という歌声が聞こえてきませんか? ミュージカルの一場面のような過剰演技が絵画上で展開するという珍しい構図です。これはフランス革命指導者の一人マラーが美人アサシンシャルロット・コルデーに暗殺された実話を描いています。画題としてメジャーなこの暗殺なのですが、登場人物全員がリアクション盛りすぎ。兵士などは犯人を見てもいませんし、死んでいるはずのマラーもなんとなくポーズをキメているように見えます。

大げさなポーズは本人のお気に入り?

 ウェールツはエコール・デ・ボザールでアレクサンドル・カバネルやイジドール・ピルスに学んだアカデミック美術の人。フランス革命のエピソードを画題にする事が多かったようです。国民美術協会に参加し、パリの市庁舎など、公共の建造物で絵画が飾られている事もありました。なお、この作品に見られるような手を上げた大げさなポーズは他の作品にも見られます。お気に入りなのですね。

つい人に話したくなる名画の雑学
1470年頃 油彩、パネル(板) 537×408㎜ ナショナル・ギャラリー(イギリスロンドン

「おや、蠅が絵に?」 画家が企てたドッキリ企画

『ホファー家の女性の肖像』

シュヴァーベンの画家

死や腐敗を暗に示す「蠅」 ただ、それは建て前で

 絵画技法のひとつに「ムスカの描写」というものがあります。「目が、目がぁ」と言っていた某アニメのあの大佐とは全くの無関係です。ムスカラテン語で蠅の意味。16世紀頃の絵画には時々、このように蠅がちょこんと絵画に描き込まれる事がありました。これは暗喩とされており、「死」や「腐敗」を意味すると言われます。

 常識的に考えれば、「死を常に思う」(メメント・モリ)などという哲学的な意味が込められていると判断するべきかもしれません。しかし、そうした真面目な理由はあくまでも建前でした。本当は画家が自分の絵の腕前を誇示したくて、このムスカの描写を使っていたというのが真相のようです。その腕前披露の情景を想像するとこんな感じでしょうか。

 絵を見に来た人「おや? 蠅が付いていますよ」(手で蠅を払おうとする)。

 画家(ドヤ顔で)「いや、追い払うには及びません。それは私の描いた絵なのです」。

蠅の意味

 ムスカ(蠅)の描写の意味については、他にもいくつかの仮説が立てられています。肖像画の主が既に死んでいる事を表すという説や、絵画の対象が信仰を捧げるような対象ではない事を表すという説、そして蠅が災いを避けるお守りのような役目を果たしているという説など。正確な意味を特定するのは、何か決定的な資料が出てこない限り難しいでしょうね。

絵画にハエがついているドッキリ!? 死や腐敗を示すというハエを描いた別の意味とは?/つい人に話したくなる名画の雑学⑦