老後にペットを飼い始めて刺激のなかった日々が一変し、充実した生活を楽しむ人もいるでしょう。そんな素晴らしさがある一方、飼育費用などのいままでなかったコストが毎月固定で発生します。こうしたコストによる家計への負担を侮ってはいけません。本記事では、山川さん(仮名)の事例とともに、老後にペットを飼い始める際の注意点を株式会社ライフヴィジョン代表取締役の谷藤淳一FPが解説します。

70歳目前にできた新しい家族

東京都八王子市在住、年金生活者で当時69歳の山川宏子さん(仮名)。

家族は同い年の夫と長男、次男の4人家族。夫は大手精密機器メーカーの技術職として約40年勤め65歳で引退。

その後は現役時代に購入した現在の一戸建ての自宅に夫とふたりで暮らしています。2人の子供はともに大学まで卒業し、就職。現在は2人とも結婚し東京都内、千葉県内にそれぞれ家族と暮らしています。

2人の子供の学費や住宅ローンの支払いは現役時代に終え、夫の退職時に4,000万円の貯蓄も確保。65歳からの年金生活開始時、夫婦の老齢年金は毎月あたり手取りで25万円ほど。家計的に特に不安はない状況でした。

ただ外で活動することが少なく家のなかで夫婦2人で過ごす日々当たり前の生活になり、特に大きなアクシデントはないものの逆に刺激もなくマンネリ感が大きくなっていました。

現役時代は休みを見つけてはあちらこちらへ旅行をしていて、「老後は休みを気にせずたくさん旅行をしたい」と思っていたのですが、いざ毎日日曜日の暮らしが続いてみると好きだった旅行すら億劫に。どうしても無気力になってしまうのです。

運命の出会い

そんな日々を過ごしていた2年ほど前のある日、夕飯を終え、夫婦でなんとなくテレビをみていてふとチャンネルを変えたところ、ペットバラエティ『犬と暮らす幸せ』というタイトルが目に入りました。

タレントが犬と暮らしていくドキュメントのような番組で、愛犬との日常の暮らしや車でさまざまな場所に旅に出て楽しそうな暮らしぶりに山川さん夫妻も思わず見入ってしまいました。

番組を見終えて「犬もいいね……」などと話をしていたら少し具体的に考えてみたくもなり、後日近所のショッピングモール内にあるペットショップを訪問。たくさんの犬種がケージのなかで寝ていたり遊んでいたりしています。

そのなかで山川さん夫妻をじっと見つめている一頭のワンコが。「かわいいね」と夫婦で話していたところへ店員から「抱っこしてみますか」と声をかけられ山川さん夫妻はそれぞれ腕のなかへ。

いったんその日は帰宅したのですが、帰ってからも抱っこしたワンコの表情や感触が忘れられず夫婦で話し合った結果、購入して家に迎え入れることとなりました。

想像以上に刺激ある生活に歓喜

初めての愛犬との生活。右も左もわからないなか、ペットショップでいろいろアドバイスをもらったり、本でいろいろ勉強したりして、しつけをしながら日々を過ごしていきましたが、失われていた刺激ある生活に山川さん夫妻は喜びを感じました。

毎日朝早く起きて近所の公園へ散歩に行き、帰ってきて一緒にご飯を食べる。リビングでくつろぐ時間もすぐ横にくっついて寝ている愛犬の姿を見ているととても微笑ましい気持ちになれました。

うれしさのままに散財

新しい家族の誕生に歓喜し、刺激ある暮らしとなった山川さん夫妻。愛犬が快適に過ごせるようにベッドやトイレ、おもちゃなどさまざまなペット用品も買い揃えていきました。

ペットショップへ行くと想像以上にさまざまなグッズがあり、夫婦で「これかがいいあれがいい」と買い物へ行くのも楽しみに。

そして以前犬を飼うきっかけとなったテレビ番組で見た、愛犬との旅行にも行ってみることにしました。

もともと好きだったものの年金生活となり億劫になってしまっていた旅行を、新しい家族と新しいスタイルで再開することに。愛犬が車のなかで過ごすためのグッズや外を観光するときに必要となるカートなども買い揃えました。

いたれりつくせりのペット用施設

初めての愛犬との旅行なのでそれほど遠くない東京近郊の観光地を選択。インターネットで愛犬と泊まれる宿を探し予約しました。旅行当日車で出発し高速道路を走ったのですが、最初に驚いたのが高速道路サービスエリア

愛犬同伴で来ている人がたくさんいます。いままでは気にしていませんでしたが、自分で犬を飼ってみると周囲の愛犬同伴者がよく目につきます。

愛犬のためのドッグランが整備されており、売店ではペット用のグッズなどが多数販売されています。山川さんも思わず犬用おやつを衝動買いしました。

さらには観光地での飲食店においても多くの店舗でテラス席が設けられていて、そこで多くの客が愛犬と一緒に食事をしています。山川さん夫妻もネットで評判のいいお店のテラス席で愛犬とともに食事を楽しめました。

宿に入ると周りは愛犬同伴の客ばかり。あらためてペットブームということがわかります。部屋のなかの床は愛犬が滑らないような素材で覆われていて、そのほかトイレなどの備品も完備されています。「うちの床もこの子のためにこういう素材に変えたほうがいいね」いい勉強になったそうです。

施設は自分たちで準備しなくても気をつかわず快適に過ごせるようになっています。食事をとるレストラン内も当然同伴可で、愛犬はカートにのせて一緒に食事を楽しめます。愛犬用の食事も別メニューで注文でき、山川さんも思わず愛犬のためにごちそうを頼んであげました。

旅行を終え帰宅したあと、とても素晴らしい時間を過ごせて大満足の山川さん夫妻。愛犬を迎えたことをあらためてよかったと感じ、それからも定期的に愛犬とともにたくさん旅行をするようになりました。

夫と突然の死別…そして気がつけば2,000万円以上の貯蓄が消失

愛犬を迎え入れ非常に充実したセカンドライフを送っていた山川さん夫妻でしたが、1年前夫の突然の体調不良から病院にかかってみると、まさかのすい臓がんの診断。しかもステージ4とかなり進行した状態で、治療も難しい状態とのこと。主治医からも余命3ヵ月との宣告がありましたが、その宣告どおり初診から約3ヵ月で夫が亡くなってしまいました。

頼りにしていた夫の突然の死。失意に暮れた山川さんですが、そんな山川さんを慰めてくれたのが愛犬の存在でした。山川さんは愛犬を迎え入れたことに対してあらためて感謝の念が湧き、それ以降愛犬をさらに溺愛していくように。

夫ががんで亡くなったため、最近では犬もがんを患うということを耳にし、山川さんは愛犬の病気に対しても不安を抱くようになり、少しでも異変を感じたらすぐにペットクリニックで診てもらい、日ごろの食事も獣医師に勧めてもらった多少費用が掛かるものに変えました。

また山川さんが費用を負担して、2人の息子家族を連れて、夫とともに行った宿へ思い出をたどる旅行に出たりして少しずつ悲しみから立ち直っていくことができました。

「詐欺かと思いました(笑)」

そんな調子で愛犬とともに暮らし始めて約2年。引き続き愛犬に癒される日々を送っていた山川さんですが、あるとき預金通帳を見て驚きます。

なんと4,000万円あったはずの残高が2,000万円を切ってしまっています。

最初はなにかの間違いかと思ったのですが、よくよく明細を見てみると、まず2ヵ月に1回の年金収入は夫が亡くなって以降、遺族年金という形になりそれまでの約7割程度(月17万円程度)の金額に減っています。それに対し支出ですが、毎月のクレジットカード会社の引き落とし額がここ2年で大幅に大きくなっています。

月によっては100万円を超えているものもありました。

犬を飼う前は特別な出費はほとんどなく年金収入と支出がほぼトントンであったため、あまり通帳を見る習慣もなくなってしまっていました。

そして買い物のほとんどはクレジットカードなどキャッシュレス決済になっていたため、現金がなくなっていく感覚も失われていたのです。そこへ2年前から愛犬のための出費が加わりました。

おそらく減った預金残高はほぼすべて愛犬のための出費であったと思われますが、山川さんもこの2年を振り返ってみると身に覚えがあり、減った貯蓄額を見て思わず「2人の息子の大学の費用と同じくらいの金額ね……」と思わずつぶやきました。

「貯金がこんなに一気に減ったことはなかったので詐欺にでもあったのかと思いましたよ(笑)」

冗談交じりで言いますが、実際、笑っている場合ではないのです。

適切な費用見積もりと管理を

現在71歳の山川さん。2年で2,000万円以上の貯蓄を消失させてしまったのですが、なぜこのようなことになってしまったのでしょうか。

一般社団法人ペットフード協会の『令和4年 全国犬猫飼育実態調査』によると、年代別の犬の飼育状況は60代で11.6%となっており、その60代の犬の飼育理由の1位は『生活に癒し・安らぎがほしかったから』となっています。子供が独立し夫婦だけの世帯、または配偶者がいない、いなくなった独居世帯で、現役時代と違って社会や人とのつながりが少なくなり、老後の孤独感の解消のために犬などペットを飼育する人も増えています。

刺激の少なかった日々に潤いを与えてくれた愛犬の存在。これ自体はとても素晴らしいことでしょう。ただ溺愛のあまり家計管理に対して盲目になってしまっていた点には問題があるといえます。

山川さんはこれから仕事について新たに家計収入を増やすという意思はないため、それであれば現在の資産を大事にしていかなければ、老後資金が立ち行かなくなる可能性があります。

シニア世帯で癒しが欲しいために犬や猫を飼うことを考える人もいるかと思いますが、飼育経験のない人が新たに飼い始める場合には慎重な検討が必要です。以下でそのための注意点を2つ述べていきたいと思います。

1.人間以上!? ペットにかかるコスト

1点目は想像以上にコストがかかるということです。

ペット保険大手のアニコム損害保険株式会社が保険契約者へのアンケート結果として公表された『2022年の1年間にペットにかけた年間支出費用』によると、1年間にペットの犬にかける費用は約36万円。ということで、金額が高額となるものを上からあげると、  

ケガや病気の治療費:約6万7,000円 フード・おやつ:約6万6,000円 シャンプー・カット・トリミング料:約4万7,000円 ペット保険料:約4万5,000円 ワクチン・健康診断等の予防費:約3万4,000円

となっています。ただこれらの金額はあくまで平均値で、質を高めればさらに高額になっていき、その費用が毎月の固定費として続いていきます。愛犬を溺愛するほど『少しでもよいものを』と財布のヒモが緩むのです。

ペットを飼うというと『エサ代がかかる』ということは誰でも想像できますが、ほかにも洋服、トイレや清掃用具などの消耗品費、栄養補給のためのサプリメントの費用など、人間にかかるのと同じような費用がさまざまあります。

また事例でもあったように、現在は愛犬とともに楽しめる施設が増えており、その楽しさからレジャー費が想像以上に大きなものになることも考えられます。

2.人間同様長生きの時代に

2点目は、ペットも長生きするという想定が必要ということです。

一般社団法人ペットフード協会の『令和4年 全国犬猫飼育実態調査』によると、犬の平均寿命は全体平均で14.76才となっており、10年前の13.94才から伸びています。以前と比べてペットの食事の栄養や医療が充実してきて、長生きによって先述したコストがより長い期間かかり続けるのです。

そのため、愛犬可愛さに盲目的に出費を続けていると、家計が慢性的な赤字状態となり想像以上に資産を減らす可能性があります。

そうした事情も考慮すると、いまの時代にペットを飼うということは、人間の家族が1人増えたのと同じような前提で家計出費をよく把握し毎月の生活費のなかで飼育費用をカバーするという管理が必須です。

人間同様ペットも年齢が上がれば上がるほど、医療費がかかる可能性がありますし、終末期の段階においてはペットの介護という話が出てくることもあります。

愛するペットとともに長生きするためのお金の使い方

ペットを飼うことによりそれまでの生活では味わうことができなかった喜びを得られる一方、初めての場合には想像以上のコストが発生します。

老後の年金生活において初めてペット飼育を始めて、甘い見積もりのまま楽しみばかりに目を奪われると、老後破産という悲劇を招きかねません。

いままさにペットを飼うことを考えている方は、そのペットごとに想定される費用見積もりを慎重に行い、飼育をした場合のキャッシュフローなどを精査したうえで判断し、ペットと豊かな老後を過ごすことを勧めます。

谷藤 淳一

株式会社ライフヴィジョン

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)