世界のビジネスエリートたちは、今こぞって「行動経済学」を学び、グーグルアマゾン、マッキンゼーほか、名だたる企業が「行動経済学を学んだ人材」の争奪戦を繰り広げているという。なぜ、ビジネス界でこの学問に注目が集まるのか。本連載では、「行動経済学」の主要理論を体系化した話題書『行動経済学が最強の学問である』(相良奈美香著/SBクリエイティブ)より、内容の一部を抜粋・再編集。人間が「非合理的な意思決定」をしてしまうメカニズム、「システム1vsシステム2」など代表的な理論についてわかりやすく解説する。

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 第3回目は、人間の置かれた「状況」、そして「感情」が意思決定を歪めるメカニズムについて詳しく見る。

<連載ラインアップ>
第1回 グーグル、マッキンゼーほか、有名企業が「行動経済学」に注目する理由とは?
第2回 サラダの方が体にいいとわかっているのに、なぜケーキを選んでしまうのか?
■第3回 3種類のうち、なぜ多くの客が「Bランチ」を選ぶのか?(本稿)
第4回 顧客の声に応えたのに、マクドナルドの「サラダマック」はなぜ失敗したのか
第5回 なぜTikTokはやめられない?企業が駆使する「選択アーキテクチャー」とは?
第6回 スターバックスのラテは、なぜ現金で買った方がいいのか?

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要因②  状況

 先ほどの「認知のクセ」は人間の「脳の中」で起こっていることでした。そもそも「脳の中」に、「非合理な意思決定」を生んでしまう仕組みがあるのです。

「脳の中」で起こっているということは、我々の意思決定は「認知のクセ」から逃れることはできませんから、「認知のクセ」は3つの要因のうち最も基盤となる要因と考えていいでしょう。しかし、人間が非合理な判断をしてしまう要因は「脳の外」にもあります。人間の判断は周りの「状況」の影響を強く受けるのです。

 伝統的な経済学は「人間はどんな状況にも左右されず、常に合理的な意思決定をする」という前提で成立しており、私たち自身も自分について、常に「自分で意思決定し、行動している」「自分で人生をコントロールしている」と考えています。ところが行動経済学の研究はそれを覆すものでした。

「人間は環境に左右されて意思決定し、状況に影響されて行動している」

 これは何百、何千もの研究で証明されており、私たちが持ち合わせていると思っている「主体性」は実はあやふやなものだったのです。「自分らしくない行動をしてしまった」とか、「なんで選択肢Aじゃなく、Bを選んでしまったのか」と後から思うことはありませんか?

 それは、私たちは「自分で主体的に判断している」のではなく、周りの状況に「判断させられている」ことの表れなのです。だからこそ、このことを知らずにいると、「非合理な意思決定」をしてしまうのです。

 つまり、ほんのちょっとした「状況」の変化で私たちの意思決定は変わります。「状況」に分類される行動経済学の理論で有名なのは「選択アーキテクチャー(Choice Architecture)=選択の環境設計)」で、環境を操作することで、人を自分が望む方向に動かすというものです。

 例えば、あるレストランが、いくつかあるランチのうちBランチを積極的に売りたいと考えているとき、Aランチはあえて高い料理、Cランチはとても安いけれど一風変わった料理にしておくことで、みんな自然とBランチを選ぶように誘導することができます。すなわち、「どういう選択肢を提示するか」という「状況」を意図的に変えることで、お客さんに「Bランチを選ばせる」ことができるというやり方です。

 第2章では、「状況」に分類される行動経済学の理論を取り上げます。自分が知らないうちにどんな状況に影響を受けているのかわかるでしょうし、逆にそれを利用して人をさりげなく動かすこともできるようになるでしょう。

要因③ 感情

 我々の意思決定は「認知のクセ」から逃れられない。さらに、私たちが何かを判断するとき、周りの「状況」からも強く影響を受けている。

 この2つに加えて、人間の「非合理な意思決定」に影響を与えるのが、最後の要因である「感情」です。

 従来の経済学では、人は合理的な存在と考えるため、人の行動は感情になど左右されないとされていました。

 しかし、皆さんも経験があるでしょう。心に「不安」の波が押し寄せてきたことで、ついベストが尽くせなかった。また、「怒り」のせいで、あり得ないミスをしてしまい、人間関係がギクシャクしてしまった。

 もし人間が合理的なのであれば、感情などに惑わされず、常にベストの成果を出し、ビジネス上の人間関係は良好に保つようにするはずです。しかし、私たちはつい感情によって、「最善の結果が出せない」や「関係を壊す」という非合理な結果を生み出してしまいます。

 もともと人間の感情というものは、進化の過程で出来上がったものです。「将来、食糧がなくなるかもしれない」という「不安」の感情があることで、それに備えることができましたし、「怒り」という感情があることで、外敵と戦う準備につなげることができました。

 しかし、今はそういう時代ではありません。もともとはすべてが有用だった「感情」ですが、今でも引き続き「有用な感情」と、今となっては「やっかいな感情」に分かれることとなりました。

 この「有用な感情」をいかに上手く使って自分や他人を動かすか。逆に「やっかいな感情」をいかにうまくコントロールして、ビジネスを有利に動かすか。

 これを知ることで、より良い意思決定ができるようになり、ビジネスにも生かせるのです。

 そして、行動経済学では自分で意識できる感情だけでなく、喜怒哀楽とまではいかない「淡い感情」が実は人の判断に大きな影響を与えると考え、この点が非常に奥深い点です。

 第3章では、行動経済学の中の「感情」にまつわる理論をまとめます。常に隣り合わせの感情に振り回されずに適切な意思決定をする方法をお伝えします。また、人々の感情によって経済がどのように動くかも押さえておいてください。

■「主要理論」を初めて整理・体系化

 以上の3つに分類された行動経済学の理論を知ることで、人間の意思決定に影響する要素をすべてカバーでき、「知識としては知っているけれど、理解が浅い」という問題を解決できます。それは深い理解につながり、生きた「教養」になるでしょう。

 ちなみに、あえて順序をつけるなら、「認知のクセ、状況、感情」の順に影響力が大きいと言えます。「認知のクセ」は先ほどもお伝えしたように「脳の中」のことですから常に影響を受けますし、私たちの周りには常に何かしらの「状況」が存在します。

 一方、「感情」は高ぶった場合は影響が強くなりますが、フラットな場合は影響は小さいので、常に影響を与えるかという点では、他の2つに比べると頻度は下がるでしょう。

 しかし、一方で「変化の幅」という観点もあります。特に、私たちは感情的になってしまうと、冷静なときにはあり得ない意思決定をしてしまうこともあり、「感情」は「変化の幅」が大きい要素です。一方で、「認知のクセ」は常に影響を与えるものの、意思決定がどう変わるかという「変化の幅」は基本的に狭い要素になります。

 ここまでお話ししてもうおわかりの方もいると思いますが、実際には3つのカテゴリーは互いに関係し、複雑に絡み合っているケースがほとんどです。

 例えば、深い悲しみや激しい怒りに駆られていたら「感情」が一番大きく影響しますが、新型コロナウイルスパンデミックのような極限状況にあれば、「状況」の影響が最大化します。

 忙しくて疲れて睡眠も食事も十分でないときは、「認知のクセ」が影響した意思決定となるでしょう。しかも、実際にはこれらが渾然一体となって混じり合い、グラデーションになっているケースがほとんどで、それが人間というものです。

 それでは第1章からは、研究者としての行動経済学の知見と、アメリカの一流企業およそ100社に行動経済学でコンサルティングをしてきた経験を踏まえ、それぞれの理論を具体的に説明していきます。

「単なる知識」で終わらせず、学問の世界とビジネスの世界のいわば“いいとこ取り”をし、皆さんに「使える教養」を身につけてもらう。それが行動経済学の研究者からビジネスの世界に転身した私の役割だと考えています。

<連載ラインアップ>
第1回 グーグル、マッキンゼーほか、有名企業が「行動経済学」に注目する理由とは?
第2回 サラダの方が体にいいとわかっているのに、なぜケーキを選んでしまうのか?
■第3回 3種類のうち、なぜ多くの客が「Bランチ」を選ぶのか?(本稿)
第4回 顧客の声に応えたのに、マクドナルドの「サラダマック」はなぜ失敗したのか
第5回 なぜTikTokはやめられない?企業が駆使する「選択アーキテクチャー」とは?
第6回 スターバックスのラテは、なぜ現金で買った方がいいのか?

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