カラパイアの元の記事はこちらからご覧ください

Artist's reconstruction by Karen Carr/The Conversation

 アメリカ大陸には1万年以上前から犬が存在していた。ユーラシア大陸からヨーロッパ人が初めて北米にたどり着いたとき、犬はすでに家畜化されていたという。

 現在の米ワシントン州ブリティッシュコロンビア州南西の沿岸部では、およそ5000年前にさかのぼる犬の骨が見つかっている。

 アメリカの先住民のコミュニティでは、犬は物を運んだりすることも含め、さまざまな役割を担っていた。世界のほかの地域では馬や牛、羊などほかの生き物が、こうした役割を務めていた。

 最新の研究によると、20世紀初頭に絶滅したとされるアメリカ先住民の伝統的な犬種は、羊毛の代わりにそのモコモコした毛を織物に利用されていたという。

【画像】 ウールの代わりの役割を果たした先住民族のモフモフ犬

 ヨーロッパ人が入植してくる以前、太平洋岸北西部に住んでいた先住民族「コースト・セイリッシュ族」は、伝統的にモフモフの長い毛をもつ犬を飼っていた。

 その毛から織物にするウールのような動物繊維をとるためだ。この犬はアルパカやラマと同様、アメリカ大陸全土で、毛皮目的で意図的に飼育されていた数少ない動物のひとつだった。

 しかし、羊のような毛をもつ犬を飼い、その毛から織物を作る習慣は、19世紀になると廃れていき、この犬種は20世紀始めには絶滅したと言われている。いったいなにがあったのだろうか?

[もっと知りたい!→]かつてアメリカ先住民が築きあげた、失われた都市「カホキア」の遺跡(アメリカ)

00_e

Artist's reconstruction by Karen Carr/The Conversation

20世紀初頭に絶滅したとされる犬

 現在確認されているこの犬種の標本は、1859年に死んだ後、スミソニアン博物館に保存されている「マトン」という犬の毛皮だけだ。

1_e

スミソニアン博物館で160年以上保存されている犬「マトン」の毛皮 / image credit:.Audrey LinThe Conversation

 かつてこの先住犬は、博物学者ジョージ・ギブスの相棒だった。ギブス博士はブリティッシュコロンビア州と太平洋岸北西部の地図を作る北西境界測量調査隊に参加していた。

 マトンはその死によって、この長毛犬の先祖、選別や管理について学ぶ機会を私たちに与えてくれている。

 考古学者、進化分子生物学者、分子人類学者から成る大規模な研究チームが、大勢の先住民族たちに協力してもらって、マトンの研究を進めた。

 歴史書を調べ、コーストセイリッシュ族の長老、知識人、織物職人、アーティストにインタビューし、ふたつの異なる世界観のレンズを通して物事を見る、つまりここでは先住民の知識の強みと西洋科学の知識の長所を合わせるというやり方で、マトンの物語と遺産をよみがえらせようとした。

コースト・セイリッシュ族の地位の高い人のみが飼うことを許された

 ヨーロッパ人たちがやってくるまで、大平洋岸北西部には数種類の犬がいた。村で飼われていた大型犬や狩猟犬、小型の毛の長い犬などで、交配を防ぐために別々に飼われていた。

 毛の長い犬は、現在のアメリカンエスキモードッグよりも少し体が大きく、尾は巻いていて、耳が立っていて、キツネのような細くとがった顔をしている。彼らは吠えるというより、遠吠えをする。

 コースト・セイリッシュ族の地位の高い女性たちだけが、伝統的にこの毛の長い犬を飼うことが許されていた。

 その頭数によって、彼女たちの裕福さがわかった。この犬の毛で織られたブランケットは、シロイワヤギや水鳥、植物の繊維と混ぜて作られることが多く、重要な交易品、贈答品だった。
2_e
編んだブランケットをまとう、カウイチャン族の若い女性(エドワード・S・カーティス、1900年代初頭) / image credit:public domain/wikimedia

犬が絶滅した理由

 当初、歴史家や経済学者は、この毛の長い犬が絶滅したのは、資本主義勢力のせいだと主張していた。

 ハドソン湾会社のような企業が提供する安いブランケットが出回るようになって、コーストセイリッシュ族が、自分たちでブランケットを作る必要がなくなった。

 機械編みのブランケットが手軽に手に入るのに、毛の長い犬を飼ってその毛を刈り、膨大な時間と手間をかける従来通りのやり方でブランケットを編む必要がどこにある?というわけだ。

 しかし、コースト・セイリッシュ族の人々は、それは違うという。

 マスケアム・インディアン・バンドの熟練の織り手であるデブラ・クワセン・スパロウはこう説明する。
ブランケットは、私たちの歴史、家族、地域社会でのアイデンティティのあり方を真に物語っているものです。ブランケットが、私たちの文化すべてを反映しているのです
 コースト・セイリッシュ族は、愛する犬の友と進んで別れるつもりはまったくなかったという。

 経済上の理由からだと単純に言い切ってしまうのは、この長毛犬の絶滅に絡んだ植民地主義の重大な意味を無視することになってしまう。

 時の政府政策は、先住民の文化や慣習を抑制し、縮小させようとしたのだ。

先住民たちは文化的なことはやってはいけないと言われた。警察、先住民の中のスパイ、聖職者までがグルだった」ストーロー・ネーションの長老シュウェリクウィヤ・レナ・ポイント・ボルトンは語る。

「犬を飼うことも許されなかった。わたしの祖母は、飼っていた犬を処分しなくてはならなかった。そのため、家族は二度と犬に会えなかった」

 結局、コーストセイリッシュ族の長毛犬はいなくなってしまった。

この特別な犬の毛皮から生態を調査

 幸いなことに研究チームは、160年以上保管されていたマトンの毛皮を手にすることができた。

 飼い主のギブスが、最初にどうやってマトンを飼い始めたのかは、誰にもわからないが、おそらく、現在のブリティッシュコロンビア州ストーロー領の先住民たちと働いているときに譲り受けた可能性がある。

 現在の技術を使って、マトンの品種と先祖に関する謎に取り組んだ。
3_e
残されていたマトンの毛皮を蛍光X線分析装置で分析 / image credit:Audrey Lin/ The Conversation

 まず、マトンが生きていた時代の環境を詳しく知るために、安定同位体分析法を使った。かつて生息していた生き物の組織を化学分析し、どのようなものを食べていたのか、健康状態はどうだったのかを調べたのだ。

 長老たちや知識人へのインタビューで、長毛犬のエサは、村のほかの犬のものとはまったく異なっていたことが確認された。

 健康状態や毛並みを良好にするために、特別なエサを与えられていたのかもしれない。例えば、サーモンヘラジカ、特定の地元植物が、長毛犬のために確保されていたのだろう。

 マトンの毛皮の安定同位体数値は、マトンがしばらくの間、トウモロコシを食べていたことを示していたが、死の間際にはその数値は徐々に低くなっていく。

 かつての調査隊メンバーの手紙から、コーンミールが不足していて、地元の人たちとの取引で手に入れた輸入品を補っていたことがわかっている。

 ギブスの日記には、マトンは死ぬ前に病気だったと書かれているが、安定同位体の分析では、慢性疾患を裏付ける数値は出ていない。マトンは急性疾患だった可能性がある。
4_e
さらに進んだ分析のため、マトンの毛皮から慎重にサンプルを抽出するクリス・スタンティス氏。 / image credit:Hsiao-Lei Liu/The Conversation

次 に、この犬種の長期的な飼育を理解するため、先祖を調べる遺伝子分析を試みた。

 マトンのDNAの塩基配列を突き止め、太平洋岸北西部のほかの村で、探検家たちによって殺された同時代の犬のDNAと比較してみた。さらに、現代や古代の多くの犬のDNAパネルとも比べてみた。

植民地時代以前の先祖を持つ珍しい北米の先住犬だった

 その結果、マトンは白人の入植者がやってきてからもずっと生きていた、植民地時代以前の先祖をもつ、珍しい北米先住犬であることがわかった。

 マトンと、200頭以上の古代および現代の犬のミトコンドリアゲノムのデータ群を使って、詳細な家系図を作ってみた。時間較正系統図と呼ばれるもので、マトンの母系の血統を図式化したものだ。

 この系統図に基づくと、マトンのもっとも新しい共通祖先は、1800年から4800年前の間にブリティッシュコロンビア州に生息していた、ほかの古代犬の祖先から枝別れしている。

 これは既知の考古学的記録と一致している。言い換えれば、マトンのように長い毛におおわれた犬の系統は、何千年もほかの犬とは隔離されてきたものだということだ。

 マトンのゲノムには、近親交配の痕跡が見られるが、これは、長期にわたる慎重な品種選抜管理の結果かもしれない。毛深いヒトの遺伝子によく見られるKRT77やKANK2など、髪や皮膚に関連する遺伝子の変異を特定した。

 しかし、マトンは非常に不安定な時代を生きていた。例えば、1858年には、3万3000人以上の炭鉱夫が、黄金を求めて現在のブリティッシュコロンビア州になだれ込んできた。

 人間のこうした流入が、マトンのDNAに痕跡を残していて、彼のゲノムの8分の1(曽祖父母ひとり分のDNAに相当する)は、入植者が持ち込んだヨーロッパの犬に由来するものだったことがわかった。

 最後に、科学アーティストと協力して、考古学的な犬の骨とマトンの毛皮を使って、彼らが生きていた頃の様子を科学的に正確に再現した。
5_e
コースト・セイリッシュの伝統的なブランケット。織機に張られた縦糸に長毛の犬の毛が織り込まれている。 / image credit:The Conversation

明らかになる先住犬の過去

 研究チームは、先住犬としてのマトンの先祖、白人入植者たちとの旅、スミソニアン博物館での最後の時間などを織り交ぜて、さまざまに異なる方法でマトンの数奇な生涯を探ってきた。

 マトンは、植民地以前の先祖をもつ、我々の知るもっとも新しい犬だ。ヨーロッパ人による植民地化は、北米の先住民族にとって壊滅的な打撃を与えた。

 マトンが先住犬のDNAを受け継いでいるという事実は、コースト・セイリッシュ族の人たちが、この長毛犬の伝統を存続させるために細心の注意を払ってきたことの証だ。

 調査に協力してくれたコースト・セイリッシュ族の織り手たちは、複雑な織りの技術を復活させ、使用されているユニークな材料のことをもっとよく理解するために、今は博物館のコレクションになっている伝統のブランケットがどのように作られているのかを熱心に学んでいる。

The truth of why the Salish Woolly Dog went extinct

先住犬の復活は望めるのか?

 マトンの遺伝子配列解析によって、未来の研究者たちが、伝統的な織物に使われている素材遺産である犬の毛を特定できるかもしれない。

 モコモコの犬がもう一度、家族のもとに戻ってくることを望む、コースト・セイリッシュ族もいる。

 マトンのDNAは、160年以上という年月の経過によってかなり劣化しており、現時点ではクローンを作ってオリジナルの長毛犬を復活させることも不可能だという。

 だが選択的な繁殖と飼育によって、将来的には新たな種類の長毛犬が誕生するかもしれない。

「でも、もっとも重要なのは、絶滅した長毛犬が、なにかを生み出し、創造し、生き返らせるという贈り物を与えてくれたということです」トワナ/スココミッシュ族の長老ミッチェル・パヴェルは言う。

「やってみましょう。彼らを生き返らせましょう。モコモコの毛をもつ犬は、いまでも私たちの生活の一部なのですから」

References:Mutton, an Indigenous woolly dog, died in 1859 - new analysis confirms precolonial lineage of this extinct breed, once kept for their wool / written by konohazuku / edited by / parumo

 
画像・動画、SNSが見られない場合はこちら

アメリカの先住民は羊毛の代わりにモフモフした犬の毛を織物に利用していた