勤め先の会社が、従業員の忠誠心を推し量るために仕掛けてくる「ダミースカウト」。とくに、役員候補で次期取締役の呼び声が高い人材など、会社から高いロイヤリティを求められている立場の人に対して仕掛けられるケースが多いといいます。本稿では、東京エグゼクティブ・サーチの代表取締役社長・福留拓人氏が、現在人材業界で聞かれる「ダミースカウト」の実態について解説します。

最近人材業界で聞かれる「ダミースカウト」って? 

「ダミースカウト」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。最近人材業界などでよく知られるようになった言葉で、とくにヘッドハンティングの現場では広く普及してきています。実際にダミースカウトに一度でも遭遇すると、その後は誰もが疑心暗鬼にならざるを得ません。それだけ物騒で一抹の恐怖さえ感じる手法です。

通常、ヘッドハンティングのお誘いというのは、自宅や職場に手紙が届いたり、仕事用のメールアドレスにスカウトメールがきたり、会社貸与のスマートフォンや会社の内線に電話がかかってきたり、あるいは帰宅途中に駅を出たところで声をかけられたりといった形でファーストコンタクトが行われるのが一般的です。

一方、転職サイトに登録した情報を基にSNS経由でスカウトを受けるというのは本来のヘッドハンティングではありません。対象者の情報がまったく開示されていない状況でありながら詳細に調べ上げられていたり、よく知った人から声をかけられたりする、それが本当のヘッドハンティングです。

ダミースカウトというのも、上に紹介した接触技法と同じ手法、同じ文面、同じような内容で行われます。

すなわち「ダミースカウトとは何か」を単刀直入にいえば、勤め先の会社が、従業員の忠誠心を推し量るために仕掛けてくる偽のスカウトのこと。もしくはその従業員のキャリアに何らかの理由で傷をつけたい勢力が、失脚の遠因を作ろうとしているものです。

現職における敵や悪い意味でのライバル、それらが偽のヘッドハンティングを仕掛けてくることがあるのです。非常に物騒ですが、こうした負の要素がスカウト案件に混ざり込んでくることは珍しくないため、注意が必要です。

 5%程度の人が「ダミースカウト」を経験している

その証拠に、筆者らがファーストコンタクトを行い、接触に成功した事例のなかで、このダミースカウトを警戒し、確認を求めてくる人が5%程度はいます。つまり100人中5人くらいの人が、過去に「ひょっとするとダミースカウトかもしれない」と警戒するような接触を受けたことがある証といえそうです。

とくに役員候補になっている人物で近い将来に昇進の期待がある、もしくは経営陣が指名を考えているような場合に、ダミースカウトがうごめくことがあります。

該当者が仕事のできる人物であることはわかっている訳ですが、現在の勤め先に対するロイヤリティを測るために、わざとライバル会社から破格のオファーがもたらされたかのような架空の話をでっちあげて接触し、その反応を調査するという事例は、稀に耳にします。

また最近では、先端技術を取り扱うモノづくりの企業で産業スパイが過去に潜入したと思われる痕跡があるとか、機密情報の持ち出しが実際にあったなど、深刻な事例が企業の内部で問題になることがあります。その場合は技術系として従事している人たちに情報漏洩のリスクがないか確認するためにダミースカウトを隠れミノにした調査が行われることもあります。

経営陣が従業員を信頼し、双方が虚心坦懐にコミュニケーションを取れていれば、このように策士が策を講じるような必要は本来ないのでしょうが、上記は筆者らが日々の業務のなかで実際に遭遇したことのある事例です。

ビジネスシーンに確実に存在する「ダミースカウト」に要注意

このアクションは企業の規模はどうあれ、一担当役員や一担当部長が独断で調査を行えるようなものではなく、企業トップの性格が色濃く反映されています。これをみて気持ちの良い手法だと感じる人はかなり少数派でしょう。

このように人材の登用や技術の漏洩、機密保持などについて手段を選ばず毅然と対応するところに一目置くか、もしくは正々堂々とした正面突破のコミュニケーションではなく猜疑心から事実を探ろうとすることに不快感を持つか、その捉え方は人それぞれです。ダミースカウトの手法に対する評価は人それぞれでしょうが、こうした手法がビジネスシーンに確実に存在していることは覚えておくべき事項です。

企業において会社法や商法の定めから考えると、取締役は雇用関係ではなく委任契約になります。

ですから取締役と事業部長はたとえ職務範囲に差がなかったとしても、法律上は厳然たる違いがあります。会社の経営に連帯責任を負う取締役の責任というのはとても大きなものです。

ですから、株主等のステークホルダーに対しての高いロイヤリティを求められるのは間違いありません。現在、役員候補で次期取締役の呼び声が高いポジションにいるような人は、そうしたタイミングでの聞こえの良いスカウト案件には、くれぐれも用心しておいたほうがよいでしょう。

今後もしヘッドハンターと接触する機会があったら、背後にダミースカウト的な動きがないかどうか、よく観察することをおすすめします。

(※写真はイメージです/PIXTA)