知られざる「日本の住宅とその性能」について焦点をあてる本連載。今回のテーマは「木造の中高層建築物」。脱炭素への取り組みをはじめとした環境意識の高まりで注目を集めていますが、高コストがネックとされてきました。しかし、その流れに大きな変化が生じようとしています。

政府は、GXに本腰を入れつつある

政府は、脱炭素社会の実現に向けて、化石燃料中心の経済・社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体を変革していこうとしています。その一環として、GX(グリーントランスフォーメーション)を実行するべく、必要な施策を検討するために、内閣総理大臣を議長にしたGX実行会議が令和4年7月から開催されています。

今年の11月7日には、第8回のGX実行会議が開催されました(図表1)

出席者には、岸田総理をはじめ、各大臣や経済団体代表、大企業の社長・会長が名を連ねています。11月7日の会議では、筆者も個人的に親しくお付き合いさせていただいている福岡県の地域工務店のエコワークス株式会社代表取締役社長の小山貴史氏も出席し、地域工務店の立場からのプレゼンテーションを行っています。

小山氏のプレゼンテーションの骨子は、次の3点でした。

① 中小工務店でもZEH(ゼロエネルギーハウス)が標準化できること

② 既存住宅の省エネリフォームもGXに効果的であること

③ DR(デマンドレスポンス)、すなわち太陽光発電の余剰電力利用が今後は重要であること

① と②について理解することは難しくないかと思いますが、③は少しわかりにくいかと思います。そこでDR(デマンドレスポンス)について解説するとともに、各家庭においては、具体的にどのような取り組みが有効なのか、経済的な損得も勘案しながら解説します。

住宅分野の取り組みがもっとも有効⁉

小山氏をはじめ、各出席者のプレゼンテーション資料は、WEBで閲覧することができます。取り組みとしては、住宅を中心とした「くらしGX」と産業分野の「産業GX」に分けて、施策が整理されています。

各出席者の資料にざっと目を通してみて感じたことは、「産業GX」の施策メニューについては、どうしても従来の仕組みに比べて、公共か民間のいずれかのコスト負担が増えそうであるということと、脱炭素以外の取り組みのメリットがあまりなさそうということです。それでも、推し進めなければならないことは確かだと思いますし、産業分野におけるGXへの取り組みが、経済的にどのような影響を及ぼすのかは、筆者は門外漢なのでよくわかりません。ただ、「産業GX」の施策メニューは、脱炭素以外の直接的なベネフィットが少ないように見受けられるのが気になりました。

それに対して、住宅分野の取り組み、すなわち住宅の性能向上に係る取り組みは、脱炭素以外に、消費者にとっては、健康・快適・経済面において、とても大きなメリットがあります。つまり、脱炭素以外にも大きなベネフィットがあるということです。これらのメリットについては、今までも説明してきたとおりです(関連記事:『日本の家「寒すぎる脱衣所」…年間“約1.9万人”が亡くなる深刻』『「冬の朝でも目覚めやすく、ほこりは減る」高断熱住宅に住んで“家事が楽になった”5つの理由』)。

そしてこれは、逆に国の側から捉えると、国民の健康寿命が延びることは社会保障費の負担軽減につながります。また、労働力が不足するなかで健康な人が増えることは、国全体が労働力不足に陥り労働力の需給ギャップが深刻になるなかで、その解決の一助にもなると考えられます。そして何よりも、健康・快適な暮らしの実現により、国民のQOL(Quality of life)が向上するということが最大のメリットなのではないかと考えます。

つまり、住宅分野のGXへの取り組みは、それ以外のベネフィットも多く、住宅分野をもっとも重点的に推進することが、総合的に考えると、国の施策としては最も有効であると筆者は考えます。

国もある程度は、このような認識を持っていると思われ、岸田首相は、暮らしの脱炭素化、つまり住宅分野については、「今後3年間で2兆円規模の支援策を講じ、暮らし関連での民間事業者の投資を呼び込む」ことを表明しています。具体的には、断熱性能が高い窓への改修補助や高効率な給湯器の購入支援を経済対策に盛り込むことで、脱炭素関連の投資を加速させるということです。

特に、来年度の国土交通省の予算案を見ると、新築の省エネ性能向上よりも、既存住宅の省エネ改修に対して、非常に手厚い補助の予算が確保されています。特に今年度かなり注目を集めたとても高い補助率で既存住宅の窓の断熱改修を促進する「先進的窓リノベ事業」(関連記事:『我が家は「寒すぎる…」から脱却のチャンス!7割補助で「暖かい家」を手に入れる方法』)も来年度継続されることになっています。

つまり、冬寒く、夏暑く、冷暖房光熱費負担が重く、また冬の結露のひどさにうんざりしているなど、現在の住まいに悩んでいる方にとっては、リーズナブルに省エネ改修が行えるチャンスが到来しているということです。省エネ改修・断熱リノベについては、以前ご説明した通りです(関連記事:『光熱費高騰の今こそ「住まいの断熱化」のチャンス!プロが勧める「お手軽リノベ」4選』)。

DR(デマンドレスポンス)とは?

さて、小山氏がGX実行会議で説明した「③DR(デマンドレスポンス)、すなわち太陽光発電の余剰電力利用が今後は重要であること」とは、どういうことなのでしょうか?

そもそも、DR(デマンドレスポンス)という言葉は、多くの人にとって聞き慣れないものだと思います。ただ、これからの住宅の省エネ性能や経済的なメリットを考える際には、とても重要なキーワードです。

資源エネルギー庁によると、DR(デマンドレスポンス)とは、「消費者が賢く電力使用量を制御することで、電力需要パターンを変化させることです。これにより、電力の需要と供給のバランスをとることができます。」とされています。

まだ、わかりにくいですよね。

電気を安定して供給するためには、電気をつくる量(供給)と電気の消費量(需要)が同じ時に同じ量になっている必要があります。これらの量が常に一致していないと、電気の品質(周波数)が乱れてしまい、電気の供給を正常に行うことができなくなってしまいます。

電力会社は、電力の需給バランスを保つために、刻々と変動する電力需給に合わせて発電量を変え、供給する電力量を需要と一致させるように努力しています。

ところが、電気は貯めることができないため、急な需要の増加に備えて電気をあらかじめ蓄えて用意しておくことはできません。その日その時に使う電気は毎日生産し、必要になった都度供給しなければならないのです。

ところが、太陽光や風力など再生可能エネルギー(再エネ)の供給量は、天候などさまざまな条件によって変動します。近年の再エネの導入拡大によってこの変動量が増加しています。供給側にとっては、電力需給バランスに急な変動をもたらしてしまうリスク要因が大きくなってきているのです。

たとえば、需要が多い時期には電力需給がひっ迫する一方、需要が少ない時期には供給が過剰になり、再エネ由来の電気が余ることもあります。特に太陽光による発電については、余剰電力が生じた際の出力制御が行われることが増えてきています。出力制御とは、電力会社が発電事業者に対して発電設備からの出力停止または抑制を要請し、出力量を管理する制度のことです。出力制御中は、発電事業者は売電ができなくなります。つまりその分の売電収入が減るということです。

これからの太陽光発電の経済的メリットを最大化するためには

住宅分野のGXの鍵を握っているのは、太陽光パネルのさらなる普及です。売電価格がかなり下がっているので、経済的なメリットがないと考えている方も多いようですが、まだまだそんなことはありません。太陽光パネルのメリットについては、以前説明した通りです(関連記事:『売電価格下落で「太陽光発電にうまみなし」という大きな誤解』)。

ただ、太陽光パネル設置の経済的なメリットをより大きくするためには、DR(デマンドレスポンス)を意識することがより重要になってきています。

これまでのところは、出力制御の対象は、10kW以上の太陽光発電の設置者が対象でした。そのため、10kW未満が一般的な戸建て住宅の太陽光は出力制御の対象ではありませんでした。ただ、今後は10kW未満も対象になる可能性も高いものと思われます。

少し専門的な話でわかりにくいかと思いますが、DR(デマンドレスポンス)を意識するということは、自家消費率の向上させることだと理解してもいいと思います。それにより、太陽光発電を設置する経済的なメリットがより大きくなりますということです。

2023年度の太陽光発電の売電価格は、容量が10kW未満で16円/kWhにまで下がっています。一方で、電力会社から購入する電気代(買電価格)は、基本料金と従量料金から構成されるために、単純には算出できませんが、2023年8月の東京電力の平均モデル(260 kWh/月)に基づく単価は、40.4円/kWhです(激変緩和措置による値引き前)。実際には、激変緩和措置による値引きがあるため、これよりも安くなっていますが、この制度に永続性があるとは思えないので、今後の買電価格は、40円/kWh以上の時代になると考えた方がいいでしょう。

ちなみに、筆者が2016年から直近までの東京電力の電気代(買電価格)の推移を計算したところ、平均するとなんと毎年約5.2%(激変緩和措置による値引き前価格)の値上がりが続いています。これほどの値上がり傾向がいつまで続くのかはわかりませんが、諸々の社会的な状況を総合的に勘案すると、基本的には電気代の値上がり傾向は続くものと思われます。

そして、太陽光発電は、もちろん昼間しか発電しませんから、昼間の余剰電力を16円/kWhで売っても、夜は40円/kWh以上で購入しなければならないということです。さらに固定価格買取制度(FIT)は、10年間で満了します。現在の東京電力の卒FIT後の買取価格は、8.5円/kWhと大幅に安くなっています。

ちなみに一般的な太陽光発電を搭載している戸建て住宅の自家消費率の平均は3割程度のようです。太陽光発電設置による経済的なメリットを最大化するためには、残りの7割の売電している電力を自宅で使用し、逆に夜間等の電力会社からの買電量を最小化するかということ、つまり自家消費率の向上がポイントになるということです。

自家消費率はどうすれば向上するのか?

では、自家消費率を向上させるためにはどのような方法があるのでしょうか?

まず思いつくのは、太陽光発電の電力を使って、昼間に家事、洗濯・食洗器等を行うことでしょうか? もちろん、これは有効です。ただ、最近はご夫婦で働いている家庭も多く、簡単ではないと思います。

設備機器の仕組みによって、自家消費率高めるとすると、まず思いつくのは、蓄電池の導入ではないでしょうか? もちろんこれもとても有効です。昼間太陽光で発電した電力を蓄電し、夜間に利用することができます。十分な容量の蓄電池ならば、電力会社からほとんど買電しなくても済むようになります。さらに災害時にも、周辺が停電で大変なことになっていても、蓄電池があれば、普段と同じような生活を送ることができます。

しかしながら、蓄電池はまだ高価なため、自家消費率を向上して経済的なメリットを享受する費用対効果という観点からは、微妙な段階のようです。ただし、例えば東京都は蓄電池導入に対して、今年度は3/4という非常に高い補助率の助成制度を設けていました。このような制度を活用すれば、一気に経済的なメリットを享受することができます。

次にEV(電気自動車)の導入が考えられます。EVの導入により、自家消費率を高めるのには、2段階の選択肢があります。まずは、太陽光で発電した電力でEVを充電し、極力売電せずに、太陽光発電の電力でEVを走行させることです。当然、これは自家消費率の向上に寄与しますし、住宅側の設備は充電用のコンセントを駐車場側に設けるだけなので、とても軽微です。ただし、昼間にクルマを利用していると、その間は充電(自家消費)はできませんし、EVに蓄電された電力を住宅で使うことはできません。

EVによる自家消費率向上の2段階目と言えるのが、V2H(Vehicle to Home)と言われるものです。これは、電気自動車用の充電設備としてだけでなく、電気自動車バッテリーに貯められている電気を自宅へ流し、自家消費を可能にするシステムのことです。昼間の太陽光発電の余剰分をEVに充電しておき、夜間に住宅で使用する電力をEVから供給するというものです。いわば、EVを住宅用の蓄電池としても使用すると言うものです。当然、単にEVの走行用に使用するだけに比べれば、自家消費率が向上します。さらに、災害時にも安心です。

ただ、蓄電池と同様に、まだシステム構築に係る費用が多少高額なのが難点です。

ちなみに、蓄電池もV2Hも国の補助金の制度がありますので、検討してみる価値はあるでしょう。

最も手軽で有効な自家消費率向上策は「新しいエコキュート」

これらに比べて、より手軽で有効な自家消費率向上策としてお勧めしたいのは、従来のエコキュートと機能が異なる新しいタイプのエコキュートです。「おひさまエコキュート」と呼ばれる従来の機種では制約されていた太陽光発電による電力で最大限沸きあげることが可能なエコキュートです。

すでに、5社から商品化されており、単に太陽光発電の電力を最大限活用できること以外に、いくつかのメリットもありますので、太陽光パネルを設置される方は合わせて検討してみることをお勧めします。

写真提供:THIS ONE