様々な“もの”の値段が上がり、今年の漢字が「税」になったことにも象徴されるように、「お金」に関する問題が山積する現代日本。それは、格差社会や貧困、ブラックな労働環境、福祉、子育てなどすべての問題に紐づいており、目を逸らすことができないものになっている。そんないまを生きる私たちを取り巻く問題を、“水”をキーワードに映しだしたのが、12月22日にBlu-rayとDVDがリリースされた社会派エンタテインメント『渇水』(23)だ。

【写真を見る】主人公の岩切俊作を演じた生田斗真の"渇いた表情"にも注目

本作は1990年に第103回芥川賞の候補にもなった故・河林満の同名小説を原作に、『機関車先生』(04)などの及川章太郎が約10年も前に脚本を書き上げたものの、ずっと日の目を見なかった幻の企画を映画化したもの。『凶悪』(13)、「孤狼の血」シリーズなどの白石和彌監督が初めてプロデュースを手掛け、「土竜の唄」シリーズをはじめとするエンタメ作品から『友罪』(18)などの社会派映画まで幅広いジャンルの話題作で知られる生田斗真が主人公の水道局員、岩切俊作役のオファーを快諾したことからついに始動し、現実のものになったことでも注目を集めた。

■10年の時を超え、ついに映像化を果たした“幻の脚本”

いったい本作のなにが白石や生田の心を動かしたのか。なぜ、いま映画化しなければいけなかったのか。そもそも、水道局員の岩切が劇中で行う「停水執行」とはどんな行為なのか。本コラムではそれらを中心に、映画『渇水』の魅力を改めて見つめていきたい。

市の水道局に勤める岩切俊作は、同僚の木田拓次(磯村勇斗)と一緒に水道料金を滞納している家庭や店舗を一軒一軒回り、料金を徴収したり、滞納が長引いている家庭の水道を停止したりする「停水執行」の業務を、来る日も来る日も行っていた。一方、家庭では妻(尾野真千子)や子どもとの関係がうまくいかず、別居生活を続けている彼の心は渇ききった状態。そんな岩切が、日照り続きで県内全域に給水制限が発令されるなか、父親が蒸発し、母親(門脇麦)も帰ってこない家に取り残された幼い姉妹、恵子(山崎七海)と久美子(柚穂)に出会う。貧困家庭にとって最後のライフラインである“水”。それを停めるか否か。究極の選択を迫られるが、岩切は葛藤を抱えながらも、規則に従い、子どもたちの前で停水を執り行うが…。

メガホンをとった高橋正弥監督は、根岸吉太郎、相米慎二、市川準、森田芳光らの助監督として腕を磨いた逸材で、10年にもわたり本作を映画化するために奔走。その実現を決してあきらめることはなかった。10年前に書かれた“幻の脚本”があること、その映画化がなかなか成立しないことを知った白石監督が、そんな高橋監督の背中を「これは絶対映画にするべきだ!」と押し、自らプロデュースを買って出たのも、映画人としての抑えられない衝動が湧き上がったからだろう。そんな2人の情熱や、脚本に込められた多くの人たちの思いや熱を感じ取った生田がオファーを快諾したのは、もはや運命的なものだったのかもしれない。

■幼い姉妹との出会いが岩切の心に変化をもたらしていく

生田が演じた岩切はしがない水道局員で、映画やドラマの主人公にはならないような存在。機械的に同じ作業を繰り返す日々を送るうちに彼の感情はどんどん希薄になり、虚無的に仕事に没頭するあまり、妻子も離れていってしまう。

岩切が水道料金を取り立てに行った先の人々は生活に困っていたり、ルーズな日々を送っていたりする人ばかり。岩切は彼らに暴言を吐かれても、水道料金の徴収や停水執行を仕事と割り切っているため意に介さない。また、太陽や空気と違い、なぜ水は無料ではないのか?と「停水執行」に疑問を抱き、母親不在の家に取り残され、水道代も払えない姉妹のことを心配する同僚の木田に向かって、「腹減ってたらメシ食わしてやんのか?ついでに水道代も肩代わりするか?」と言い放つ。

だが、そんな岩切の心に変化が起きる。幼い姉妹が抱える問題と向き合ううちに、止まっていた岩切の心が再び動きだすところこそ、本作の注目してほしいポイントだ。料金を滞納したから水道を停める。たとえ幼い子どもたちが苦しんだり、最悪死に至るかもしれなくても、仕事だからしかたがない。そうやって割り切って生きてきた岩切の胸に去来する新たな疑問が、そのまま観る者の心を揺り動かす。

■社会が抱える問題は決して他人事ではない

貧困に苦しむ家庭や子どもたちは現実の社会にも数多くいるはずなのに、それを放ったまま、見て見ぬふりをする行為は、退屈な日々をただやり過ごしている岩切となんら変わらない。

本作が描く問題や痛みは、コロナ禍に制限される生活を強いられ、少なからず苦しみを味わった私たちの心にもじわじわと侵食してくる。それは決して他人事ではなくなってきており、昨今多発している短絡的な強盗事件はそんな現実社会の綻びの表れかもしれない。問題から目を逸らし、放っておいては、大変なことになる。そこに警鐘を鳴らす本作がいま作られたのも、時代の要請だったのではないか?と、自然に思えてくる。

岩切が最後にどんな行動を取るのか?彼が最後に起こす、白石監督が言うところの“しょぼいテロ”は決してなんの解決にもならない。けれど、渇ききった彼を癒やす美しい大量の水が観る者の心を潤し、思考させる。

そういった意味でも、これは2023年に作られたいま観るべき映画の1本と言えるだろう。今回発売された本作のBlu-ray豪華版には、メイキングやイベント映像集を収録した特典DVDと特製ブックレットが付属しており、作品に携わった人々の思いをさらに詳しく知ることができるはずだ。映画館で観逃した人はもちろん、一度観た人も、Blu-rayやDVDで本作に込められた関係者の思いを感じながら、現代の日本が抱える問題や自身の生活を取り巻く環境と向き合ってみてほしい。

文/イソガイマサト

※高橋正弥の「高」は「はしご高」が、山崎七海の「崎」は「たつさき」が正式表記

誰もが無関心ではいられない…多くの人の心を動かす『渇水』が持つ魅力とは?/[c]「渇水」製作委員会