これまで数々の映画やドラマでその魅力を発揮してきた女優、広瀬すず。25歳となった彼女が主演を務めた映画『水は海に向かって流れる』が、今年6月に公開された。これまで、「ちはやふる」シリーズや連続テレビ小説なつぞら』(NHK総合ほか)などで快活なヒロインを演じてきた広瀬だが、『水は海に向かって流れる』では26歳の“大人の女性”を表現。まさに新境地といえる作品となった本作での、広瀬すずの魅力的シーンを振り返ってみたい。

【動画】“榊さん”広瀬すずの独特手料理の数々も 映画『水は海に向かって流れる』予告

 田島列島の同名漫画を実写化する本作は、26歳のOL・榊さん(広瀬)と高校生の直達(大西利空)を中心に、くせ者ぞろいのシェアハウスの面々の想定外の日々をつづった、家族の元を離れて始まる家族の物語。

 過去のある出来事から「恋愛はしない」と宣言する主人公・榊千紗を演じるのは広瀬すず榊さんに淡い思いを寄せる直達役に抜てきされたのは大西利空。主題歌はスピッツが担当し、本作のために書き下ろされた新曲「ときめきpart1」が、登場人物たちの心情に寄り添い、この物語を一層彩っている。

広瀬すずが築いたこれまでのイメージを覆す“榊さん”という役

 2012年、ファッション誌「Seventeen」(集英社)の専属モデルオーディション「ミスセブンティーン2012」に選ばれ芸能界デビューした広瀬。その後は『ちはやふる -上の句-』で第40回日本アカデミー賞優秀主演女優賞、『怒り』で同優秀助演女優賞に輝く。連続テレビ小説100作目となる『なつぞら』ではヒロインを務めるなど、着実に女優として成長を続けてきた。また、2020年には「ルイ・ヴィトン」アンバサダーに抜てき。今や日本中の誰しもから愛される存在だ。

 快活で笑顔がキュートな「若者世代の女優代表」といって過言ではない広瀬だが、今年主演を務めた映画『水は海に向かって流れる』で演じた“榊さん”はそのイメージからちょっと離れている。26歳の自立した大人の女性で、あまり笑うこともなく感情的にもならず、現実にいたら「ちょっと近寄りづらい」雰囲気を持っているのだ。しかし、広瀬はそんな榊さんを見事に表現。20代前半までに築いてきた女優としての立ち位置からさらに飛躍した印象を受けた。

■変化のない表情に少ない言葉…でもなんとなく人間味ある“榊さん”という女性

 榊さんという女性は、シェアハウスに加わることとなった直達を迎えに来た最初のシーンで「この人と仲良くやっていけるのか…?」と不安にさせる雰囲気ビンビンで登場する。にこりともせず、10歳下の少年に対し冷たい敬語で接する。「絶対イヤイヤ迎えに来たじゃん…」と、筆者なら早くも新居に向かう足が重くなってしまっただろう。

 しかし、家に着くや否や榊さんは直達のためおもむろに台所に立つ。出来上がったのは、“良い肉”と玉ねぎめんつゆで煮ただけのものをご飯に豪快に載せた「ポトラッチ丼」。シンプルでなんだか不器用だがものすごくおいしいその料理から、榊さんの人柄がにじみ出る。このほかにも本作には榊さんの料理がいろいろと登場しており、そのどれもが表情や言葉には出ない彼女の感情を表しているようだ。

 シェアハウスに住むほかの住人達(これまた皆クセが強いのだが)には、一見冷たい榊さんが抱えるあたたかい人間味をしっかり感じているようで、彼女を気にはかけつつも必要以上には踏み込まない。それが心地よい空気感を生み出している。

■キャリア10年を超えた広瀬すずが表現したかった“大人の女性”像とは

 そんな「心地よい空気感」を、榊さん自ら壊さなければならないときがやってくる。自分の母と直達の父の関係性を知っても、「私は無かったことにして今まで通り暮らしたい」といつも通りクールに振る舞う榊さんだったが、直達が「榊さん、怒ってるじゃないですか。傷ついてるじゃないですか」と涙ながらに彼女の心の奥の気持ちを言い当てると、榊さんの目にもうっすらと涙が浮かぶ。

 自分の元を去った母に対し怒りたいのか軽蔑したいのか許したいのか分からず戸惑うなかで、数年ぶりに母に会いに行くと、ここまで見せてこなかった感情が爆発。「怒るつもりはなかった。怒ったら負けだって分かってたのに」と少々悔しそうな表情も見せながら、そこからの榊さんは少し表情が豊かになったような気がした。

 紹興酒で酔っ払って笑ったり、海ではしゃいだり。物語の中で榊さんが見せた、決して豊富では無い感情の端々を集めると、クールな表情に隠された無邪気さやかわいらしさが垣間見えてくる。これこそ、25歳になった広瀬すずが表現する“大人の女性”像だったのではないかと思わずにはいられない。

広瀬すず、20代後半へ――

 本作の撮影時、広瀬は23歳だったというが、来年には榊さんと同じ26歳を迎える。20代後半に突入し、いやが上にもこれまでのイメージからの脱却が少なからず求められるかもしれない。彼女にとって「次のステージ」への第一歩となっただろう『水は海に向かって流れる』榊さんの姿を、ぜひ今確認してほしい。(文:小島萌寧)

 『水は海に向かって流れる』はデジタル配信中。

『水は海に向かって流れる』 (C)2023映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 (C)田島列島/講談社