お笑い芸人や俳優、モデル、アーティスト、経営者、クリエーターなど「おもしろい人=タレント」の才能を拡張させる“タレントエンパワーメントパートナー“FIREBUGの代表取締役プロデューサーの佐藤詳悟による連載『エンタメトップランナーの楽屋』。

参考:【写真】FIREBUG 佐藤詳悟×アニメプロデューサー 鷲尾天の撮り下ろしカット

 第九回は、東映アニメーションのプロデューサーである鷲尾天氏をゲストに迎えた。鷲尾氏は、プリキュアシリーズを立ち上げたプロデューサーであり、2004年放送の『ふたりはプリキュア』から5年間はプロデューサーとして、2015年放送の『Go!プリンセスプリキュア』から現在までは企画担当として携わっている。

 朝日放送の日曜朝8時30分枠は、これまで女児向けアニメ作品の放送を続けてきた。なかでもプリキュアシリーズは、東映アニメーション制作の女児向けアニメ作品の最長記録を持つと同時に、女児向けアニメ作品というジャンルそのものの最長記録も持つ異例のシリーズとなっている。そして2023年に20周年を迎えた。

 コンテンツやプラットフォームが多様化するいま今、プリキュアシリーズが対象とする子どもたちが触れるエンタメも変化してきている。時代が移り変わりながらも20年もの長きに渡りプリキュアシリーズが支持され続けてきたのはなぜだろうか。

 制作視点でこれまでの歩みを振り返りながら、世の中の空気の取り入れ方や、今の時代の子ども向けアニメの課題などについて、二人に語ってもらった。

・会社の鶴の一声によりプリキュア誕生

佐藤詳悟(以下、佐藤):鷲尾さんは東映アニメーション(以下、東アニ)に入社される前、テレビ局にいらっしゃったとか。

鷲尾天(以下、鷲尾):そうですね。まず平成元年に社会人になって、東アニの前に実は3社経験しているんですよ。大学を卒業したときに就職浪人をして、最初は小さな商社に入りました。その後は出版社で2年ほど営業を経験してから地元へ戻り、秋田朝日放送に入社したんです。

佐藤:テレビ局というのは秋田朝日放送のことだったんですね。

鷲尾:はい。秋田朝日放送には立ち上げメンバーとして参加して、報道記者やローカル番組のディレクターなどを担当しました。そこで30分のドキュメンタリー番組を作ったんですけども、それがテレビ朝日系列のなかで表彰されまして。そのことがすごく嬉しかったと同時に、寂しかったんですよ。

佐藤:なぜですか?

鷲尾:ローカル局なので、普段作っている番組はローカルエリアでしか放送されません。でもせっかく作るなら、やっぱり多くの人に観ていただきたいじゃないですか。だから東京でもう一度挑戦してみたいと思い、採用していただいたのが東アニでした。

佐藤:入社されてからプリキュアシリーズを手がけられるまでは、どんな作品を担当されていたのですか?

鷲尾:まず、アシスタントプロデューサーとして『金田一少年の事件簿』(読売テレビ・日本テレビ)、そのあと『ONE PIECE』(フジテレビ)の立ち上げアシスタントをしました。初めて自身がプロデューサーとして立ち上げたのは『キン肉マンⅡ世』(テレビ東京)と『釣りバカ日誌』(テレビ朝日)です。

 ただ、どちらも「すごく話題になった」とは言いにくい作品でしたので、次の担当作品でうまくできなければ、もうプロデューサーの仕事をすることはなくなってしまうだろうと思っていました。そんなときに担当になったのが、朝日放送の日曜朝8時30分枠だったのです。

佐藤:そのとき会社からは、どんなお題があったんですか?

鷲尾:まずは、女児(4~6歳)向けアニメをやりなさいということ。また、きちんとオリジナルで作りなさいということです。さらに付け加えられたのは「4~6歳の女児が常に新しく入ってこられるような作品を作ってくれ」ということでした。

 正直、その時点で今後プロデューサーを続けていけるか分からない状態にいたので、「もう最後かもしれないから自分の好きなようにやってしまおう!」と思った部分もありましたけど(笑)。

佐藤:とはいえ、投げやりではありませんでしたよね。

鷲尾:はい。女児向けにどんなアニメを作るべきなのか、本当に真剣に考えました。それでお声をかけたのが、西尾大介監督です。

 西尾さんは『ドラゴンボールZ』(フジテレビ)や『金田一少年の事件簿』(読売テレビ)のシリーズディレクター(監督)をされていた方で、私は「女の子を主役にして、アクション物の作品にしたい」と伝えました。

佐藤:そこから、具体的にプリキュアはどのようにして誕生したのでしょうか。

鷲尾:テレビ番組ですので、まずスポンサー含め関係各社の方々がいます。みなさんから事前にいろんなリクエストやアイデアが集まり、そのなかで生かせそうな要素として「魔法ファンタジーのような作品」「黒と白のキャラクター」「ゴスロリっぽいイメージ」といった提案がありました。

 それらを踏まえて西尾さんに相談したところ、「いままでと違うことをやりたいことは分かった」と了承していただき、その上で「黒いキャラクターが主人公だと言うなら、クールではなく明るくて前向きで主人公ど真ん中なキャラクターにしよう」と明確に言われたんです。そうして、初代のキュアブラックキュアホワイトが誕生しました。

・「東アニメソッド」は口伝である

佐藤:東アニさんには、「東アニらしさ」を担保するメソッドのようなものは存在するんですか? 他のアニメ制作会社さんだと、制作メソッドに注目したドキュメンタリーが残されていることがけっこうあるじゃないですか。

鷲尾:それが……ないんですよ。口伝です。ただ、社外の方から「東アニは見栄を切るのがうまい」と言われたことがあり、それは確かにその通りだと思います。たとえば、プリキュアの変身や技を出すときの見せ方。そういったことは、現場で歴史的に受け継がれてきたところがあると感じます。

佐藤:それは「こういう方法でやりなさい」と誰かが言い伝えているわけではないんですか?

鷲尾:現場で直接見て学ぶようなことが多いですね。それがいつの間にか伝わり続けているという、不思議な文化で成立しています。社内でも誰かがそれを言語化しようとか、メソッドとしてまとめようとかみたいなこともなかったと思います。

 ただ、プリキュアシリーズが今年で20周年、アニメ『ONE PIECE』は約25年続いていて、そういった長く続く作品を制作してきましたので、その積み重ねがあるおかげで受け継がれてきた文化があるのではないかとは思います。

・おもちゃ屋で感じた“ヒットの実感”

佐藤:テレビシリーズが放送を開始して、「ヒットした」というのはどのように実感するものなのでしょうか。

鷲尾:枠によってもいろいろあるのですが、やはり視聴率ですよね。プリキュアシリーズが放送を開始した頃は今よりもっと視聴率が重視された時代ですし、あとは、ターゲット(4~6歳女児がいる世帯)視聴率がものすごく重んじられていました。そういった定性的な数字面では、まず良い結果を出しました。

佐藤:そういった数値的な結果と体感的な結果でいうと、どちらが嬉しかったですか?

鷲尾:数値的なものが嬉しくないわけではありませんが、やっぱり体感的な方が嬉しいですよね。放送初日にはもういろんな商品が発売されるんですけども、その日の午後に近所のおもちゃ屋さんへ行きまして。小さな棚に少しだけ陳列されているのを見つけたんです。

佐藤:さすがにそんなにすぐ商品は動かないですか。

鷲尾:私も「まぁ、こんなものか」と思って帰ろうとしたら、店員さんが棚にプリキュアの商品を補充し始めたんです。最初から陳列数が少なかったわけじゃなく、すでに売れていたというのがわかりました。

 それから1時間半くらい眺めていたら、きちんと手に取られて売れていった様子も見ることができましたね。2週間後くらいに玩具メーカーの担当者さんから「欠品しています」とご連絡があり、そこからはもう、嵐に巻き込まれたかのようにいろんなことが起きていきましたよ(笑)。

佐藤:そこから20年経って、今年『映画プリキュアオールスターズF』が公開されましたが、どのようなことを意識して作られたのでしょうか。

鷲尾:監督に対して明確に伝えたのは、「原点を意識しましょう。放送開始当時に観ていた子どもたちが大人になった今、その人たちが観ても楽しめるものを作りましょう」ということです。もちろん、子どものための映画であるということを意識したうえで。

 今回、映画の敵にあたるキャラクターカラーが黒と白なのですが、それは「原点を意識しましょう」という言葉を監督が解釈した結果で生まれたものです。原点に対する解釈は監督の自由にしてもらいました。

佐藤:プリキュアシリーズの特徴として、世の中の空気や価値観を取り入れて作られてきた印象があります。どのように意識されてきたのでしょうか?

鷲尾:昔から私は、みんなが良しとすることをあまりそのまま信じないタイプなんですよ。なににでも反対をするというわけではありませんが、なにに対しても「本当にそうかな?」とまず疑うところがあります。

 だから時代の空気についても、感じ取りながらもまずは疑ってみて、考えています。いまの時代の価値観はこうだと言われているけど、果たして本当にそうだろうかと。そういった考え方がプリキュアを作るときにも反映されているかもしれません。

佐藤:時流は常に移り変わっていますしね。

鷲尾:そうですね。例えばその瞬間に流行しているものを取り入れても、コンテンツが完成する頃には時代遅れになっていたり、かといって早く取り入れ過ぎて誰にも刺さらなかったり、みたいなことがあるじゃないですか。

 だから常に、どんなときにどういうことが望まれているのか、さらにプラスアルファなにができるのか、観てくださる方々が喜んでくれて「新しい」と言ってもらえるようなことを考えています。

・壊して、挑戦して、前に進んでいく

佐藤: 放送開始から20年という期間の中で、作品を取り巻く状況は大きく変わり、特にSNSが生まれたことは大きい出来事だと思います。プリキュアシリーズの制作においても、SNSの意見を意識することはありますか?

鷲尾:難しいですよね、SNSとの付き合い方って。ただ、プリキュアシリーズターゲットとしている4~6歳の子どもは(年齢制限的に)SNSで発信をしないじゃないですか。だから時代の空気感や、おもちゃ屋さんで子どもたちがなにを見ているのかといったことを大事にしているのは、いまでも変わっていません。

佐藤:そうなんですね。では、SNSの意見はあまり意識しませんか?

鷲尾: うーん、意識しないわけではないですがSNSでのリアクションを期待して作品を作るのは本意ではないというか……。

佐藤:と、言いますと?

鷲尾:今年、『Dancing☆Starプリキュア』The Stageという2.5次元ミュージカルを上演しました。主役のプリキュアが全員男の子という、初めての試みです。始まる前はSNSで炎上に近いような状態になっていたのですが、始まってみると割と好意的に見てくださる方が多かったんですよね。

佐藤:なるほど。

鷲尾:そういった状況を見ていると、発信する側はなにが起きるか分からないとしても勇気を持って前に進むことがやっぱり必要なのではないかと思ったのです。

 自分のなかで思い描いていることが例え充分に伝わり切っていないとしても、批判を耐え抜くくらいの強い気持ちがなければ、なかなかできないなとは思いますけどね。

佐藤:この20年、SNSだけでなく視聴するためのハード面も変化してきたかと思います。テレビだけでなく、子どもがスマートフォンやタブレットを利用してコンテンツを楽しむことも珍しくない。そういった変化については、どうご覧になってきましたか?

鷲尾:子どもが触れるコンテンツや手段の選択肢は増えたとは思います。配信は手軽ですが、大海に小石を投げ込むように大変なことだというイメージを持っています。ただもちろん、そういった時代の変化は考えなければならないとも思います。

 プリキュアシリーズは最初に2人で始まりましたが、5人になり、パティシエやプリンセスなどのモチーフを持ち、またバトルアクションをしないシリーズもあります。子どもたちが観ることを意識しながらも、その時代に合っていて、なおかつプリキュアとして成立するよう作ってきました。

佐藤:コンテンツが時代に合うように意識して制作したとしても、これだけコンテンツが多様化してしまうと、なかなかたくさんの人に観てもらい続けるのは難しいところもありますよね。

鷲尾:そうですね。いまの時代に育つ子どもたちがこの先どうなっていくのか、興味深いですよね。実際、プリキュアの認知率は徐々に下がってきているんです。それはYouTubeだったり、配信コンテンツだったり、違うものに興味を引かれているのだろうと思うので、もちろん課題ですよね。

佐藤:昔は、学校の教室の9割くらいが前の日に放送された人気テレビ番組のことを話していましたけど、いまはアニメ好き、K-POP好きといったように興味が細分化されたグループがいくつかあって、マス的な共通言語が少なくなっている傾向はあると思います。

 ただ、グローバルで見てみると、プリキュアを好きな人たちが集まっている母数自体は増えているかもしれませんよね。

鷲尾:実際、海外のイベントに行って日本のアニメ作品の人気ぶりをみると、ストーリーやキャラクターが魅力的であれば、世界中の人が惹きつけられるのだと実感します。

 コンテンツが多様化しただけでなく、技術の発達によって、同じコンテンツを世界中の人がリアルタイムで楽しめるようにもなりましたよね。だからコンテンツと人との距離は近くなったと思います。

佐藤:最後に、プリキュアシリーズが20年続いてきた理由はなんだと思いますか?

鷲尾:古いものを壊しながら新しいものを作ることに挑戦し続けてきたからかもしれません。「プリキュア魔法使いではない」なんて別のインタビューで言っておきながら、魔法を使うプリキュアを生み出していますからね。

 そうして、自分が言ったことですらも否定しながら前に進んできました。否定した先に新しい芽があるかもしれない。そういう意識と行動があったから、続けてこられたのかもしれません。

(文・取材=鈴木 梢)

佐藤詳悟 鷲尾天(撮影=林直幸)