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 史上最悪とも言われるチェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年のことだ。それから37年たった今、チェルノブイリの立ち入り禁止地域で栽培された作物と水から作られたウォッカが販売された。

 これはイギリスウクライナの科学者が設立した「チェルノブイリスピリッツカンパニー」が発売したもので、その安全性は科学的な試験によってきちんと確認済みだ。

 この製品は、原子力災害地域の生態系回復の証でもあり、消費者に独特の体験を提供する。

 同社は社会事業として立ち上げられ、売り上げの7割以上がウクライナ復興支援のために寄付されるという。

【画像】 チェルノブイリ原子力発電所事故後、動物たちの楽園に

 1986年4月26日ソビエト連邦(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所で、保守点検中の試験ミスが原因で重大な原子炉爆発が発生。大量の放射性物質が放出され、北半球全域に広まった。

 史上最悪の原子力事故とされる「チェルノブイリ原子力発電所事故」では、広島に投下された原爆の400倍もの放射性物質が飛散。20万人以上の周辺住民が大切な持ち物やペットを置き去りにしての避難を余儀なくされた。

 放射能漏れを防ぐため、爆発した原子炉はコンクリートの「石棺」に収められたが、放射能汚染によって周辺は人が住めなくなってしまい、半径30kmの範囲が立入禁止となった。

 事故から37年、人間が立ち入ることのなくなったこの区域は、野生生物たちの楽園となっている。動物や植物が繁栄し、むしろ人間がいた頃よりも環境が良くなっているのだ。

・合わせて読みたい→悲劇の原発事故から33年。チェルノブイリは今、野生動物たちの王国へ(ウクライナ)

 そんな不可思議な事実は、怖いもの見たさの人々を引きつけ、観光名所にもなっている。2019年だけでも、12万5000人以上のもの観光客チェルノブイリにやってきたのだ。

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チェルノブイリで育てられた作物から作られたウォッカ / image credit:Chernobyl Spirit CIC

チェルノブイリでも安全にお酒を造れることを証明

 チェルノブイリの事故とその後について30年以上研究してきた、英国ポーツマス大学のジム・スミス教授もまた、立ち入り禁止地区に大きな可能性を見出すひとりだ。

 彼はウクライナの科学者たちと共同でチェルノブイリスピリッツカンパニーを設立。チェルノブイリで採れた作物からお酒造りをはじめた。その一つが「ATOMIK(アトミック)」というウォッカだ。

 同社の目的は、もはや利用不可能とみなされている土地であっても、今も安全にお酒を作れると証明することだ。

 またウクライナの復興支援もまた同社の大切な仕事の一つである。

 これまでの利益の半分以上になる3万ポンド(2023年12月の為替なら約540万円)が寄付され、この地域の復興支援に充てられた。

[もっと知りたい!→]チェルノブイリで繁殖した放射線を食べる菌が宇宙飛行士や宇宙旅行者を救う(米研究)

 スミス教授はプレスリリースで次のように述べる。

私たちはチェルノブイリ産の蒸留酒を製造している唯一の会社で、おそらく取締役が給与や配当金を受け取っていない唯一の会社でしょう(スミス教授)
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りんごを仕分けする蒸留所のスタッフ / image credit:Chernobyl Spirit CIC

安全性は立証済み

 だが、いくら善意から行われているとはいえ、やはり気になるのは安全性だ。

 チェルノブイリスピリッツカンパニーを信じるなら、その点は安心していいという。

 アップルスピリッツ、洋ナシとプラムのシュナップスなど、同社のお酒はすべて検査され、飲んでも安全であることが証明されている。

 ATOMIKに使用されているチェルノブイリ産ライ麦からは、ウクライナの基準値をわずかに上回る放射性ストロンチウムが検出されたが、蒸留後のものからは消えてしまっている。

 またアルコールの希釈にはチェルノブイリの水が使われているが、その水は発電所から南に10kmにある地下水からくみ上げたものなので汚染の心配はない。

 その化学的な性質は、イギリスフランス石灰岩帯水層の水と似ているという。

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かつての立ち入り禁止区域に作った畑 / image credit:atomikvodka

お酒造りでウクライナ復興を支援

 チェルノブイリスピリッツカンパニーは、自然とウクライナの人々の力を固く信じている。その象徴が、同社が販売するお酒のラベルに描かれたイノシシだ。

 イノシシは立ち入り禁止地域でよく目撃される動物だ。

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チェルノブイリに生息する野生のイノシシ / image credit:atomikvodka

 同社のサイトによれば、その姿は「自然の回復力」のシンボルであるとともに、「チェルノブイリの被災者たちが、現地の環境について単純化され、しばしば誤った思い込みに直面しながら、長く困難な復興への道のりを歩んできたこと」を表しているという。

 今回出荷されたお酒は、2022年2月のロシアウクライナ侵攻以来、初めて生産されたものだ。

 スミス教授によれば、戦争はチェルノブイリ事故よりも「はるかにひどい」影響をウクライナに与えたという。

 そうした状況を少しでも改善するため、今後利益の75%以上がウクライナ復興支援のために寄付される予定だ。

 例えば、今も人が暮らしているチェルノブイリ西のNaodychi地区は、チェルノブイリスピリッツにとって大切な果物の仕入れ先だが、そこにある学校の窓ガラスがロシアのミサイルによって破壊されてしまった。そこでその修繕費用を同社が寄付している。

 しかし復興に向けて尽力する同社の状況は切迫感を増している。8月に同社の取締役が最前線に招集されるなど、戦争の影響がおよんでいるからだ。

ウクライナをはじめとする国々で起こっている悲惨な出来事を考えれば、私たちがATOMIKで行う努力は無意味なものに思われるかもしれませんが、そんなことはありません(ウクライナ水文気象研究所キリーロ・コリチェンスキー氏)

 たとえわずかだったとしても、確かに人々の生活をよくしていると、コリチェンスキー氏は語っている。

 ATOMIKウォッカの公式サイトから購入可能だが、日本への発送を行ってくれるのかどうかは不明だ。興味のある人はイギリスに知人がいればお願いすることが可能だ。

References:Get into the Christmas spirit with a vodka from Chernobyl to help the people of Ukraine | University of Portsmouth / ATOMIK / written by hiroching / edited by / parumo

 
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チェルノブイリの立ち入り禁止地域で作られたウォッカが販売。放射線の影響はなし