井上尚弥は、史上ふたり目の2階級4団体王座統一なるか!?
井上尚弥は、史上ふたり目の2階級4団体王座統一なるか!?

バンタム級4団体統一王者、そしてWBC・WBO世界スーパーバンタム級王者の井上尚弥12月26日、東京・有明アリーナでWBAスーパー・IBF世界スーパーバンタム級王者、マーロン・タパレスフィリピン)との4団体王座統一戦に挑む。史上ふたり目となる2階級4団体統一がかかる歴史的一戦への意気込みを語った。

【写真】スティーブン・フルトン戦の井上尚弥ほか(全7枚)

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■井上の「KO宣言」その裏づけとは......?

いつ以来だろうか。ここまではっきりとKO宣言をしたのは――。

10月25日横浜市内のホテルでの記者会見で、WBC・WBO世界スーパーバンタム級王者の井上尚弥がWBA・IBF同級王者のマーロン・タパレスフィリピン)と12月26日に4団体王座統一戦を行なうことが発表された。

壇上の井上はよどみない口調で淡々と言った。

「2階級での4団体統一がかかる試合になるので、そんな試合でも圧倒的な強さを見せて勝ちたい。KO決着をお見せしたいと思います」

対戦相手は好戦的なタパレス。一発のパワーがあり柔らかい上体を生かしたディフェンス力にも優れ、ここ数戦で技術が向上しているように見える。戦績は37勝(19KO)3敗。もうひとりの2団体王者であるタパレスも4本のベルトを狙い、最高のモチベーションでリングに上がってくる。

そんな相手に対し、井上が発したのは〝KOを狙う〟や〝チャンスがあれば〟のような濁した言葉ではない。2階級での4団体統一となれば、世界でふたり目の偉業。大舞台を前に、平然ときっぱり言ってのけた。

パレス戦まで1ヵ月余りとなった11月中旬。大橋ジムでは練習を終えた井上が穏やかな表情をしていた。インタビューでは言葉の端々から「KO宣言」の裏づけが浮かび上がってきた。

スティーブン・フルトン戦(7月25日、有明アリーナ)。井上はスーパーバンタム級の初戦を、当時同級「最強」のフルトンに8回TKO勝ち ©アフロ
スティーブン・フルトン戦(7月25日、有明アリーナ)。井上はスーパーバンタム級の初戦を、当時同級「最強」のフルトンに8回TKO勝ち ©アフロ

――7月のスーパーバンタム級初戦、スティーブン・フルトン(米国)戦ではこれまでとは違う「引き出し」をいくつも見せましたね。

「減量も1.8㎏プラスになって、筋量を残しながらリングに上がれた。筋肉自体もすごくリラックスしながら、精神的にもリラックスしながらできて、自分が動こうとして動いた試合ですね」

バンタム級の上限53.5㎏からスーパーバンタム級の55.3㎏へ。開始ゴングの直後からフルトンの土俵であるジャブの差し合いで勝ち、相手のカウンターに対するカウンターまで繰り出した。

序盤からボディジャブで腹を意識させ、わずかにガードが下がった瞬間、右ストレートを顔面へ。理詰めの攻撃かつ寸分の狂いもないコンビネーションで試合を終わらせた。

フルトン戦後のジム練習の様子。井上いわく、バンタム級からスーパーバンタム級への+1.8㎏が良い方向に働いている実感があるという
フルトン戦後のジム練習の様子。井上いわく、バンタム級からスーパーバンタム級への+1.8㎏が良い方向に働いている実感があるという

――思いどおりに動けたということですね。

「減量がすごいキツいときや、キャリアを積む前というのは、トレーニングで培ってきたものが試合で反射的に出るんです。緊張感があったり、減量のキツさによる筋肉の緊張をかばいながらの試合なので。

今までの試合はそういう動きだったんです。動こうとして動いているのではなくて、それだけのトレーニングをしてきたから無意識に体が動いていた。でもフルトン戦に関しては、しっかりと動こうとして自分が動いている試合だなと感じたんです」

――これまでも毎試合自分から動いて展開をつくっていて、体も十分動いていたように見えましたが......。

「いや、100パーセント自分の意識を体に伝えて動けた試合ではなかったと思うんです。これまでは、練習で積み重ねてきたものがあるから、ああいうふうに体が動いただけで」

かみ砕いて言えば、フルトン戦では頭と体が一致した。頭をフル回転させ、指令を出し、そのとおりに体が動いた試合。むしろ、これまでがそうでなかったことに驚愕(きょうがく)する。

――それはスーパーバンタム級に上げたからですか?

「(昨年12月のポール・)バトラー(英国)戦も動こうとして動いていますけど、減量苦で筋肉が硬直していた。本来の状態ではなかった。だからこそ、よけいフルトン戦では余裕を感じられたんですよね。スーパーバンタムの1.8㎏がものすごく自分の中でプラスに働いたなと思います」

――では、思いどおりに動ける体になって、次のタパレス戦はどうですか。

「自分の得意なサウスポーとの試合なんでね」

そう答えると、意味ありげにほほ笑んだ。過去25戦のうち、サウスポーと対峙(たいじ)したのは3試合。いずれも強烈なインパクトを残しているのだ。

2014年12月30日、WBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑んだ一戦では、プロアマ通じて約150戦、一度もダウンのない王者を計4度倒して2回KO勝ち。「モンスター」の名を世界に知らしめた。

続いては2018年10月7日フアンカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)とのWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)1回戦。元世界スーパー王者をわずか70秒、右ストレート一撃で倒し、日本人の世界戦最短勝利記録をマークした。

そして直近は2021年6月19日、米ラスベガスでのマイケル・ダスマリナスフィリピン)戦。相手に何もさせず、3度倒して3回TKO勝ち。3試合とも短いラウンドで相手を仕留めている。

「なんかサウスポーって、右(のボクサー)とやるよりもしっかりと、やりたいことがやれるんですよ」

――普通のボクサーは逆ではないですか。サウスポーはやりづらいとよく聞きます。

「やり慣れていないから難しいんですよね」

――でも、井上選手の場合、やりたいことがやれると。どういう感覚なんですか。

「考える時間がつくれる。間ができるんです。右同士って、もろにリードの差し合いじゃないですか。だからすごい(攻防が)速いんですよ。もう来たら返す、来たら返す、というリターンが多いんで。でもサウスポーって、前の手がぶつかるから考える時間がすっごいつくれるんです。自分はそういう感じですね」

――自分の左手と相手の右手で牽制(けんせい)し合う。そこでの駆け引きですか。確かにパヤノ戦ではそう見えました。

「うーん......。パヤノ戦のときに感じたのは厄介だな、と。サウスポーだけど、懐が深い。厄介だと思っていたら、たまたまパンチが当たったので」

――たまたまではないと思いますが。

「たまたまです。あれで終わったからよかったですけど」

そう言って、こちらに目を向け、もう一度ほほ笑んだ。

脳からの指令どおりに体が動くスーパーバンタム級。しかも得意のサウスポー。おのずと「KO宣言」に至ったのではないだろうか。

最後に聞いた。今度の試合では、より自分を表現できるのではないですか、と――。

「表現できる。あとはタパレスとどうかみ合うか。デカい選手とも(スパーリングを)やっているので、問題ないと思うんですけど。リングの上では何が起こるのかわからないので油断はできないです」

みなぎる自信。だが、慢心はない。12月26日は歴史的な日になる。2階級で4団体統一という記録だけでなく、きっと誰もが、井上尚弥の強さを胸に刻む日になるだろう。

井上尚弥いのうえ・なおや) 
1993年4月10日生まれ、神奈川県出身。2014年4月にライトフライ級で世界王座初戴冠。同年12月に2階級制覇。18年5月に3階級制覇達成。19年11月、WBSSバンタム級トーナメントで優勝。22年6月にバンタム級3団体王座統一。同年12月には世界9人目、バンタム級およびアジア人初となる4団体王座統一を果たした。

取材・文/森合正範(東京新聞運動部記者) 撮影/伊藤彰

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