毎年非課税で贈与できる110万円の範囲内で、子や孫に生前贈与しようとする人は多いでしょう。しかし、誤ったやり方での贈与は、のちのち税務調査で掘り返されてしまい、ペナルティを受けてしまいます。本記事ではAさんの事例とともに、生前贈与の注意点について、税理士事務所エールパートナーの木戸真智子税理士が解説します。

 孫のために貯め続けたお金がまさかの結果に…

不動産賃貸業を営むAさんは、定年を迎え、夫を早くに亡くしたこともあり、自分の相続について、対策をしたいと思っていました。そこで、以前から子への生前贈与などは毎年してきましたが、同じように孫へも毎年贈与しようと思い立ちます。

そうして、不動産賃貸業でお世話になっている信用金庫に相談して、孫2人の口座も開設し、そこに毎年100万円の贈与をしていくことに。

それから、18年後、Aさんはお亡くなりになり、相続が発生しました。不動産賃貸業をしていたことから、事前に遺産分割も決めており、粛々と申告が完了しました。

その2年後、税務調査がやってきます。Aさんが生前より、話し合って遺産分割を決めていたため、特に心配することもなく、進められた調査なのですが……

調査官 「お孫さん2人へ生前贈与がありますね。その口座はどこの銀行でしょうか?」

相続人 はい。祖母が孫のためにずっと贈与してくれていました。それ以外の贈与はありません。110万円以下なので申告の必要もない認識ですので、そのまま続けてくれていました」

調査官 「〇〇信用金庫の〇〇支店ですね」

相続人 はい。祖母がいつも不動産賃貸でお世話になっている担当者です。定期的に訪問してくれて、いろいろと相談に乗ってくれるので、祖母は頼りにしていました」

調査官 「お孫さんは東京にお住まいですが、他県のこの店舗の口座を作られたのですね」

相続人 はい。孫は社会人になり、いまは東京で生活しています。もともと孫が育った場所ですし、この口座は信用金庫の担当者さんが毎月訪問してくれて振替や預金の預入など親切に対応してくれていました」

調査官 「こちらは通帳を見ると、特に入出金もなく、生活に使われている様子もありませんね。ちなみに銀行印はどれになりますか」

相続人 「銀行印も、祖母と同じものを使っています。信用金庫さんとのやり取りで祖母が使っているものの方がいろいろと便利ですから。なにか問題でもありますか。こちらは孫の預金ですし、非課税の範囲内で贈与していますから、今回の相続とは関係ないと思いますが。それに生前贈与加算分も漏れなく申告しています」

調査官 「こちらは、名義預金ですね。贈与になりません。Aさんの相続財産になります」

相続人 「え? どういうことでしょうか?」

調査官 「状況からみて、名義預金ということになりますね」

「孫のために」と続けていたこの生前贈与も、進め方に問題があれば、とても残念な結果になります。

「生前贈与」のつもりが「名義預金」にみなされたワケ

生前贈与加算分を申告していたとしても、名義預金と判断されたとなると、15年分の贈与が相続申告漏れとなります。今回は毎年孫2人に100万円ずつ贈与していましたので、合わせて3,000万円が申告漏れとなってしまいました。

今回、Aさんは銀行員によるアドバイスのもと、生前贈与を実行しました。注意すべきは、銀行員は、定期預金や投資信託などの営業にはとても積極的ではあるものの、税務的なアドバイスは基本しないことが多いということです。

相続税は受け取る財産額によって税率が変わります。今回の相続税申告では30%の税率であったため、本税合わせて約900万円の追徴課税となりました。税務調査があった場合、税務署は本人の承諾がなくても預金口座を調査できます。さらには、本人だけでなく、必要があれば家族の口座までが調査対象になることもあるのです。

税務署が過去10年間の財産を把握できるシステム「KSK

金融機関は過去10年分の入出金データを保存していることが多く、税務署は過去まで遡って確認することが可能です。

調査の方法としては、国税庁や税務署では、税務署の専用システム「国税総合管理システム(KSK)」によって給与や確定申告のデータが登録されている納税者情報を管理しているほか、さまざまな資料情報を把握、蓄積しているため、そこに記録されている所得状況や預金の状況などを照らし合わせていきます。

これまでの蓄積された過去データがあるので、「相続税の申告をすべき人がしていない」となると、税務調査やお尋ねの対象となるのです。膨大なデータをもとに照らし合わせているため、高確率で発覚します。

これらにより不自然な預金の動きは、一目でバレる、という仕組みです。

「名義預金」とみなされるケース

ここで名義預金について解説をします。

名義預金とは本人が存在を知らない、もしくは管理をしていない預金のことをいいます。名義だけは孫でも祖母が管理していたら、それは祖母の預金とみなされてしまうのです。名義預金とみなされた通帳については、たとえ名義が孫であっても、祖母に相続が発生すると祖母からの相続財産とみなされます。

名義預金とみなされるのは多くの場合、下記のケースです。

1.本人が口座の存在を知らない。本人が管理していない。

2.預金残高が本人の所得状況と比べて不自然に多い。

3.口座の届出印が本人ではなく、親の印鑑になっている。

4.口座開設をした金融機関が本人の住所ではなく、祖母の住所の近くの支店になっている。

5.預金が預けられたままで口座の引き落としがまったくない。

これらにあてはまるような通帳であれば、名義預金となりますので、毎年110万円以下で贈与していたつもりでも、残念ながら贈与をしたことにはなりません。

「贈与」の前にあらかじめ確認すべき4つのポイント

今回の事例では、祖母は他県に住んでいて、孫は東京に住んでいました。祖母は自分の自宅近くの銀行で口座開設をしていました。たとえば、本人に管理してもらうなどすればよいのですが、無駄遣いをするのでは?という心配があるかもしれません。

しかし、貯めておいてあげようという思いやりによってのことでも、想定外の事態となってしまっては元も子もないでしょう。贈与とは、贈与を受ける側も了承を得ていることがポイントになりますので、

・本人が知らない

・了承を得ていない

・管理していない

となれば、その贈与は無効になります。

孫のために貯金を……というケースは多くあると思いますが、このあたりはしっかり押さえて適正な贈与をしましょう。

相続税の税務調査はほかの税金と比べて調査になる確率が高く、多くの案件で財産漏れが指摘されています。調査で指摘される財産漏れの多くは、名義預金です。贈与しているつもりにならないように、贈与をしたいときはしっかり完結させるようにポイントを知ったうえで実行するとよいでしょう。

一番のポイントは、贈与を受ける本人が管理している通帳であることです。名義預金とみなされないための対策としては、以下のポイントが挙げられます。

1.本人が承諾している証拠として、贈与契約書を作成してそれぞれが管理している印鑑で押印して、それぞれが保管しておく。

2.日ごろ使用していない口座や現金ではなく、本人が日ごろ使用している口座に振り込む形で客観的な記録を残しておく。

3.口座開設をするときは受け取る本人が手続きをする。

4.110万円を超えるような贈与として贈与税の申告をしておく。

お互いの気持ちが台無しになることがないように、贈与の正しい形を知って進めていくことがなにより重要です。

木戸 真智子

税理士事務所エールパートナー

税理士/行政書士/ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)