毎月150冊出る新書からハズレを引かないための 今月読む新書ガイド
(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2008年)

■01『女装と日本人』三橋順子・著/講談社現代新書/945円(税込) 
■02『おまえが若者を語るな!』後藤和智・著/角川oneテーマ21/741円(税込)
■03『自民党政治の終わり』野中尚人・著/ちくま新書/798円(税込)
■04『アメリカの宗教右派』飯山雅史・著/中公新書ラクレ/798円(税込)
■05『黄金郷伝説 スペインイギリスの探検帝国主義』山田篤美・著/中公新書/987円(税込)
■06『貧民の帝都』塩見鮮一郎・著/文春新書/809円(税込)
■07『宮澤賢治 あるサラリーマンの生と死』佐藤竜一・著/集英社新書/714円(税込)
■08『鉄道地図の謎から歴史を読む方法』野村正樹・著/KAWADE夢新書/756円(税込)
■09『日本を変えた10大ゲーム機』多根清史・著/ソフトバンク新書/798円(税込)
■10『文章は接続詞で決まる』石黒圭・著/光文社新書/798円(税込)

今回(9月発売分)の新刊は143冊。全体に平均点的です。

①古代はヤマトタケルから、現代のゲイバーや女装コミュニティまで、日本の女装と男色の歴史を文化の視点から総ざらえした大作です。女装や男色というと、サブカル裏モノ的に取り上げられるか、民俗学的に研究されることが多いなか、本書がユニークなのは、著者自身が男性から性転換した女性であること。しかし自分はいわゆる「性同一性障害者」ではない、たんなる「トランスジェンダー(性越境者)」だと強調します。「双性性」を「病」として排除せず、そのまま受け入れる社会こそがふつうなのだと気づいてもらうこと。それが著者の「使命」なのです。

女装と日本人
『女装と日本人』(講談社)著者:三橋 順子

②「おまえ」呼ばわりされているのは宮台真司香山リカをはじめとする文化人知識人たち。90年代後半からまき散らし教育政策などにまで影響を及ぼしている「若者論」が、実証性を欠いた思いつきにすぎないことを次々と暴いていきます。不毛な「若者論」「世代 論」にピリオドを打ち、経済と政策の問題として「若者問題」は再考されねばならないと説く著者24歳。肝を据えた告発の書です。

おまえが若者を語るな!
『おまえが若者を語るな!』(角川グループパブリッシング)著者:後藤 和智

③55年体制を支えてきた自民党システムはすでに実質的に崩壊しているという前提のもとで、その意義と意味を問い直した研究書です。やはり派閥と官僚の問題が大きいのですが、この複雑できめ細かい意志決定システムが、功と罪どちらにも偏ることなく解析されていく様は爽快ですらあります。自民党を破戒した張本人は小泉元首相とはいえ、ある意味で歴史的な必然だったことがよくわかります。

自民党政治の終わり
自民党政治の終わり』(筑摩書房)著者:野中 尚人

大統領選にまで絶大な影響力を及ぼす宗教右派および福音派。中絶や同性愛の禁止を呼びかけ、進化論を否定するあの人々ですね。70年代以降、なぜ宗教右派はこれほど勢力を伸ばすにいたったのか。アメリカ政治を理解するためのちょっとした教科書の様相。

アメリカの宗教右派
『アメリカの宗教右派』(中央公論新社)著者:飯山 雅史

⑤南米ベネズエラギアナ高地エルドラドという村があります。そう、あの伝説の黄金郷です。が、実際のエルドラドはただの鄙びた村。エルドラド伝説とは実は植民地化を目論むイギリスが16世紀に捏造したものであり、その元は大航海時代スペインがこの地をめぐり繰り広げた真珠狂想曲だったのです。侵略のツールに使われた「探検」、その全体像を膨大な史料から描きだした労作です。

黄金郷伝説―スペインとイギリスの探険帝国主義
『黄金郷伝説―スペインイギリスの探険帝国主義』(中央公論新社)著者:山田 篤美

⑥明治期、文明開化に浮かれる東京に出現した4つのスラム街。政府がいかに無策で排除にのみ腐心していたか、貧困民救済が結局は市井の篤志家たちの善意のみでなされてきた事実を、渋沢栄一、賀川豊彦らの救済活動から描いた裏面史です。舞台は一転、現在。ホームレス排除を目的としたオブジェが立ち並ぶ駅構内は「こじきを人目にふれない場所へほうりこんだ維新政府となんらかわらない」。

貧民の帝都
『貧民の帝都』(文藝春秋)著者:塩見 鮮一郎

宮沢賢治が生前にはまったく評価されなかったのはよく知られるところ。生涯で稼いだ原稿料はわずか5円。農学校の教師を辞めたあと賢治はセールスマンとなり奔走し、病にたおれたのでした。セールスマンつまり生活者として生きようともがいた後半生に光を当てた宮沢賢治のポートレイト

宮澤賢治あるサラリーマンの生と死
『宮澤賢治あるサラリーマンの生と死』(集英社)著者:佐藤 竜一

⑧「鉄道こそは歴史と時代の生き証人」そんなひらめきから、明治以降近現代史のトピックを鉄道史および鉄道地図から捉え直した、マニアのみならずおすすめの一冊。

鉄道地図の謎から歴史を読む方法
『鉄道地図の謎から歴史を読む方法』(河出書房新社)著者:野村 正樹

インベーダーゲームから今年でちょうど30年。メディア論とかアートの文脈で語られがちなビデオゲームですが、そもそもはオモチャ。そんな当たり前の視線から語ったありそうでないゲーム“機”の歴史です。客観的な記述のなか、ときに熱くほとばしる筆からゲームへの溢れんばかりの愛が。

日本を変えた10大ゲーム機
『日本を変えた10大ゲーム機』(ソフトバンククリエイティブ)著者:多根 清史

⑩文章を書いたことのある人なら接続詞に頭を悩ませた覚えがあるでしょう。脇役のくせに主張の強い接続詞、なのに機能や使われ方を体系的に整理した本というのは意外にもありませんでした。そんな隙間をズバッと突いた、実践的な接続詞小辞典です。

文章は接続詞で決まる
『文章は接続詞で決まる』(光文社)著者:石黒圭


【書き手】
栗原 裕一郎
評論家。1965年神奈川県生まれ。東京大学理科1類除籍。文芸、音楽、経済学などの領域で評論活動を行っている。著書に『〈盗作〉の文学史』(新曜社。 第62回日本推理作家協会賞)。共著に『石原慎太郎読んでみた』(中公文庫)、 『本当の経済の話をしよう』(ちくま新書)、 『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、 『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』(文春文庫)、『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(イースト新書)などがある。

【初出メディア】
Invitation(終刊) 2008年12月号
日本の女装と男色の歴史を文化の視点から総ざらえした大作