米国でのインフレ抑制策としての継続的金利上昇を受けて、2022年後半から2023年にかけては米ドル建て債券投資の仕込み甲斐のある期間となりました。しかし、外貨建て債券投資を成功させるにはいくつかのポイントがあります。本記事では、60代の2人の事例とともに「米ドル建て債券投資」の典型的な成功例と失敗例について、ニックFP事務所のCFP山田信彦氏が解説します。

米国債に約700万円投資して失敗

定年まで働いていた会社の嘱託として勤務する62歳の柴田さん(仮名)。10年ほど前からボーナスの一部で日本株式への投資をコツコツと始め、コロナ禍直後を除いてはアベノミクスの恩恵も受けて、保有金融資産を増やすことに成功していました。

そんな柴田さんが、米国債を購入したのは昨年2022年の8月ごろでした。その年の頭には1ドル110円強であった為替レートが130円台半ばにまで円安に振れ、その後もさらなる円安傾向が続きそうに見えたこと。また、米国金利の上昇が、米国債利回りを10年物の場合で3%を超えるレベルにまで押し上げてきたことの2点が理由でした。

米ドル換算で5万ドル分の購入でしたので、約700万円弱の投資となりましたが、為替が購入時のレベルで安定するという前提で考えると、毎年、税引き後でも15万円強の利益ということになります。

購入後、為替は2022年の10月には1ドル150円を超えるレベルにまでドル高となり、柴田さんの喜びも高まりました。しかしその後は一転、円高ドル安に転じて、年明け2023年1月半ばには1ドル130円を切るレベルまで、20円以上の円高に振れました。

柴田さんの購入時の為替レートと比較しますと、1ドル8円程度の含み為替差損となりますが、円高がここで止まる保証もありません。柴田さんはせっかく購入した米国債を中途売却することにしました。

しかし、同じ利息(または利金)が付く金融商品でも、債券の売却は定期預金の解約とは性格がまったく異なります。

2023年1月の段階で、米ドルと日本円の為替レートは円高傾向に戻る一方で、米ドル金利はFRBによる金融引き締め、つまり利上げ局面のまだ途中だったのです。実際に2023年1月段階での10年物債券の利回りは3.5%前後まで、半年前と比較して約0.5%程度さらに上昇していました。

その状況で利回り3%の債券を市場で売却する際には、売却時の市場金利差に見合う金額にまで債券自体の価格を下げる必要が出てきます。

購入から売却までの間に結局1度の利金を受け取りましたが、為替差損と債券そのものの売却損を併せると、柴田さんにとっては手痛い失敗になってしまいました。

柴田さんは「あのときはそのまま1ドル100円を切ってもおかしくないと思ったし、最悪でも500万円以下に溶かすことができない老後資金の一部だったから仕方がなかった」と悔しそうに言います。

<失敗要因>

一定額以上の損失を許容できない資金での投資ゆえ、為替レートにも一喜一憂した挙句の狼狽売りで、為替差損に加えて債券自体の中途売却損まで発生させてしまったこと

まずは約1,300万円分、米ドルを購入して成功

昨年60歳で定年を迎えた大田さん(仮名)は、老後資金も十分に貯めたという自負もあり、悠々自適なリタイアメント生活を始めることにしました。

そんな大田さんですが、前出の柴田さんと同じ2022年の夏ごろ(6月)に、日米金利差もさることながら、インフレ傾向になっても金融緩和を続ける日本円価値の希釈化に不安を覚えます。そこで、手持ち余裕資金のなかから為替手数料の安いネット銀行で、1ドル130円台で10万ドルほど、米ドルを購入しました。日本円にして約1,300万円強の投資となりました。

大田さんの最終的な狙いも利回りの高い米ドル建て債券を購入することでしたが、一般的な金融情報によると当時はまだ、米国としても利上げの道半ばということで、長期間の利率を確定させてしまう債券ではなく、利率のみならず流動性も高い米ドル建てMMFにてしばらく運用することにしました。

大田さんが最終的に残存期間10年弱で利率5.7%台という本邦メガバンク発行の米ドル建て既発債を購入したのは、10万米ドル分を購入してから1年と少しを過ぎた今年10月でした。このタイミングを選んだのは、FRBによる金利引き上げがいよいよ最終局面を迎えつつあるとの観測が増えてきたからです。

もちろん米国でのインフレが鎮静化せずに、米ドル金利がさらに上昇してしまい大田さんが購入した債券価格が将来下落する可能性は否定できません。しかし大田さんの場合は中途売却の可能性がない余裕資金での購入であり、債券は満期まで保有すれば、額面価額で償還されます。

また、債券などではなく将来的に米国株式やETF等に投資すれば、大田さんがコミットした以上の利回りが得られる可能性もあるでしょう。しかし、大田さんの年齢からすればそこで冒険をする必要はなく、「足るを知る」との発想で信用格付けの高いメガバンク発行の米ドル建て債券を購入したのです。

償還日までの約10年間、大田さんには毎年6,000ドル弱の「不労所得」が確定しました。

<成功要因>

為替レートにかかわらず金融資産の一定割合を米ドルで保有することを基軸に考え、かつ、償還日まで持ち続ける余裕資金で対応したこと

外貨建て債券投資の3つのリスクと成功哲学

外貨建て債券投資のリスクを教科書的に整理すると以下の3つに分類できます。

1. デフォルトリスク

いわゆる債券発行元の信用リスクです。米国債がもっとも安全といわれていますが、一定以上の格付けを保有する民間会社の社債も検討に値します。大田さんの場合は米国債よりも利率のよい日本の財閥系メガバンクが発行した社債を選択しました。

2. 金利変動リスク

「金利が上昇すれば債券価格は値下がりし、金利が下落すれば債券価格は値上がりする」というのが債券投資の基本原理ですが、償還日まで保有していれば額面価額で償還されます。つまり中途売却に迫られる可能性のない資金で購入して、タイミングを計り自分自身が納得できる利率で購入するのがコツとなります。

3. 為替変動リスク

外貨建て債券投資の場合は、当然為替リスクも含有するので債券購入時よりも円高になれば為替差損が発生します。しかし、大田さんの米ドル建て債券投資の問題意識は、短期での為替差益狙いではなくて、投資戦略として自らの金融資産の一部を米ドルにして保有することであり、債券自体はその置き場所の選択肢のひとつに過ぎませんでした。

大田さんによると、今後10年間に渡り年2回のペースで支払われる米ドルベースでの利金を直ぐに円転するか、米ドルで再投資するかは、その時々の状況で判断するとのことです。

以上、柴田さんの失敗例と大田さんの成功例、並びに外貨建て債券投資のリスクについて見てきました。

まとめると、外貨建て債券投資の成功哲学は「一定の先進国外貨保有こそが金融資産保全になるとの発想を持ち、信用力のある発行体の債券を、中途売却する可能性のない資金で、絶対値的に本人が納得できる利率で購入して、償還日まで保有する」ということになります。

山田 信彦

ニックFP事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)