「賃貸」か「持ち家」か……ライフステージが上がってくると、必ず持ち上がるこの疑問。なかには、「賃貸で高い家賃を払い続けるより、ローンを組んで中古マンションを買ったほうがお得!」と謳うウェブサイトもあります。しかし、安易にマンションを購入すると、思わぬ「破産危機」に見舞われてしまうことも……。FP Officeの須藤雅FPがAさんの事例をもとに「マイホーム購入時の注意点」について解説します。

家計負担を減らすはずが…Aさんが陥った「まさかの事態」

都内の大手企業に勤めるAさん(35歳)。年収は600万円で、2歳年下の妻Bと2人で暮らしています。妻も働いており、年収は350万円ほど。世帯年収は950万円です。

共働きであることから生活に困窮することはありませんが、家賃+管理費などで毎月16.5万円を支払っており、やや負担に感じていました。

「いっそマンションを買ってリノベーションすれば、毎月の支払いも少なくなるかもね」そう話し合った2人は、思い切って郊外に中古マンションを購入。部屋も広くなったうえ、月々の家賃(ローン返済額)は11.8万円になり、月々の支払が家賃よりも安くなったと2人は大満足です。しかし……。

結婚から1年後、中古マンションを買って数ヵ月も経たないうちに、妻の妊娠が発覚。喜ばしいことですが、妊娠・出産にかかる費用で出費が増えるなか、妻が育児休業を取得したことで収入は減少。予想外に家計がひっ迫し、Aさんは不安でいっぱいです。

「このままじゃ、破産してしまうかも……」困ったAさんは、FPである筆者のもとに相談に訪れました。

「持ち家になったから負担減」ではない…Aさんのマンションにかかる「住宅費」

FPは、Aさんから一連の話を聞き、まず住宅ローン返済にかかるトータルの金額を改めて算出することにしました。なお、A夫妻の現在の貯蓄は300万円です。

住宅は高額であるため、少し金利が変わるだけで支払う利息が大きく変わります。たとえば3,000万円の住宅で35年ローンを組む場合、0.5%金利が高くなるだけで330万円も払う利息が増えるのです。そのため、住宅ローンを組む際はより金利が低いプランで組むことが非常に重要です。

各銀行によって差はあるものの、2023年現在の住宅ローン金利は固定金利の場合1%前後が多く、変動金利の場合0.5%前後のものが多く見受けられます。

Aさんは、立地のいい場所で築年数の古すぎない5,000万円のマンションを購入。頭金を1割入れて4,500万円を借り入れ、0.6%の変動金利で35年ローンを組みました

※ Aさんが組んだ住宅ローンは変動金利だが、変動率を考慮しないものとする。

したがって、毎月のローン返済額は11.8万円となり、35年間でかかる利息は490万円となります。支払額の合計は4,990万円です。

また、マンションの場合、ローン返済額の他に修繕積立費・管理費などがかかってきます。具体的な金額は購入するマンションによってさまざまですが、Aさんが購入したマンションでは修繕積立費・管理費は合わせて月3万円ほどです。

したがって、Aさんが支払う住宅費をまとめると下記のようになります。

<月々の住宅費>

ローン返済額:11.8万円

修繕積立費・管理費:3万円

合計……14.8万円

<年間でかかる住宅費> 固定資産税が10万円ほどかかると仮定する。

14.8万円×12ヵ月+10万円=187万円

賃貸に住んでいたころは16.5万円×12ヵ月=198万円だったため、やや負担は減っているものの、依然として住宅費が家計の内訳として大きな割合を占めていることがわかります。

賃貸から持ち家にしたのに…A家に迫る「家計破綻」の危機

年間収支を確認する

住宅費がわかったところで、次は年間収支を試算してみましょう。年間収支は、世帯年収から可処分所得を導き出すことで計算することができます。

世帯収入950万円に対し、可処分所得は約700万円。可処分所得に対する住宅費の負担率は26%です。

Aさんは家計簿アプリをつけており、そこから住宅費を抜くと月々の支出は約35万円であることがわかりました(ここには、保険の積み立てや確定拠出年金の金額も含まれています)。

したがって、年間収支は下記のようになります。

■月々の生活費 ……約35万円

■年間にかかる生活費 ……約35万円×12ヵ月=約420万円

■年間支出 ……生活費:約420万円+住宅費:187万円=607万円

<年間収支> 可処分所得:700万円-607万円=93万円

現金貯蓄は年間93万円ずつ溜まっていく計算です。

結婚してから1年後に妊娠が発覚したBさんは、翌年4月に無事出産。奥さんは1年間の育児休業を取得し、その後は復帰予定でした。

しかし、職場復帰すると時短で働くことが難しいことがわかり、育児をするなかで子どもとの時間を大切にしたいとの思いが強まったBさんは、育休明けに退職を決意。新たに、Aさんの扶養の範囲内で働くそうです。

育児休業中の収入

育休取得前のBさんの収入は350万円でしたが、育児休業中の収入は約240万円。2年目以降は退職するため、扶養の範囲内で年間100万円ほどの収入となります。

※ 2ヵ月分の給与を含む。なお、出生一時金などは出産にかかった費用と相殺。

育児休業給付金は税制面で優遇されるため、税金が免除されることを考慮した可処分所得を計算していくと下記のようになります。

1年目(子ども0歳):700万円-(生活費607万円)=50.6万円

2年目(子ども1歳):560万円-(生活費651万円)=(-91万円) ※ 奥さんの収入が100万円になるのと、認定保育園の保育料が年間44万円ほどかかるので収支が変わります。

2年目にマイナス収支となりました。

4年目にお子さんが3歳になると、幼児教育・保育の無償化制度(2019年度~)により保育料がかからなくなりますが、それでも収支はマイナスのままです。

収入が減少したA夫妻にとって、可処分所得の3分の1が住宅費にかかっているというのはたしかに大きな負担です。2人は、現在の貯蓄300万円を切り崩して生活するのにも限界を感じているようです。

マンションは手放したくない…支出とライフプランの見直しで破産を回避

2人は購入したマンションの売却も考えましたが、立地もよく快適であることから「なるべく手放したくない」とのこと。そこで、まず生活費の見直しを図り、その後収入を増やすことは可能かを考えることにしました。

食費や交際費、保険料、通信費などを見直した結果、

  • Bさんが家計を管理し、Aさんはお小遣い制にする
  • 持ち家の団信があるため、余分な生命保険を解約する
  • 夫婦で格安スマホに変更する

といった改善により、月々6万円ほど削減することができそうです。

560万円-(生活費579万円)=-19万円

保育料がかかる3年間の収支合計を-57万円まで抑えることができました。300万円の貯金から赤字分の57万円を取り崩したとしても、243万円が残ります。

保育料がかからなくなる4年目以降は

560万円-(生活費535万円)=25万円

収支がプラスへと転じました。

扶養内で働く予定のBさんですが、その後、お子さんが小学校へ入学するころに合わせフルタイム勤務の職場に転職することで、300万円の年収を見込めます。そうすると、AさんとBさん2人合わせたの可処分所得は670万円前後となります。

670万円-(生活費535万円)=135万円

住宅費の負担が大きかったA夫妻ですが、支出を見直しライフプランを立て直すことで、マイホームを売ることなく破産を免れる生活の道筋を立てることができました。

まとめ

今回の試算では家計破綻が免れる見込みですが、実際には物価上昇による生活費の上昇やAさんの収入増加など、収支が変動する要因がほかにもいくつかあります。

とはいえ、A夫妻は今回の試算で現在の収支と今後の見通しが具体的にわかったことで、「せっかく買った自宅を手放したくないという思いと、自分たちができることがまだまだ残されているということに気づきました。相談してよかったです」と微笑みました。

マイホームは多くの人にとって、大きな買い物となります。そのため、各制度をよくご理解のうえ、自分のライフプランを踏まえて最適な方法を見出すことが理想的です。

その際は、ファイナンシャルプランナー等のお金の専門家にも意見を聞きながら計画を立てることをおすすめします。

須藤 雅

FP Office株式会社

ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)