2023年の紅白に「クイーン+アダム・ランバート」が出場すると漏れ聞き、百年ぶりに紅白見たいかも。などと思ったのもつかの間、12月中旬の国会閉会前後から永田町周辺が大暴風雨に見舞われている。体の成分のほとんどが俗情と劣情から成っている私としては、毎日の報道が気になり、おちおち長編などに取りかかれない。似た成分の方々のために、今月はスキマ読書に格好の短編集を。

JBpressですべての写真や図表を見る

選・文=温水ゆかり

“滑らかな語り口”を持つ著者の実力を多面体で楽しむ

【ストーリー概要】
 大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている優斗。ある日、バイト中に話しかけてきた女は、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。過去の記憶と目の前の女の話に戸惑う優斗は——(「違う羽の鳥」)。

 調理師の職を失った恭一は、家に籠もりがち。ある日、小一の息子・隼が遊びから帰ってくると、聖徳太子の描かれた旧一万円札を持っていた。近隣に住む老人からもらったという。翌日、恭一は得意の澄まし汁を作って老人宅を訪れると——(「特別縁故者」)。

 渦中の人間の有様を描き取った、心震える全6話。

 

 さて、のっけから余談です。かつて10代女子のときめきを満たすジュニア小説と呼ばれるジャンルがあった。現代でその位置にあるのはBL(ボーイズラブ)小説。なぜ今を呼吸している女性達は、異性同士の恋愛よりも男性同士の恋愛にときめくのか? 

 もう数十年前のこと。デビューしたての女性作家が呟いた恋愛観や結婚観が印象深かった(彼女は後に直木賞作家に)。「恋愛や結婚って必ず“欲”が絡むじゃないですか。あれが嫌なんです」。え、出身大学や勤務先や年収。女の欲と男の武器が出会う場所の無効化ですか!?

 振り返るに、どうもあの頃に純粋ラブを愛でるBLブームの萌芽があった気がする。もっともあるゲイの外国人の男性から「男同士にはラブしかないから恋愛が激しくなる。もうヘトヘト」と聞いたことがあるから、欲は恋愛のほどよい緩衝材にもなり得るのだろう。

 話を戻せば、ジュニア小説のジャンルから直木賞作家が次々と誕生したように、現代ではBLのジャンルから新しい才能が陸続している。彼女達の特徴は、一般小説に転じた時点ですでに“滑らかな語り口”を身につけていること。

 一穂ミチ氏もそんな才能で、一般小説に転じた『スモールワールズ』(2021年刊/22年には吉川英治文学新人賞受賞)と『光のとこにいてね』(2022年刊)で、すでに2度も直木賞にノミネートされている。

 その一穂氏の新刊『ツミデミック』は、大阪出身の若い男が東京で見た一夜の幻、若い主婦が投身した推し活の底なし沼、半ば記憶喪失の迷子の幽霊など、パンデミック禍に材を取った罪な話に捻りを加えた計6話を通して、著者の実力を多面体で楽しめる短編集になっている。

 

ハートウォーミングな話が恋しくなる季節柄、まずは佳き話から

「特別縁故者」の主人公・恭一は、コロナ禍で飲食店をリストラされた無職の男。部屋で宝物を入れた鳩サブレーの缶を叩いて一人遊びしている息子の隼(しゅん)を「うるさいぞ、外で遊んでこい」と追い出し、蒲団の中で無料の漫画アプリや麻雀アプリを巡回する。

 そこに妻の朋子が仕事から帰ってきて、隼の姿が見えないことに怒り、マフラーを投げつけてくる。蒲団の中のぬくぬくとした温気(うんき)に包まれていた恭一は、妻のマフラーにしみついた外気の冷たさがかえって気持ちいい。こういう冬の皮膚感覚を呼び覚ます何気ない描写、センスがいいなあと思う。

 恭一が探しに出ると、息子は公園にいた。近所の古い一軒家にスーパーボールが転がり込み、一人暮らしの老人に「勝手に捜せ」と言われ、ヤクルトもご馳走になった。お礼に肩もみすると、上手だと言って、箪笥の引き出しの中にいっぱいあった閻魔大王のお札(ふだ)から一枚取って缶に入れてくれたと言う。

 恭一は缶の中をチラ見して目を剥く。閻魔大王ではなく聖徳太子じゃないか。札(ふだ)ではなく、札(さつ)じゃねえか。おまけにナヌ、箪笥の引き出しにおふだがいっぱい入っていただと!?

 料理人の恭一は棚にしまい込んでいた高級な昆布と削り節を取りだし、丁寧に出汁をとった澄まし汁を魔法瓶につめて、息子がお世話になったお礼という名目で老人宅を訪れる。味をほめられる。素直に嬉しい。老人は食通なのか、削り節がまぐろかつおの混合だったことまで言い当てる。恭一は老人がトイレに入っている間に、たんすの中に札束があることを確認する。

 恭一の捕らぬ狸の皮算用はこうだ。独居老人が遺言書なしで亡くなった場合、財産は国庫に召し上げられる。しかし身の回りの世話をしていた者が「特別縁故者」として財産分与の対象になる場合もあるらしい。よし、俺は特別縁故者になってやる。

 老人からの申し出で、恭一は毎回2千円の駄賃で老人の世話を始める。チェーン店で日替わり弁当を買い、ほうれん草のおひたしや、きんぴらごぼうなど手作りの一品を添え、通いの家政婦が来ない日に老人宅に通う。

 大晦日、仕事に出かける前の朋子と喧嘩した恭一は、雑煮を作って老人宅を訪れ、問わず語りに身の上話を始める。割烹に勤めていたが、親父のように慕った店主に頭を下げられ、クビになった。よそで修業してきた親父の甥っ子より、俺のほうが料理の腕は上なのに、なんで俺なんだ。

 縁故(コネ)じゃねえか。「やってられないすよ、まじで」。恭一の愚痴を静かに聞いていた老人は「ガキめ」「クビを切る方が辛いんだ」と一喝した後、口調を変えて「なあ」と言いかけたところで、恭一の携帯が突然なる。

 廊下に出て電話を取ると、救急車で病院に運ばれた朋子からだった。子宮筋腫の手術が必要、医療保険にも入っていないしお金がかかる。家賃もここ2カ月滞納し、隼が小学校に入学する時点でキャッシングした20万円の返済が追い付かなくて、150万円に膨らんでいると、すまなさそうに打ち明ける。

 いきなり現実という冷や水を浴びせられた恭一は、携帯を切って部屋に戻り、何度も頭をコタツのラグにこすりつけて老人に懇願する。「金貸してください。必ず返しますから」。しかし老人の目も言葉も、研ぎ立ての刃物のように鋭く冷たい。

「お前、初めてうちに来たとき、家捜ししてただろう。わかってんだよ。小狡い目をしやがって。それでも根っから性悪でもなさそうだからと思って情けをかけてやれば、すぐ増長する。恥を知れ。お前はあの家政婦の仲間か」

 最後の家政婦ウンヌンは恭一には意味不明だったが、つぶてのように飛んでくるみかん攻撃に遭っては、退散するしかなかった。

 年が明けた元旦の深夜——。1月2日に見るべき初夢の時間帯に事件は起こる。的確に状況を判断し、素早く行動し、とっさにヤンキーっぽい小芝居までうってみせる恭一の機転の鮮やかなこと。この男、案外できる男だったのかもしれないと見直してしまう。

 クリスマスプレゼントに隼が欲しがったある道具がきっかけになるので、クリスマス・ストーリーの一種として読むこともできるけれど、ここはやはり日本っぽく、一富士二鷹三茄子の初夢ストーリーと呼びたい。事件解決後に「特別縁故者」という固い法律用語が、街場の“袖すり合うも多生の縁”になるハートフルな着地に、心もあったまる。

キュートな女子高生幽霊のクライムストーリー

 本書の中からもう一編と言われたら、私は「憐光」を推したい。『ツミデミック』のタイトルにふさわしいクライムストーリーではあるのだけれど、唯(ゆい)という名の女子高生幽霊がキュートなのだ。

 母校にゆらりと立ち現れた唯は、周りの女子高生達の会話から「そうだ、あたし、死んでた」と思い出す。15年前の集中豪雨で死に、遺体は見つからないままだったけれど、一人の現役女子高生願掛けで骨が発見された。

 唯自身は自分がいつどこで、どうやって死んでしまたのかは憶えていない。それでも自分の内部を探ってほっとする。「どろどろした怒りや憎しみが自分の中に見当たらない」。強烈な負の感情があって、成仏できてないワケじゃなさそうだ。

 他者には見えない浮遊体のような唯は、世間のマスク率の高さに目を丸くし、二つ折りのケータイが指で操作できることに見とれ、親友の「登島つばさ」と、高2のときの担任で当時20代の終わりだった「杉田先生」が待ち合せをしている場面に遭遇。自分の白骨化した遺体発見を機に、二人がお悔やみに向かう車に同乗し、実家への帰還も果たす。

 つばさと先生が往路の車中で交わす会話で、唯は知る。世界史の教師だった杉田先生は休職して海外放浪、今は教職を離れ知り合いの会社で働いている。秀才だったつばさは ぬるま湯のようなこの田舎を出て東京へ出て、美しい女性に成長していた。

 実家ではママが単身赴任中のパパとの電話で「あの子に盗まれたお金」と言うのが聞こえて唯をギョッとさせる。「そんなことしてない」と思うものの、ぼんやりしていた記憶が鮮明になるにつれ、かえって分からないことが増えていくのが怖い。

 唯の実家をそそくさと辞去したつばさと先生は復路の車中で、往路とはうってかわった攻撃的な会話を始める。つばさの挫折続きの人生は、コロナ禍でさらに痛めつけられていた。

 この「憐光」は、通常の幽霊譚をことごとく裏切っていくところに、著者の意図があるように思う。第一点がこの世に恨みをのこしているわけでもないのに幽霊になること。第二点は、通常生者を怖がらせる幽霊自身が、生者が次々ともたらす情報に怯えていること。

 第三点は、物語のクライマックスでのシーン。唯が「濡れ衣だよ」「あたしを悪霊にしないでよ」と叫ぶところなどは、悪霊になってこそまっとうできる幽霊譚の完全なちゃぶ台返しだろう。

 タイトルの漢字にご注目を。燐光ではなく造語の「憐光」、憐れみの光である。私はキリスト教徒ではないので単なるイメージだが、高みから見下ろす同情の憐れみではなく、共に苦しむという「共苦」が根っこにある憐れみ深い感情、ピエタ(伊語)とかピティエ(仏語)にニュアンスが近い気がする。

 恨みや怨念や因果応報などとは無縁の浮遊体はどこへ向かうのか。臨死や死は“物語”を必要とする。物語のない吹きっさらしの荒野の寂しさに、私達は耐えられない。しかしここでも著者はトンネルの向こうに見える光や、お花畑、懐かしい人々の顔の走馬燈といった概念をあっさり放棄して、非生命体の向かう所を指し示して見せる。

「幽霊道」という言葉が脳内に点滅する。茶道、華道、武士道。道と付けば独りで極めるものと決まっている孤独な道だ。唯の最後のセリフが、これまたとてつもなくキュートで、思わず唯の背中に「いってらっしゃ~い」と、声をかけたのだった。

警察小説×本格ミステリーの合わせ技。シリーズ化に期待

【ストーリー概要】
 2023年ミステリーランキング3冠達成! (「このミステリーがすごい!」第1位、「ミステリが読みたい!」第1位、「週刊文春ミステリーベスト10」第1位)。

 群馬県警利根警察署に入った遭難の一報。現場となったスキー場に捜査員が赴くと、そこには頸動脈を刺され失血死した男性の遺体があった。犯人は一緒に遭難していた男とほぼ特定できるが、凶器が見つからない。その場所は崖の下で、しかも二人の周りの雪は踏み荒らされておらず、凶器を処分することは不可能だった。犯人は何を使って“刺殺”したのか?(「崖の下」)。

 太田市住宅街で連続放火事件が発生した。県警葛班が捜査に当てられるが、容疑者を絞り込めないうちに、犯行がぴたりと止まってしまう。犯行の動機は何か? なぜ放火は止まったのか? 犯人の姿が像を結ばず捜査は行き詰まるかに見えたが――(「可燃物」)。

 連続放火事件の“見えざる共通項”を探り出す表題作を始め、葛警部の鮮やかな推理が光る5編。

 

可燃物』は、週刊文春の年末恒例企画「ミステリーベストテン」で、2023年の国内第1位になった本格ミステリー短編集。著者の米澤穂信氏は2022年、『黒牢城(こくろうじょう)』で2021年下半期の直木賞を受賞した。

『黒牢城』はこんな話である。「本能寺の変」の4年前、織田信長に反旗を翻して有岡城に立て籠もった荒木村重は、説得に訪れた織田方の智将・黒田官兵衛を戻さず、地下牢の囚人とする。折しも有岡城内で起きる不可解な難事件。手こずった荒木は、地下牢を訪れては官兵衛に謎解きをさせる。

 歴史の妙と、城内に閉じ込められた者達の心理に分け入る推理の彩(あや)。合わせ技の重厚な作で、選考委員である北方謙三氏の選評が、本格ミステリーにそれほど馴染みがない読者の気持ちを代弁して笑わせた。曰く——官兵衛の役割が(映画『羊たちの沈黙』に登場する)レクター博士のようだ、籠城戦と密室の謎解きの組み合わせにどういう必然性があるのか分からなかったが、面白ければいい——。

 この『可燃物』も警察小説×本格ミステリーの合わせ技で、群馬県警本部・刑事部捜査第一課の葛(かつら)警部が五つの事件の謎を解く。

 バックカントリースノーボード中に仲間が仲間をなにか鋭いもので刺殺した事件の凶器とは(「崖の下」)。 見つけて下さいと言わんばかりの場所に遺棄された右上腕。犯人はなぜ死体をばらばらにしたのか(「命の恩」)。住宅街で発生した連続放火事件。その捜査が始まったとたん、ぴたりと犯行が止まったのはなぜなのか(表題作「可燃物」)。

 例えば「崖の下」の現場検証で描写される、凶悪な形状の氷柱(つらら)。氷が時間の経過と共に消滅する犯行道具だというのは、中学まで海外の本格ミステリーに入れ込んでいた私には、著者の撒いた“レッド・ヘリング(鰊の強烈な臭気に猟犬の鼻が惑わされること)だな”と察せられるが、それ以上のことは分からない。

 この、読者がある程度まで推理できるが、真相に辿り着ける人は少数というのが、本書の魅力だろう。葛警部を探偵役とする本作は、今後シリーズ化されそうだ。

 小腹が空いたらカフェオレと菓子パンでエネルギー補給し、部下達に慕われているわけではないが、捜査能力に疑いを持つ者はいない葛警部。一読者としては、愛していいのか、愛なんて余計な感情移入はしないほうがいいのか、今のところ判断の付きかねるキャラクターだ。

 葛警部の下の名前が明らかにされていないのも気になる。私が愛した警官に、英国のモース警部がいる。勤務中でも部下を引っ張ってパブに行きたがるような警官だ。「E」だけで通していた彼のファーストネームが明らかになったのは、重篤な病で横たわるベッドに、病院がかけたネームタグで、だった。

 モースのファーストネーム判明は、当時(=20世紀末BBCの一般ニュースにもなったという。私はシリーズ13冊目まで明かされなかったファーストネームの由来のあまりの素っ頓狂さに大笑いし、シリーズ最終巻という最期に泣いた

 2023年から2024年へと流れていく時間。みなさま、読書をしてもしなくても、どうぞよき年末年始をお過ごし下さいませ。

※「ストーリー概要」は出版社公式サイトより抜粋。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  川端康成は文豪?変なおじさん?初期の人間愛と後期の魔界、それぞれの魅力

[関連記事]

川端康成が描いたものは「日本の美」だったのか?ノーベル文学賞受賞後の人生

温泉だけじゃない!五十音図発祥の地、加賀の古湯・山代温泉の魅力とは

写真=PIXTA