イギリスのお茶の間で最も愛された大女優、“ノリー”ことノエルゴードンをご存知だろうか?世界で初めてカラーテレビに登場した女性であり、1960~80年代にかけて4,500話以上が放送された連続テレビドラマ「クロスローズ」の主人公、メグを約18年間にわたって演じた。さらに、司会を務めたトーク番組で女性として初めて英国首相にインタビューをしたレジェンドでもある。そんな英国テレビ界のパイオニア的存在のノリーだが、人気絶頂期に自身が看板であるはずの「クロスローズ」から突然の解雇通告を言い渡されてしまう…。

【写真を見る】泉ピン子に森光子、山岡久乃といった往年の大女優を思いださせる、ノリーとは何者?

イギリス芸能史に深く刻まれたこの降板劇と、そこから這い上がっていくノリーの姿を描くドラマシリーズ「NOLLY ソープオペラの女王」(全3話)がAmazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX」にて独占配信中だ。主演はイギリスを代表する演技派、ヘレナ・ボナム・カーター。大きな挫折を味わいながらも、それに屈することなく、大衆を味方に付けながら男性中心のテレビ業界に立ち向かっていくノリーを、時に感動的に、時にユーモアを交えながら演じていく。

このドラマをNHK連続テレビ小説おしん」(最高視聴率62.9%)や「渡る世間は鬼ばかり」(平均視聴率20.6%)などに出演し、ノリーと同じく国民的女優として人気を博してきた泉ピン子が鑑賞。実は「スターチャンネル」は開局以来の契約者であるほか、日頃から数々の海外ドラマを衛星放送やサブスクで観ており、お気に入りのドラマやリアリティ番組、ドキュメンタリーなどを次々とあげるほど詳しい。そんな“海ドラ通”の泉に、本作の魅力、ノリーに共感したところについて語ってもらった。

■「ノリーには看板である自分を切ったら番組がなくなるという自負があった」

イギリスでは知らぬ者はいないほどの大スター、ノリーが新たな道を見つけていく晩年の姿を描く「NOLLY ソープオペラの女王」。長寿ドラマシリーズ「クロスローズ」はノリーの主演作というだけでなく、長年にわたってスタッフやキャストと家族のような関係を築いてきた思い入れの深い作品だった。彼女の栄光と苦悩に満ちた女優人生に様々な角度からスポットライトを当てて物語は進んでいく。

本作について「いっきに観てしまいました」と語る泉ピン子。「ノリーが18年間も一つの役をやり続けていたことに、同じ女優として自分を重ね、見入ってしまいました。大変だっただろうな、同じ役をずっと続けていて飽きなかったのかなって(笑)」。

泉は数々の代表作を抱え、特に名脚本家、橋田壽賀子の作品に多く出演してきた。なかでも、一世を風靡した「渡る世間は鬼ばかり」は全10シリーズで、2011年の最終回後のスペシャルも含めると511回も続いた。そんな自身の経験を振り返りながら、ノリーに思いを馳せる。「私は『渡る世間は鬼ばかり』を33年やっていました。ノリーとは時代が違うから、『渡る世間は鬼ばかり』を撮っていない時には、2時間ドラマに出演したり、ほかの番組に出させていただいたりしていましたが、それでも橋田先生に『もう辞めたい』と言ったことがあります。『辞めたいから、(役を)殺してほしい』って(笑)。そしたら、『あなたの肩に何人の人間が乗っていると思っているの!』と怒られましたよ。まあ、それぐらい長くドラマを続けていくというのは大変なことなんです。だから、18年間も続けてきたノリーには、作品から看板である自分を切ったら番組がなくなるだろうという自負があったと思うんです。それが本当に切られたんだから、晴天の霹靂だったに違いないですよね」。

■「このドラマは1人の人間のプライドに関する物語であり、男性社会での女性の戦い方の見本を描いていると思います」

ドラマは彼女が主演する「クロスローズ」の収録風景や上記の活躍の数々を織り交ぜながら、解雇されたことが国を挙げての大騒動になる様子も描かれている。業界の荒波をくぐり抜け、確かな地位を築いてきたノリーは大勢の国民に愛されていたこともうかがえる。泉は「このドラマは1人の人間のプライドに関する物語であり、男性社会での女性の戦い方の見本を描いていると思います」とコメントする。

続けて、印象に残った劇中シーンやエピソードをいくつか挙げてもらった。「ノリーは解雇を告げられると、テレビ局よりも先に新聞記者たちに自分の降板に関する情報を漏らします。あのシーンは痛快ですね。テレビ局といえば男社会。いまでこそ、“パワハラ”、“セクハラ”への対策が強化され、少しはマシになったとはいえ、まだまだ女性の立場は弱いじゃないですか。ましてや、ノリーの時代は完全に男社会でしょう?でも、彼女は決して黙っているのではなく、先手を打つ。自分から降板になったことを話すのは恥ずかしいしプライドもあるでしょう。でも勇気ある行動に出て、現場の苦労を考えることもなく偉そうにしている男たちをやり込めるところは小気味いいですよね。また、一般の人に混ざってバスに乗るシーンで、番組をバカにする、頭の固そうな中年男性をギャフンと言わせるシーンも爽快でした!しかも彼女が視聴者に心から愛されていたこともよく伝わる場面でもありましたね」。泉は“おしんシンドローム”の後、エジプトベトナム、北極など世界各国で「おしんマザー!」と声をかけられた思い出があるという。バスの乗客たちがノリーに親しく話しかけるシーンと重なるエピソードだ。

■「トニーはホントに良き友人。あのキャラクターはとてもいいですね」

しかし、世間の声にプロデューサーたちが耳を傾けることもなく、ノリーは番組を降板され物語は進んでいく。その後、デビュー当時ミュージカル女優を目指していた彼女にとって原点である舞台に戻り、傑作ミュージカルジプシー」のステージにも立つが、目指していたウエスト・エンド(英国のブロードウェイ)には行けず、ほかの舞台のオーディションにも参加。そこには自分よりも年若い女優たちが、少しノリーを見下したように目を向けながら「どうしてドラマを辞めたのか」と聞いてくるなど、ノリーは60歳を過ぎてからの挫折も味わうことになる。ただ、そんな彼女に寄り添う親友や理解者がいる。

ノリーは生涯独身であったことでも知られているが、「クロスローズ」の共演者である年下の俳優、トニー(オーガスタス・プリュー)、コメディアンのラリー(マーク・ゲイティス)といった男友だちがおり、悩む彼女を支え助言を与えたりもする。泉はそうした親友たちの存在も見どころだと話す。

「最初、トニーはただの運転手なのかと思っていたらドラマの共演俳優だったんですね。彼女のアパートメントの真向かいの部屋に住んでいて、窓越しにやり取りしたり、呼ぶとすぐに駆け付けたり、落ち込んでいたら励ましてくれたり。ホントに良き友人。あのキャラクターはとてもいいですね。アパートのロケーションもおもしろくて、よく探してきたなと思いました(笑)」。

■「古き良き時代のノリーの姿と多くの先輩方の姿が重なり、懐かしくなりました」

ノリーが降板すると番組の人気も急降下。ノリーは行く先々で、「なぜ辞めたのか」と訊ねられては「わからない」と答えるシーンが何度も差し込まれる。そして視聴者からテレビ局への非難の電話や投書が殺到するシーンも映しだされるなど、ノリーの女優としての運命は一体どうなるのか?と最後まで目が離せない展開が続いていく。

本作は80年代という時代設定で、レトロなファッションやインテリアなども見どころとなっている。そんななか、赤い髪の毛に大きなサングラスと毛皮のコート、そして愛車のロールス・ロイスに乗って登場するいかにも大物女優なノリー。一方で、一人暮らしの家で静かに暮らすつつましやかなノリーの日常も描かれる。その対照的な姿も魅力的で、泉も楽しんだそうだ。

「ノリーが毛皮のコートをフワッと羽織る。あの瞬間、『私は女優よ』というか、ノリーにとって毛皮のコートが大物女優の象徴なんでしょうね。このような大女優って、昔はたくさんいらっしゃいましたね。劇中のノリーは60代前半なんですか?ノリーは日本で言えば森光子さんのような方だったのではないでしょうか。あるいは、山岡久乃さんもノリーのイメージと重なりました。そう言えば、ノリーが家で台本を開いて、セリフを覚えるシーンがあります。あれを見ていて、自分のことを思い出しました。橋田先生の台本は、長ゼリフが多くて覚えるのが大変で。私は自分のセリフを抜き書きして覚えていたんです。それは森さんから教わった方法で、書いたものを持っておくと、何かお守りみたいにもなっていたんですよ(笑)」と懐かしそうに振り返る。

「ノリーは、家に帰ると、一つ一つ部屋のスイッチを付けていく。あれは彼女なりのルーティンワークだったんでしょうね。また、ノリーの意外と質素な日常生活からは杉村春子先生を思い出しました。本当に、この古き良き時代のノリーの姿と多くの先輩方の姿が重なり、懐かしくなりました」。

■「このドラマの一番の魅力はヘレナ・ボナム・カーター

そして、なによりドラマの魅力として泉が挙げたのが、主演女優ヘレナ・ボナム・カーターの存在。カーターと言えば、「ハリー・ポッター」シリーズをはじめアクの強いキャラクターで知られるが、『英国王のスピーチ』(10)や、近年はドラマ「ザ・クラウン」で中年期のマーガレット王女を演じ、アカデミー賞ゴールデン・グローブ賞など数々の賞にノミネートもされてきた。

「本当にこの作品のヘレナはすごいと思います。50代になると、なかなか女優が活躍できる作品がない。きっとそれはハリウッドでも英国でもそうだし、日本だってそうです。そんななかで、50代のヘレナが役者人生を賭けてノリーを演じている。その底力が本当にすばらしい。このドラマの一番の魅力はヘレナ」と現在57歳のカーターを絶賛する。

■「ヘレナ・ボナム・カーターが本当に美しくてやり切ったというすばらしい表情を見せます」

チャーミングでもあり、気軽に一般庶民から声をかけられる親しみやすさもある。一方で、女優としての矜持を守り、男社会に対しても信念を曲げない強さもある。そんなノリーをカーターは文字どおり体現しきっている。「クライマックスで、ノリーがふと振り返るシーンがあるんです。その時の顔は、もうノリーではなく、ヘレナ・ボナム・カーター自身の顔です。本当に美しくてやり切ったというすばらしい表情を見せます。ぜひ、そのシーンを見逃さず最後まで楽しんでみてください」。

こう言ってインタビューを締めくくった泉。羽織っていたルイ・ヴィトンのコートを取材スタッフが「ステキですね」と伝えたところ、「女優ですもの!」といたずらっぽく微笑んで立ち去った。

ノリーは日本にとってはあまり馴染みのない人物かもしれない。しかし、このドラマで彼女が歩んできた道程は現代社会にも通じるところが数多くあり、様々な理由で理不尽にさらされている人々の共感をさそう。演じたカーターの熱演にも注目しながら、「NOLLY ソープオペラの女王」を楽しんでほしい。

取材・文/前田かおり

「NOLLY ソープオペラの女王」の魅力を日本の国民的大女優、泉ピン子が語る/撮影/杉映貴子