物価が上昇しているのに、一向に給料が上がりません。他方で、日本企業の内部留保は過去最高の約555兆円に達しています。このことに関連して、「日本の企業は内部留保を従業員の賃上げに充てるべきだ」「課税すべきだ」などという指摘がみられます。しかし、その指摘は的を射ているといえるでしょうか。企業財務に詳しい公認会計士税理士の黒瀧泰介氏(税理士法人グランサーズ共同代表)が解説します。

内部留保とは何か

内部留保とは、正しくは「利益剰余金」といいます。最新の厚生労働省「法人企業統計調査」の結果(2022年度分・2023年9月1日発表)によれば、2022年の「利益剰余金」の額は554兆7,777億円と、2021年度(516兆4,750億円)に続き、過去最高を更新しました。

内部留保利益剰余金)とは、会社が事業年度ごとに利益を上げ、そのなかから法人税等を支払い、株主等への配当金を支払ったあとの金額が、積み重なったものです。

つまり、内部留保の金額は、「創業からの年数の長さ」と、「各事業年度の利益の大小」によって決まるということです。創業からの年数が長く、かつ、毎年度コンスタントに利益を出し続けていれば、内部留保の額は大きくなります。

内部留保が大きいことは、専門的な言葉を使えば「自己資本比率が高い」ということであり、優良企業であることを示す指標の一つとなりえます。たとえば、投資家から出資を受けるにしても、銀行等の金融機関からできるだけ低利で融資を受けるにしても、内部留保が大きいことは、有利な材料の一つとなりえます。

注意しなければならないのは、内部留保の額が大きいからといって、会社が実際にその額を貯め込んでいるわけではないということです。

もちろん、現預金として貯め込んでいるケースもないわけではありません。しかし、企業が成長していくには、毎年収益を上げ、それを再投資していくことが本筋です。したがって、何らかの資産に形を変えている可能性があります。

また、内部留保は、企業の業績が上がらなくても、外部的要因により増大することがありえます。たとえば、国外に資産を保有している企業や、輸出により収益を得ている企業は、「円安」が進むだけで内部留保の額が著しく増大する可能性があります。

2021年、2022年と、内部留保の額が増大した背景には、円安により資産が膨れ上がった企業が多かったことも一因として挙げられます。

内部留保自体よりも「プロセス」と「使い道」が重要

以上のように、内部留保は、企業がこれまで収益を上げてきたということを示す「数字」の一つにすぎません。また、「円安」のような外部的な事情によっても左右されます。

重要なのは内部留保の額自体よりも、「積み上がったプロセス」と「使い道」です。

内部留保が「積み上がったプロセス」

「積み上がったプロセス」というのは、どのようにして内部留保を積み上げてきた=コンスタントに利益を上げてきたのかということです。

日本企業に多くみられるのは、日本経済が長期にわたり低迷するなかで、業績を向上させるよりも、人件費の削減や経費削減によって利益を維持してきたというパターンです。そのような企業のなかには、計算上はコンスタントに利益を上げていても運転資金に回して、さらに借入も行い「ギリギリでなんとかやっている」というところもあります。

つまり、内部留保が積み上がっているからといって、必ずしも業績が好調だったとは限らないのです。

内部留保の「使い道」

前述したように、内部留保は、その年度の利益から税金を支払い、株主への配当を行ったあとに残ったお金です。このお金は、事業活動の原資に充てられるほか、万が一のアクシデントに備える資金となります。

すなわち、まず、事業資金に充てられる場合の活用方法は、必ずしも「従業員の賃上げ」とは限りません。工場や機械設備、DX(デジタル・トランスフォーメーション)等の設備投資のほか、「運転資金」に充てる場合もあります。その場合、内部留保は、キャッシュは出ていっていますが、あくまでも資産として会社に存在していることに変わりはないので、減ることはありません。

また、予期しない天災や疫病(コロナ禍)、円安による原材料費等の高騰等に備えるために、一部をキープしておく必要もあります。

そこで、着目すべきは、企業が資金をどのような経営判断の下に活用しているのか、あるいは使わずに貯め込んでいるのかということです。

たとえば、「設備投資」の実態はどうでしょうか。「法人企業統計調査」の結果によれば、2019年度が-10.4%、2020年度が-5.0%だったのに対し、2021年度は+9.2%、2022年度は+4.4%と2年連続で増加しています。

このことからみてとれるのは、必ずしも日本企業が設備投資を怠っているわけではないということです。

また、設備投資を見合わせるとしても、ロシアウクライナ侵攻の長期化と昨今の円安によって原材料費が高騰していることを考慮すると、やむを得ない面もあると考えられます。

ここまで解説してきたように、現時点での日本企業の内部留保の額が大きいことは、それ自体は過去に利益を積み重ねてきたことを示す数字にすぎません。しかも、このところの「円安」も大きく影響されています。

これまで内部留保が積み上げられてきたプロセスに前述のような問題はあるにせよ、だからといって、現在の内部留保の大きさから、一概に「賃上げに回すべき」とか「課税すべき」とかの結論を導き出すことはできません。

給料が上がらないという問題については、IT化が遅れていることや、労使協調の傾向が強いことなど、様々な要因が指摘されています。本記事では立ち入りませんが、少なくとも、内部留保の増大とは区別して考えるべきことであるといえます。

黒瀧 泰介

税理士法人グランサーズ 共同代表

公認会計士

税理士

(※画像はイメージです/PIXTA)