コロナ禍の苦しみを経て、高速バスがようやく復調しています。コロナ前を上回る路線もあり、今後さらに需要拡大が見込まれています。運転手不足も深刻化していますが、その待遇改善につながる稼ぎ頭こそ、高速バスです。

高速バス復調 満席お断りも相次ぐ

高速バスの利用者数は、コロナ禍の時期に大きく落ち込みました。回復は進んでいますが、2023年12月時点でコロナ前水準の80~90%程度に留まっています。需要が完全に戻り切らないほか、乗務員不足によって続行便(多客日の2号車、3号車)の設定が困難になり、満席でお断りするケースが増えているためです。

しかし、中には、既にコロナ前の水準を上回っている路線もあります。好調な路線に共通するのは、インバウンド(訪日外国人)の需要が旺盛なことです。さらに細かく見るといくつかのパターンに分けられます。

2003年、国が「ビジット・ジャパン・キャンペーン」を開始しインバウンドの集客を強化するずっと以前から外国人の利用があったのが、新宿~富士五湖富士山五合目線です。もっとも、今と比べればまだまだ少ないものでした。その後インバウンドが増加しても、まずは団体ツアーでの訪日が中心で、入国後は貸切バスで移動するため、高速バスの利用はあまり増えませんでした。

しかし、FIT(個人自由旅行)の比率が上昇すると富士五湖線の利用も増加しました。それまで利用の少なかった中央道下吉田停留所(山梨県富士吉田市)から徒歩10分ほどの新倉山浅間公園が、「五重塔と桜を前景に富士山の写真を撮れる」ことで一躍人気を集め、特にタイ人の利用が急増したこともありました。近年では富士登山を楽しむ欧米系の利用者も増えていました。

同路線は、富士急ハイランドなどへ向かう日本人観光客も多く、朝7~8時台はバスタ新宿をおよそ10分間隔で頻発しており、利用者数はもともと相当な数に上ります。それでも利用者数はコロナ前水準を既に上回っており、FITの需要がいかに増えているかがわかります。

京王バスは「次は、同じ山梨県の身延山を外国人にも人気の目的地として盛り立てていきたい」と考えているようです。山間に広がる総本山久遠寺の伽藍や、富士山から駿河湾まで眺望できる山頂へロープウェイで手軽にアクセスできる点もFITの人気が出そうです

同じく「日本仏教三大霊場」とされる和歌山県の高野山が既に外国人の間で名が売れていることから、身延山を「東京から日帰りできる“高野山”」というような見せ方で海外でのマーケティングを強化する予定です。

コロナ前より利用者「大幅増」の路線とは?

富士五湖線と同様に利用者数がコロナ前水準を上回ったのが、やはりFITの比率が大きいアウトレットモールへの路線です。新宿、池袋、渋谷、横浜など首都圏各地から御殿場プレミアム・アウトレットへの路線合計でみると、利用者数がコロナ前水準を既に約40%も上回っています。

なお、同アウトレットへは日吉、たまプラーザ、海老名、立川など郊外の住宅地から直通する路線も充実しています。さらなる路線網拡大にも積極的で、運営会社の三菱地所サイモンでは「新しい発着地、とりわけ地域住民とFIT両方の利用を望める地点に停留所を確保できるような事業者があれば、新路線開設を支援したい」としています。

これらは、鉄道が不便で、かつFITに人気の目的地へ単純に往復する路線です。乗り換えなしで直行する手軽さ、安心感がFITに受け入れられているケースです。

次に、バス路線が観光周遊ルートの一部となっているケースもあります。別府から湯布院、黒川温泉、阿蘇を経由して熊本へ向かう「九州横断バス」も、コロナ前水準を超えています。

九州横断バスといえば、前の東京オリンピックが開催された1964年に運行を開始し、昭和の時代には、フェリーから乗り継ぐ新婚旅行客らで賑わった路線です。最盛期には雲仙、長崎まで運行していたものの、旅行形態の変化により減便や路線短縮を繰り返し、一時は地元の人の短距離利用が目立つほどでした。ところが近年、他の交通機関が少ない黒川温泉への足として観光客の利用が復活気味でした。

コロナ後は、途中停留所で下車して立ち寄り観光を楽しんだり、宿泊したりした後、再び次便で移動するスタイルがFITの需要とマッチし、九州中央部の観光回廊(コリドー)形成に成功しています。さらに、熊本から宮崎県高千穂町へ向かう路線も利用者数が既にコロナ前水準を1割以上、上回っており、より広域を周遊するFITの姿も目立ちます。

都心でも人気のバスが

高速バスではありませんが、都市内を周遊する観光路線も人気です。

日の丸自動車興業は東京都内で3つのタイプの観光路線を運行しています。オープントップバス(屋根のない2階建てバス)を使い1時間程度で都内の名所やイルミネーションなどを回る手軽な「スカイバス東京」と、観光スポットに設けた停留所をバスが定期巡回し、利用者は自由に乗降して観光を楽しむホップオン・ホップオフタイプの「スカイホップバス」、水陸両用タイプの車両でバスごと川や海へ入っていく「スカイダック」です。

これらのうちスカイホップバスで特にFITの利用が目立ち、利用者数は既にコロナ前水準を約20%も上回っています。高い位置にあるバスの座席から、渋谷のスクランブル交差点を行き交う人々を眺め、その交差点にバスで進入するシーンがFITに特に人気なのだそうです。

九州横断バスもスカイホップバスも、観光地どうしを結び、複数地点を「自分のペースで、かつ手軽に」周遊できるようにした点が共通しています。

バスのチャンス到来? 「鉄道パス値上げ」

今後の伸びが期待できる路線もあります。例えば松本~平湯~高山線は、現在、車内は外国人ばかりと言っていいほどFITに人気です。特にコロナ後、奥飛騨温泉郷の人気が高まっているのです。

同路線を利用するFITは、これまで、新宿からJRの特急電車で松本に着き、バスで奥飛騨や高山へ移動した後、やはりJRで富山へ抜けて北陸新幹線で東京へ戻るか、または京都、大阪へ向かっている人が多かったと思われます。

しかし、全国のJR線が乗り放題となる訪日外国人向け「ジャパン・レール・パス」が大幅に値上げされました。23年10月購入分から新価格ですが、12月末までは旧価格で購入した券も使用することができたので、実質的には24年1月から値上げとなります。

レール・パスの値上げによって、鉄道を利用していた需要の一部が、新宿から松本や平湯、高山まで高速バスに転換することが想定されます。松本と平湯の中間には、これまた外国人に人気の上高地があり、24年の春シーズンからは新宿~上高地線の需要増も考えられます。

このほか、東京から箱根方面も、レール・パスを使い小田原まで新幹線で向かう人が多かったのですが、一部が新宿発の高速バスに転換することが考えられます。

高速バスは稼ぎ頭 いまが稼ぎ時!

国際空港発着の高速バスでは、滞在型リゾート地へ向かう路線が人気です。スノーリゾートでは新千歳空港ニセコ成田空港~白馬。ビーチリゾートでは那覇空港~恩納、本部半島などです。

逆に箱根や富士五湖など周遊型の観光地へは、国際空港からの路線の人気はいま一つです。1か所滞在ではなく周遊しながら観光を楽しむタイプの旅行者は、入国後、まずは東京や大阪など大都市に宿泊するケースが多いからと考えられます。

多くのバス事業者のFIT向けマーケティングを代行している株式会社オーエイチによると、一部の路線では、中国人に限ってみても予約がコロナ前を超えていると言います。

訪日外国人の総数がコロナ前水準を回復した一方、中国からの訪日は3分の1程度にとどまります(2023年11月の速報値)。しかし大きく減少しているのは貸切バスで移動する団体ツアーやクルーズ船が中心であって、高速バスなど公共交通を使うFITの需要は旺盛だということです。さらに東南アジア各国や米国、オーストラリアなどからの訪日客は過去最高を記録しています。

少子化進行による国全体の労働力不足により、バス業界も乗務員不足が深刻です。解消には乗務員の待遇改善が必須で、そのためにも高速バス事業の収益力向上が大きな意味を持ちます。また、FIT化の進展により貸切バスの需要は以前の水準まで戻らないとみられますが、高速バスがその分の受け皿となれるか、重要な局面にあると言えます。

京王高速バス。満席続きの新宿~富士五湖線には座席定員の多いダブルデッカーも投入(成定竜一撮影)。