もし自分の親が、老後に「再婚したい」と言い出したらどう感じるでしょうか。親の再婚には、感情面だけではなく金銭面でも大きな問題が発生するリスクを抱えています。本記事ではYさんの事例とともに、老後の親の再婚によって想定される「相続トラブル」について、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

高齢者の「再婚」に潜むリスク

もし自分の年老いた親が「再婚をしたい」と言ったら、子供の自分はどう考えるでしょうか。他人の親であればしょせん他人事なので祝福もできるかもしれません。しかし自分の親だとしたらどうでしょうか。

多くの人は驚き、そして「冗談じゃない」「やめてくれ」「気持ちが悪い」「恥ずかしい」とネガティブな感情が湧きあがるかもしれません。消化しきれない拒否感とはまた別に、将来の法定相続人が増えてしまうという金銭面での実務的な不都合も見えてきます。そうなると親の再婚を理解してあげようという気持ちは皆無になり、激しい苛立ちを覚えるのも当然です。

子供達の反対を押し切り結婚を強行したら、家族崩壊は免れません。家族の怒りは収まるどころか増幅していき、親の死後、再婚した配偶者を相手に子供たちが酷い仕打ちをするかもしれません。そうなると親は「晩節を汚す」どころではなく、死後も争いの燃料を子孫に投下するような状態になってしまいます。

親の再婚の希望に、「子供たちの迷惑も考えろ」とそうきつい言葉を親にぶつけてしまう人も。恋愛は自由だとか、何歳でも結婚していい、などという綺麗事では済まされない、高齢者の恋愛と結婚、そして家族の戸惑いと苛立ちについて、事例を紹介しながら解説していきます。

81歳で介護付き有料老人ホームに入居した元経営者

<事例>

Yさん 元経営者 84歳

介護付き有料老人ホームに入居中

金融資産 8億円

所有する不動産 自宅土地300坪、建物延床90坪(築40年) 別荘(築50年)

Kさん 長女 52歳 既婚 小学校教員

Tさん 長男 49歳 既婚 父親の跡を継ぎ現経営者

Sさん 次女 47歳 既婚 中学校教員

Eさん 86歳 Yさんが結婚したいと希望する女性

Yさんは84歳の元経営者です。

29歳のときに、土建会社を経営する家の娘と結婚しました。それまでは高校の教員をしていましたが、妻の父親である社長から強い誘いを受け、跡継ぎとして入社。37歳のときに妻の父親が亡くなったため、社長に就任。ずっと順調に業績を伸ばし続けてきました。

子供3人にも恵まれて順調な人生に思えましたが、59歳のときに妻に先立たれてしまったのです。しばらくは落ち込んでいたYさんでしたが、仕事により打ち込むと同時に、次第に女性関係も奔放になってしまいます。

Yさんの長女、Kさんは当時27歳でした。「もとは学校の先生をしていたような真面目な経営者だったはずなのに、母が亡くなってからは夜のお店の女性達とのお遊びも派手になり、子供達にもそれを隠すこともなくなって……」と当時を振り返ります。

「母がいなくなってからタガが外れたかのように、身なりも車も派手になってしまいました。ただ、母がいなくて寂しかったのだとは理解しています。女性関係だけではなく仕事もパワフルになって、バブル景気のあとだというのに業績を伸ばしたのはさすがでした」女性にはだらしないけれどほかで子供を作ったことはないなど一線は越えず、真面目にお金を稼ぎ蓄財している父親の姿に尊敬の念があったと言います。

78歳のときに、当時43歳だった長男を後継者にして勇退。

しばらくは経営者仲間とゴルフに行ったり飲みに行ったりしていましたが、ある日ゴルフで転倒してから歩行が不自由になり、自宅で生活しづらくなってしまいました。

81歳のときに介護付き有料老人ホームに入居。高級老人ホームとして名の知れた施設でしたが、資産が潤沢にあるYさんにはさほどの負担ではありませんでした。

「結婚したい」と言い出す父に娘は…

老人ホームに入居して3年が過ぎたころ、長女のKさんが面会に行くとYさんが「報告がある」と切り出しました。長女のKさんは「ガンが見つかった話だろうか」と身構えましたが、Yさんが切り出したのはまったく別の話でした。

「お父さん、結婚しようと思う」

最初は、認知症が進んでいるのかと思いましたが、話をよく聞いていくとどうやら本当のことらしいのです。お相手の女性は同じ老人ホームに入居していて、食事やレクリエーションのときによく顔を合わせる方のようです。10年以上前に夫と死別されていて、子供さんが同じく3人いるとか。夫は開業医として成功された方だったとのこと。

高額な老人ホームであるだけに、入居者同士の生活環境や経済状況、価値観が似ているのでしょう。「2歳年上だけど、すごく可愛らしい方なんだ」と父親はすっかりその気になっているようです。

「結婚とかそういうことを自分一人で勝手に決めるのはよくないよ」と長女のKさんはまずたしなめました。

「なんだ、昔の人みたいなことを言って。個人の自由だろう」とYさんは少し不機嫌になりました。

Kさんはなぜか、心のなかに恥ずかしさのような憤りのような、言葉にできない感情が湧きあがってくるのを感じました。とりあえずKさん弟と妹も同席させ、家族4人で話し合いましょうということにしました。

長男のTさん、次女のSさんに事の次第を伝えると、次女のSさんは長女よりもより衝撃を受けたらしく、怒ってしまいました。「いい年をしてなんていやらしい! まだ女遊びをしているの! 施設の人にも恥ずかしい!」と怒りの言葉が収まりません。

次女は22歳のときに実の母親を亡くしています。実家で暮らしたのは高校3年生までであるため、「母親」という存在のポジションは儚く美しい記憶なのです。そこを父親がかき乱そうとしてくるように感じたのでしょう。「あのスケベオヤジは許せないし相手の女も許せない」と罵詈雑言が止まりません。

長男のTさんは特に感情を乱さなかったようですが、やはり快くは思っていないようです。「お相手の家族も困惑するだろう。結婚するということはお互いが法定相続人になるということだからね。お互いの家族にとっては、誰かよくわからない人が一番大きな法定相続分を持つということだよ。迷惑過ぎると親父に言えば考え直すだろう」

そして数日後、子供3人で父親に会って話し合いを持ったところ、意思はまったく変わらないようでした。それどころか「家族とはいえ、他人の人生に指図する権利はないだろう」と怒ってしまいました。「もうお前らは会いに来なくていい。弁護士と相談して遺言書は書き換える」とまで。

次女はそれを聞いて激昂。もう来ないと言い捨てて帰ってしまいました。

「親父の好きにしてもらってもいいんだけど、相手のご家族の意向も聞いておくべきだと思うよ」と長男が言ったところ、父親は「お前に言われなくてもわかっている」と吐き捨て自室に戻っていきました。

施設職員に長女が相談したところ、施設では2人の様子は把握しているとのこと。しかし「ほかの利用者の前で見せつけるような行動はしない」という約束であれば、恋愛は認めているようです。

FPに相談してみた

長女のKさんがいつも資産運用のアドバイスを得ているFPに事情を相談してみました。高齢の親の結婚によって、具体的にどのようなリスクがあるのでしょうか。FPからは次のような現実を突きつけられました。

・父親Yさんが再婚すると、相手の女性が「配偶者」として法定相続人になる

・配偶者は常に法定相続人となり、1/2の法定相続分を持つ

・Yさんの子ども3人が相手の女性と「養子縁組」をしなければ、相手の女性が亡くなったあとで法定相続人になれないので、二次相続の財産は相手の子どもに渡る

・相手の家族にとっても同様のことが起こる

「配偶者に相続させないよう遺言書を書くことはできるのでしょうか」とKさん

「一応できますが、遺留分という最低限の権利は侵害できません。法定相続分の半分が遺留分として侵害されない権利なのです。つまり1/4は法定相続分を絶対に持ちます」

遺留分も放棄するよう「切に願う」と遺言書に付記したとしても、強制力はなく無効です。放棄するかどうかを決めるのは被相続人(死亡した人)ではないからです。

「対策はなにかあるでしょうか。父親の財産はすべて父親が蓄財したわけではなく、創業者である母親のお父さんから相続したものも含まれているんです。それを守らなきゃなりません」とKさん

「財産のうち現金部分を生命保険にすることで、お父さんが亡くなったあとでそのお金は“受取人固有の財産”となります。つまり支払った掛け金を将来そのまま死亡保険金として受け取ると、固有の財産となって相続分割の対象ではなくなります。もちろん相続税の問題は解決しませんが、分割の問題は少し解決するかもしれません」FPがそう言います。

「しかしお父さんはすでに相続税の納税資金を確保するために生命保険に入っているでしょうから、これ以上の契約は一社では難しいかもしれません。複数の保険会社に分散させる必要はあります。あとは、新しいお母さんとの養子縁組は絶対やってください。二次相続で権利を失います。しかし相手のご家族は不愉快な気分になると思います……」

相続のための養子縁組か……吐き気がする……とKさんは拒絶反応です。

FPに相談したことで、リスクと一応の対策がわかりました。相続の問題はどうにかなりそうですが、なぜか「腹が立つのはそこだけじゃない」という気持ちです。

相手女性の家族からかかってきた電話

長女Kさんのもとに、相手女性Eさんのご子息から「会って話がしたい」という電話がかかってきました。もしかしたら怒りの抗議なのかもと身構えてしまいました。

結婚をしたがっている2人の子ども全員で、日曜日に近くのホテルで会うことにしました。

相手側の子どももまた3人います。クリニックを継いだ医師である長男、勤務医の長女、大手企業勤務の次男です。

相手側の長男が言いだしました。「母ももう先が長いわけではないので、結婚したいなら好きにさせてあげたい気持ちはあります。亡くなった父はあまりいい夫ではなく、短気でいつも母に怒鳴っていました。Yさんはお優しい方だと母から聞いています。好意を持つのもわかります。……でも相続対策を苦労して整備してきた手前、それがすべて崩れてしまうことに困惑しているというのが本音です」

相手側の長女も続けます。「仲よくしていただくことには反対どころか感謝しています。このままの状態で特別なお付き合いという形で続けることには賛成です。しかし、本人は結婚という形を望むので、それで困ってしまって……」

相手家族が問題にしているのは、やはり相続についてのようでした。恋愛には賛成、結婚には反対という立場です。

Yさんの資産のポートフォリオは、現金が多くの割合を占め、残りは生命保険と自宅と別荘の不動産のみです。FPが言うとおり、結婚したとしても相続対策を取りやすいかもしれません。

しかし相手側はもっと複雑なポートフォリオなのでしょう。相続人の構成もシンプルではないのかもしれません。Yさんの子ども3人には想像すらできませんが、実務上の大混乱を呼んでいることは確実です。

結婚という形を取らなければ問題にしないというのは、大人の意見だと感心しました。Yさんの子ども三人としては、恋愛にも結婚にも反対なのです。

次女のSさんは正直に言いました。「率直に言うと、私は恋愛にも反対なのです。父親にはオレに指図するなと怒られていますが……どこか子供達を蔑ろにしている気分になるのです」

相手側の長女もその感情には理解を示してくれました。「わかります、突然、男と女を持ち出されても困りますよね。母親でいてくれないのかと私も傷つきました」

話し合いの結果EさんとYさんは離れ離れに…

話し合いは数時間におよび、結果として老人ホームでの居室を女性側に引っ越してもらうことになりました。階をわけて、顔を合わせないようにするのです。

「残念だけれど、望まれない恋愛は本人たちにもストレスでしょうから……」そう次女のSさんは言って、お付き合いを破談へと強行してしまいました。

相手女性のEさんが家族に説得されてYさんとの別れを決め、部屋を引っ越しました。失意のままEさんは3ヵ月後に亡くなってしまいます。

それを聞いたYさんもまた、体調を崩して一日中寝ていることが多くなり、Eさんが亡くなった半年後には亡くなりました。

「親不孝をしてしまったのだろうか」とYさんの長女のKさんは少し悩みました。なぜ人生の最後で結婚なんていう考え方をするようになったのだろうと冷静に考えることが増えました。認知機能が低下していたのか、それとも何か思いがあったのか。

葬式でYさんの弟が、長女Kさんにこう言いました。「兄貴は若いころに、親を喜ばせたくて学校の先生になって、安心させたくて結婚し、義父の期待に応えるために仕事を頑張って来たんだ。責任を背負って無理をしてきたのかもしれないね。人生の最後で肩の荷を下ろせるような相手を見つけたと思ったんだろう。反対したのは残酷だったかもしれないね」

それを聞いて心が引き裂かれるような思いをしましたが、双方の合計6人の子どもたちが混乱しなくて済んだのでこれでよかったのだと納得するようにしています。

子供世代が「高齢の親の再婚」を許せないワケ

高齢の親が再婚するときに、なぜ子供世代が猛反対することが多いのでしょうか。

事例にもあるようにまずは相続上の不都合です。富裕層の場合、相続対策として「相続税」と「遺産分割」の両方について、時間をかけて整備しているはずです。これを根底から覆す行為であるはずです。腹が立つのも当然でしょう。

また新しい「親」と養子縁組をしなければならないという問題もあります。養子縁組をしなくても構いませんが、実の親が亡くなり新しい親に財産が相続されたあと、新しい親が亡くなったあとでその相続財産は相手の子どもたちに渡ってしまいます。養子縁組をして法定相続人となっておく必要があるのですが、相手側の子どもは猛反対するでしょう。

このように実務上での大混乱があるので、反対するのも無理はありません。

では分割する遺産がわずかであれば、結婚は別に自由にしていいと思うかというと……そう思わない方が多いのが実情です。相続問題にはお金だけではなく、感情というウェットな問題も隠されているのです。

相続にも再婚にも関わる「感情」の問題

遺産分割とは単純に財産を受け取る割合の問題というだけではありません。「財産の割合と内容」が「親の愛情」とイコールとして捉えるケースが多々あります。

分割された遺産に納得がいかない場合、「親父はオレのことをなにも考えてくれていなかったのか」という気持ちに苛まれやすいのです。まるで親の愛情を奪い合うかのように遺産分割の争いをすることを、「争族」と呼ぶこともあります。これは金額の多寡だけではなく、親の愛情が自分にもちゃんと向いていたと思えるかどうかなのです。

実際、「家庭裁判所に持ち込まれた遺産分割事件のうち認容・調停成立件数」を調べてみると、遺産額が1,000万円以下の事件件数割合が33%を占めています。弁護士費用などを差し引くと裁判所に持ち込んで兄弟喧嘩をする金銭的なメリットは多くないはずなのに、です。

このような感情の問題は高齢の親が再婚しようとするときにも湧き上がってきます。

「親のままでいてくれないのか」

「なぜ子供のことよりも自分のことを優先するのか」

というワガママとも言える感情に、子供は囚われてしまいます。その感情が相続という利害と結びつくと、親の再婚を認める気持ちにはなりえません。

高齢の親の再婚による相続分割問題は、弁護士など専門家に相談することで対策が十分にできます。二次相続も同様です。さほど大きな問題にはなりません。

問題は子供世代の感情だけです。高齢の親の再婚問題が浮上するとき、子供の年齢は40代50代となっています。自分にも子供がいて、社会でも立場がある年齢になっているからこそ、親子の感情の問題はもっと複雑になりがちです。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)