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2020年3月、韓国を震撼させたn番部屋事件。メッセージアプリ「テレグラム」内で、未成年者を含む女性に対する暴行や性搾取シーンを撮影した動画が流布・販売されていたおぞましい事件として記憶されている。そのオンライン上の性犯罪の実態を暴いたのは、2人の女子大学生「追跡団火花」による潜入取材だった。

「プル」と「タン」からなる追跡団火花が、彼女らが事件を暴くまで、そしてその後の韓国社会の変化ついて綴った書籍『n番部屋を燃やし尽くせ』(光文社)から、現代社会で横行しているデジタル性犯罪の実態について、一部抜粋、再構成してお届けする。

■子どもたちは誰もが愛されたいと思っている

「グルーミング(grooming)」とは元々「手入れすること、手なずけること」を意味し、馬の飼育係(groom)が馬をブラッシングして洗い、きれいに手入れすることに由来する。「グルーミング」は、加害者が被害者に好感を持たせて親密な関係を作り、心理的に支配してから性暴力を加える犯罪だ。この犯罪の加害者は、まず目を付けた被害者に好感を抱かせ、被害者の欲求を満たしてやる。そして次第に加害者に依存させて周囲から孤立させ、性的関係を持ち、徐々に脅迫段階へと進む。そして性搾取へと至る。

去る3月、私たちに連絡をくれた未成年の被害者を通じて、グルーミングについて詳しく知ることになった。被害者Cは頻繁に転校をしていて、親しい友達を作る機会がなかったという。Cはランダムチャット・アプリである「お兄さん」と知り合い、数カ月にわたり友達のように過ごした。その男は「秘密の話も聞かせて」と言って、少しずつCに近付き、数カ月後には体の写真を要求するようになった。拒否すると、「じゃあ、もう連絡しないから」と冷たい素振りを見せた。話をよく聞いてくれる“お兄さん”を失いたくなかったCは、写真を1枚、2枚と送るようになり、その結果、Cの顔などの個人情報が知られてしまった。さらに男はCに性的な写真も要求し、これを拒否すると周りにばらすと脅迫したという。親や先生に知られるのを恐れる被害者心理を利用したのだ。

このようなグルーミングによる性暴力が深刻なのは、信頼を基盤にして行われるからだ。そのため、経済的に脆弱だったり精神的に不安定な状況に置かれた児童や青少年が被害に遭うケースが多い。子どもたちは、誰もが認められ、愛されたいと思っている。なぜ知らない人に写真を渡したのかと責めることはできない。

このグルーミングの過程で、被害者は虐待を受けていることを認識できないばかりか、加害者を愛していると感じることさえある。自分がどんな被害を受けたのかも分からず、被害者の動画は本人も知らないうちにネット上に掲載されたり取引されたりする。性搾取犯罪の大半はグルーミングから始まるので、児童・青少年が性搾取に遭う前に、加害者の誘引行為などの「接近」自体を処罰すべきだ。バーチャル空間でのグルーミング処罰が法制化されれば、性的な出会いや性犯罪の実行に関係なく、性的目的で接近する行為自体を処罰できるようになるはずだ。

海外では、イギリスオーストラリアなど63カ国がすでに「オンライングルーミング」処罰法を施行している(2017年時点)。欧州評議会は2007年、ランサローテ条約(子どもの性的搾取及び性的虐待からの保護に関する条約)を締結し、「情報通信技術を用いて児童に対し性的な提案をすることは、直接の出会いにつながらないとしても、犯罪に該当しうる」とし、「加害者がオンライン上にのみ留まっている場合でも、児童に深刻な被害を引き起こす」と宣言した。

チャットアプリ内で青少年を守るためには

現在、韓国で青少年と成人が接触可能なランダムチャット・アプリは200個以上ある。2019年、女性家族部の研究者らが未成年女性を装いランダムチャット・アプリを通じて2230人とチャットした内容を分析した結果、青少年に対して出会いを求めるなど性的目的で会話するケースが76.4%(1704人)に達することが明らかになった。

私たちが直接アプリを入れて実態を確認した結果、チャットの状況は数年前と変わりがなかった。チャットの相手はやはり「15歳ならいいだろ」「アダなの~〔「アダ」は日本語の「新しい」に由来し、性体験がないという意味〕」などと発言していた。こうした状況を防ぐために必要なのが「おとり捜査」だ。おとり捜査は大きく2つに分類できる。単に犯行の機会を与える「機会提供型」と、犯行の動機や意図のなかった者に犯行意図を持たせる「犯意誘発型」だ。韓国では機会提供型が限定的に許容されている。

たとえば、警察官が泥酔したふりをして道端に横たわり、財布を盗むよう誘導したり、嘱託殺人の偽装広告をネット上に載せて依頼者をおびき寄せるのは、機会提供型だ。一方、わざと道に携帯電話を落としておき、それを拾った人に交番に届けずに自分に売ってほしいと唆すのを犯罪誘発型という。問題は、現実に起きる犯罪はこうした事例のように簡単ではないという点だ。時とともに犯罪手法は進化する。現在限定的に許容されている「機会提供型」だけでは、犯罪手法の変化に対応して犯人を検挙するのは難しいということだ。

すでに多くの国でデジタル性犯罪に関するおとり捜査を許容しているが、韓国ではいまだに激しい議論がある。おとり捜査で犯人を検挙して起訴しても、それは刑事手続きに問題があると言われてしまうのだ。たとえば、15歳の少女を名乗って「泊まる場所を探しています」とチャットルームに書き込んだとしよう。すると、これは「犯意」を誘発するため違法になる。善意の者の犯意を誘発したというわけだ。つまり、現在の韓国法では成人が子どもに不適切な感情を抱くことを未然に防げず、被害が発生するのを待つのと同じことになる。

児童・青少年を保護するためにも、ぜひとも性犯罪に関するおとり捜査を導入すべきだ。これまで性犯罪は、問題が発生してからその対応に追われていた。今回も同様だった。将来、もう1つのn番部屋事件の発生を防ごうと思うなら、未然に犯罪を防ぐための法律を作らねばならない。

PROFILE

追跡団火花(ついせきだんひばな)

プルとタンからなる匿名の大学生2人で構成された取材チーム。「n番部屋事件」の最初の報道者。記者志望の一環として参加した「真相究明ルポ」コンクールの応募準備のなかで「n番部屋」の存在に気づき、潜入取材を開始。韓国市場最大規模のデジタル性犯罪としてその実態を暴いた。YouTubeやInstagramをはじめとしたSNSでデジタル性犯罪の実態を伝える活動をしている。