フランスジョルジュ・メリエス監督が『月世界旅行』(1902年)を撮った時から、映画はずっと宇宙を夢見ていた。それから約120年経ち、夢を現実に叶え、しかもプロの宇宙飛行士ではない、我々と同じ民間人が宇宙に旅立つまでの過程を記録した驚きのドキュメンタリー映画が登場した。それが『僕が宇宙に行った理由』(12月29日公開)だ。

【写真を見る】いざ宇宙へ!観客にも宇宙空間を体感させるスーパーエンタテインメント『僕が宇宙に行った理由』

※以降、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。

■想像以上にハード!ガガーリン宇宙飛行士訓練センターで行われたメディカルチェックの結果は…

その民間人、つまり主人公の「僕」とは、日本最大級のファッション通販サイト「ZOZOTOWN」の生みの親として知られる実業家、前澤友作である。「言葉になんないね……すごい」――そう呟くのは2015年7月23日カザフスタンのバイコヌールにてソユーズロケットTMA-17Mの打ち上げを見学した時の前澤だ。この映画は少年時代ハレー彗星を観たことで宇宙に興味を抱き、日本の民間人として初となるISS国際宇宙ステーションへの渡航を実現させた「僕」の、約7年にも及ぶ壮大なプロジェクトの全貌に密着する。監督と撮影を務めたのは、前澤と共に宇宙へと同行したマネージャーの平野陽三。実際に宇宙へ飛んで、自分の手で宇宙から見た青い地球の映像を捉えた映画監督なんて、世界の映画史を通してもおそらく前代未聞だ!

しかも宇宙へのフライトを実現するまでの手続きを、ここまで具体的に、克明に追った映像作品は稀有だと思う。まずは2021年3月、宇宙訓練前のメディカルチェックに入るため、前澤は撮影チームらと共にロシアに向かった。モスクワ郊外のスターシティにある訓練施設「ガガーリン宇宙飛行士訓練センター」で、10日間に渡りメディカルチェックを受けるのだ。身体的にも精神的にも渡航に耐えられるかをテストするのだが、この検査が想像以上にハード!ここで前澤と平野、さらにバックアップクルーの小木曽詢も含め、3名ともいきなり不合格の判定を食らう。やはり宇宙飛行は並大抵のことではないのだ。そこで基礎体力などを向上させてから、約2か月後の再チャレンジ。晴れて3名とも合格し、ようやく訓練開始となる。

JAXA宇宙飛行士の山崎直子らも登場してコメントを加えながら、無重力シミュレーションなどの過酷な各種トレーニングを追ったパートは、まるで宇宙飛行士の選抜試験を描いた人気マンガの映画化『宇宙兄弟』(12)あたりのドキュメンタリー版といった印象も受ける。常に「僕」に密着する形で、大いなる夢の挑戦者に同化するような臨場感を持って、我々までフライトに向かう気分にさせてくれるのだ。

■前澤が身をもって示す夢の探し方と叶え方

さらに本作には「僕」からのメッセージと言うべき、一本の作品として打ちだした明確なテーマがある。そのひとつは、夢の探し方と叶え方だ。映画のなかで、今回前澤たちの指導に当たったロシアの宇宙飛行士、アレクサンダー・ミシュルキンは、前澤を評して以下のようにコメントしている。「彼の一番の功績は、地球でのことも、宇宙飛行でさえも、不可能なことはなにもないと証明したことです。そして自らの行動を通して、夢の探し方と叶え方を子どもたちに示したことです」。

まさしくこのテーマをめぐる形で、本作では前澤友作の半生――生い立ちから飽くなき自己実現の連続を語っていくラインもある。母親の朋子さんいわく、「本当に消極的」な子どもだったという「僕」が、やがて金髪のやんちゃな青年となりハードコアバンド「Switch Style」を結成。90年代のパンクシーン周りに詳しい人なら、YOU X SUCKという名でこのバンドのドラマーだった前澤の姿を知る者も多いだろう(ちなみにギターは実弟のSHUHEI)。だがこの達成にとどまらず、「僕」は音楽というカルチャーと不可分なアイテムである洋服をインターネットで売り始める。この画期性を起点として、瞬く間に日本のベンチャービジネスを代表する新時代のカリスマ経営者にまで登り詰めてしまった。

そして2019年9月、株式会社ZOZO代表の退任を発表。今度はなんと宇宙への挑戦である。それから約2年後の2021年12月7日、いよいよ打ち上げを翌日に控えた前澤はコスモノートホテルでの記者会見で語る。「常に挑戦していたい人間なんで、好きでやっているし、挑戦することは苦じゃない」と。さらにこう続ける。「あきらめず、粘り強く、そして誰がなんと言おうが、どうかに負けずに頑張って欲しい。みんなの夢を叶えて欲しいし、挑戦を続けて欲しい」――。

■“世界平和の象徴”ISS国際宇宙ステーションで前澤が感じた思いとは

かくして2021年12月8日。ついにカザフスタンのバイコヌール宇宙基地からのロケット打ち上げに成功。前澤がちらっと言及する映画『ゼロ・グラビティ(13)のように、我々映画を観る側にも宇宙空間を体感させるスーパーエンタテインメントの始まりだ。ただし最新のVFXなど映像技術を駆使した劇映画ではない。『2001年宇宙の旅』(68)ならぬ、「僕」の2021年12月の宇宙の旅は、ガチで現実の記録なのだ。

ここから前澤はISS国際宇宙ステーションに12日間滞在する。そのなかでもうひとつせり上がってくる大切なテーマが「世界平和」だ。前澤の宇宙服には「WORLD PEACE 世界平和」と書かれたワッペンが貼り付けられている。そしてまさに世界平和の象徴となるステーションであり、世界各国のモジュールがつながって出来ている大きな共同体でもあるISSの中で、前澤は遥か遠い俯瞰から我々の暮らす地球――国境も壁も見えない美しい惑星を眺めつつ、ふとこう呟く。「みんな、国の偉い人がここに来ればいいのにね。そう思わない? 国同士の争いなんてさ、どうせ偉い人の……。そういう偉い人がここに来たら、(戦争とか)やめようと思うよ」。

この言葉に「上から見ると、なんにも起こってないように見えますからね」と返すカメラを持った監督の平野。翌日、前澤は「NO WAR」というメッセージが刻まれたフォトパズルを組み立てる。その写真は、株式会社スタートトゥデイ(現ZOZO)の上場セレモニーの時に会社の仲間たちと撮ったものだ。

もともとミュージシャンである前澤は、音楽をやっていたことがもたらす自分にとっての意義を次のように語る。「音楽って国境を越えて、人と人とをつなげてくれるし、同じような意味で宇宙も、国境を越えて人と人とをつないでくれる」。そんな彼にとって、「夢」と「世界平和」は、共に彼の中に息づくパンクスピリットが強固な基盤になっているのだろう。

■収まらない世界の負の連鎖…フライトを終えた前澤がたどり着いた祈り

しかし、それでも世界で起こる負の連鎖は収まらない。この映画はフライトを終えた前澤の姿まで追いかけていく。2022年2月、ロシア軍ウクライナ侵攻が始まった。前澤がその人柄を絶賛する心優しき宇宙飛行士のアレクサンダー・ミシュルキンをはじめ、ロシアの宇宙事業関係者たちのすばらしい対応に我々観客も触れただけに、個人と国家はまったく異なるものだ、と多くの人は改めて痛感させられるのではないか。さらにこの映画が完成したあとに起きた世界の悲劇――2023年10月、ハマスの攻撃からパレスチナイスラエルの戦争が勃発したことを、いまの我々は知っている。ガザ地区ではなんの罪もない子どもたちがたくさん犠牲になっている。宇宙から見れば奇跡のように美しい地球の上で、いったい人類はいつまで無益な破壊を続けるのだろうか?

この映画が最後に向かった場所はニューヨークである。2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件の悲劇を刻む旧ワールドトレードセンターの跡地に立つ前澤。そして彼は、壮大な宇宙の旅を経験したひとりの人間として、この映画のメッセージを集約するような気づきと思いをそっと呟く。その声を聞き逃さないで欲しい。世界平和というテーマに関しては、我々全員がそれを担う当事者なのだ。「NO WAR」――それこそ「僕」が宇宙に行った理由のひとつであり、最終的にたどり着いた祈りなのだろう。

文/森直人

映画『僕が宇宙に行った理由』が12月29日より公開!/[c]2023「僕が宇宙に行った理由」製作委員会