国債の発行を続けた結果、日本の借金総額は2023年6月末の時点で過去最大の1,276兆円になりました。この状態が続くとどんなことが起きるでしょうか。また、近時、一部の政治家らが国の借金を増大させても問題ないとする「MMT現代貨幣理論)」を支持していますが、妥当でしょうか。経済アナリスト・神樹兵輔氏の著書『世界一役に立つ 図解 経済の本』(三笠書房)から一部抜粋してお伝えします。

経済大国・日本がなぜ「借金大国」になっているのか?

♦膨れ続ける日本の「借金」

2020年度の政府の当初予算は102.7兆円でしたが、コロナの影響で175兆円まで膨らみ、21年度の当初予算も106.6兆円でしたが、142.6兆円まで増えました。コロナ禍に入る前から、使い道のチェックが十分なされぬままに補正予算で膨張を繰り返してきました。

もとより毎年度の歳入(税収)は、歳出に遠く及びませんから、足りない分はつねに借金(赤字国債)で補ってきたわけです。国会も政府も、財政規律など、どこ吹く風といった態度を続けてきたのです。

その結果、2023年6月末の政府の借金は、過去最大の1,276兆円となり(GDPの2.3倍)、主要先進国と比較しても、GDP比率で突出しています。すでに敗戦時の債務額のGDP比率約200%(推定)を超えているのです。

敗戦時はハイパーインフレで戦時国債を無価値な紙くずにし、借金をチャラにしています。また、地方自治体の借金も合わせると、1,500兆円を超える債務額となり、毎年10兆円ずつ返したとしても、150年はかかってしまいます。

こうなると普通の方法では返済できる額ではありません。一部では、敗戦後すぐに日本が実施した「預金封鎖」による新円への切替、すなわち金融機関での旧円と新円との交換レートで調整するなどという、大がかりな政策が必要であるとまで指摘されています。

このままだと日本の通貨の信用度は低下し、猛烈な円安が襲い、ハイパーインフレになりかねません。

◆収入と支出のバランスを示す指標「プライマリーバランス

そこで、重要となってくる指標が、財政の健全度を測る「PB(プライマリーバランス基礎的財政収支)」なのです。PBは[図表1]で示しているように、国の収入と支出とのバランスを見るのが主眼です。

PBが均衡していれば、借金(国債の発行)は増えません。PBが赤字になると国債を発行することになり、国の借金は増えることになります。

政府は「XX年度までにはPBの黒字化を図る」と同じ題目を何度も唱えていますが、毎回さまざまな理由がつけられ、先送りされてきたのが実情です。

今、話題の「現代貨幣理論」とは?

♦「日本が財政破綻しない」理由

2019年に、米国で突如注目された理論が「MMTModern Monetary Theory)」です。このMMTは「現代貨幣理論」と訳されますが、提唱者のひとりが、ニューヨーク州立大学のステファニーケルトン教授です。

「自国の通貨を持つ国は、自国通貨建てで、いくら国債を発行しても、債務不履行デフォルト)にはならない」という理論なのです。いくら借金しようと、いざとなれば自ら新たにお金を刷って返せばよいだけなので、返済不能にもならず、財政破綻もしないというのです([図表2][図表3]参照)。

その実例として、GDPの2倍を超える借金を抱える日本まで引き合いに出し、「国の借金が膨張しているのに、金利も上がらず、財政破綻しない日本が、MMTの正しさを証明している」とケルトン教授は主張します。

このMMTは、2020年に大統領選に出馬して敗れた民主党急進左派のバーニー・サンダース上院議員や全米最年少で下院に当選した労働者階級出身のアレクサンドリア・オカシオコルテス議員など、民主党左派や若者たちの熱狂的な支持を集めました。

地球温暖化対策や国民皆保険制度の巨額の財源を確保するのに、このMMTの理論を実践すればよいと考えたからです。

先進国が低成長で、民間による投資が見込めないときには、政府が積極的な財政出動で補うべきというのがMMTの考え方です。日本の政治家のなかにも、MMTに飛びつき、財政支出を拡大させたい人が増えています。

◆「現代貨幣理論」はトンデモ理論?

名だたる経済学者たちは、「MMTは経済理論などではない」と否定的なのが現状です。

主流派経済学者は皆一様に「ハイパーインフレのリスクを軽視している」と批判しています。国債の増発を続けていれば、いつか金利が上がり(国債価格の下落)、通貨の信認を失えば輸入物価の上昇でハイパーインフレになりかねないというのが、その理由です。

これに対し、ケルトン教授は、「インフレの兆しがあれば、財政出動をやめるだけでよく、インフレを過度に恐れるな」と反論しています。

しかし、世界銀行のレポート「許容できない債務」によれば、「国債は海外の民間投資家保有率が20%を超えると価格急落の懸念が高まる」としています。また、「財政出動をやめる」といっても、議会制民主主義・財政民主主義の下では、財政規律について急激にそれまでと逆方向への政策転換ができるという前提自体が、現実的ではありません。

神樹 兵輔

経済アナリスト・投資&マネーコンサルタント

(※写真はイメージです/PIXTA)