いつか当たるかもしれない……今年の年末もそんな思いを抱えた人で、宝くじ売り場には行列ができていました。では、実際に高額当選となった人はどのように過ごしているのでしょうか? 夢が叶って悠々自適生活、と想像されがちですが、残念なことに、実際には不幸になる人も少なくないとか……。本記事ではTさんの事例とともに、宝くじ高額当選者のその後について、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が解説します。

宝くじ当選の夢が現実になると

年末の風物詩「年末ジャンボ宝くじ」。2023年の当選金は1等7億円、前後賞1億5,000万円です。一獲千金のチャンスに夢をみずにはいられないという人も少なくないでしょう。しかし、年末ジャンボ宝くじの発行予定枚数は4億6,000万枚、1等7億円の当選本数は23本。つまり、当たる確率は4億6,000万枚のうちたったの23本で、約2,000万分の1という天文学的な数字です。同様に1等前後賞の当選本数は50本のため、約1,000万分の1と計算されます。

しかし、そのようななかでも一握りの幸運を手にする人はいます。今回は、宝くじ当選から数年後、筆者のFP事務所のもとへ相談にやってきた方の事例について、本人の許諾を得て、プライバシーのため一部脚色してご紹介します。

同級生で親友…毎年一緒に買い続けた「年末ジャンボ宝くじ

TさんとSさんは現在50歳の元同級生。ふたりは学生時代からの長年の親友です。Tさんは普段、物静かで頑固なほど真面目なタイプですが、これと決めたら絶対に自分を曲げない人です。対照的にSさんは学生時代、クラスでもお調子者としていつも輪の中心にいて、流されやすいところはありますが、どこか憎めないみんなに好かれるタイプです。そんな正反対のふたりですが、なぜか非常に気が合うようで。真逆なタイプというところが、逆にいい方向へ作用しているのでしょうか。

Tさんは年収560万円、Sさんは年収480万円、ともに中堅サラリーマンです。それぞれ家庭を持ち、住宅ローンや教育費など、お金のかかる時期はまだまだ続きそうです。

そんなSさんとTさんは、月1回程度、仕事帰りに近所の居酒屋で呑みながら、昔話に花を咲かせるのが定番となっています。さらにもうひとつ、社会人になってから買い続けている「年末ジャンボ宝くじ」。宝くじを購入するのが、ふたりのささやかな楽しみとなっています。

年末の呑みでは、決まって、宝くじの1等が当たったらどうするか。酒のつまみに夢を語っていました。では、夢が現実となったとき、2人の生活はどのように変化するのでしょうか。

Tさんの当選により2人の関係に異変が…

年末が訪れ、毎年の恒例行事となった宝くじ当選番号の確認をしたところ、異変が。なんと、Tさんが購入した宝くじのなかに1等前後賞(1億5,000万円)があったのです。驚きのあまり膝がガクガクと震えるTさん。何度も番号を確認します。声も出せずに、しばらく放心状態でいたところ、Sさんから電話が入りました。

震える手で携帯電話を持つのがやっとの状態で電話にでると、Sさんから、「どうだった? 俺はいつもどおりだったよ」と明るい声が。

ですが、会話が続かないTさんに異変を感じ、「え、まさか……」

Tさんは正直に1等前後賞が当たったことを告げると、Sさんがすっ飛んできました。

何度みても番号が一致。夢が現実となり、Sさんは自分のことのように大喜び。その姿をみたTさんはやっと素直に喜びをあらわにしました。ただし、いまは2人だけの秘密にしようと約束します。

年明けすぐにTさんは銀行へ。その日の夕方、2人でいつもどおり居酒屋へ行き、今後のお金の使い道について話をしました。Tさんはもともと生真面目な性格で、ネットの書き込みに、“高額当選しても破産する”という記事をみていたため、このまま黙っておいて、家族にもばれない程度に住宅ローンの繰り上げ返済と子どもの教育費に少しづつ充てようと思う、といいます。

一方、Sさんが心苦しそうに口を開きます。「住宅ローンと子どもの大学進学で資金繰りが厳しいから、一時のあいだだけ。少し、お金を貸してくれないか……」

Tさんは初めは少々渋りましたが、親友のため、結局はSさんに100万円を貸すことにします。

しばらくTさんは出張が続き、Sさんと会うことができずに過ごしていました。2ヵ月が過ぎたころ、ようやく仕事の目途が立ち、Sさんに定例の呑みにいかないかと連絡をとりました。

久しぶりに会ったSさんの顔色に違和感を覚え、なにかあったのかと尋ねたところ、Tさんは、借りた100万円の一部を投資にまわしたら、大損したとのこと。申し訳ないが、あと100万円用立ててくれないか、というのです。

Tさんは戸惑いながらもほかならぬSさんの頼みだからと、投資をしないようきつく約束させて、もう一度100万円を貸すことにしました。その後、Tさんは駅で偶然別の同級生に会い、驚愕の事実を耳にすることに……

親友の豹変に苦悩

その同級生は、学生時代Sさんと同じ部活に所属。先日、部活の同窓会があり、Sさんの羽振りがよくなり、宝くじでも当たったのではと噂されるぐらい、人が変わったようだったと聞きました。Tさんは嫌な予感が拭えず、Sさんに真相を聞きたいと、連絡をとりました。

Tさんは、住宅ローンや教育資金の話をSさんに聞いたところ、順当に返済しているとのこと。ただ、その分自分の使えるお金に余裕ができ、金遣いが多少荒くなったといいます。

TさんはSさんに噂が出ているから、自重したらどうかと伝えたところ、Tさんは「当たったことを黙ってほしければ、もっと金を貸してほしい」といいだしたのです。

これにはTさんも憤り、「お金は住宅ローンと教育費のために貸したもの。そんな大金を返せるのか」と問い詰めたところ、金を貸せないなら、みんなに宝くじが当たったことを話すだけだと、脅してくる始末。

Tさんの決断

Tさんが頑なにお金を貸すことを拒んだことで、数年後、Sさんは自己破産に陥ります。これにもまた、Tさんは大きなショックを受けました。お金がSさんを変えてしまったことに落胆し、自分が親友を破綻させてしまったという罪悪感に苛まれます。

もうどうしていいかわからなくなったTさんは、ついに事のいきさつを妻へ打ち明けました。妻はただ黙って話を聞いていましたが、やがて口を開きます。

「もうこんなお金全部手放そう。なんでも買えても家族が幸せでなくちゃなんの意味もないよ」

思ってもみなかった妻の提案にTさんは狼狽えました。

「いやいや、1億5,000万円だよ。このお金があれば生活を楽にできるし、Sのことだって救うことができる。全部済んでもお釣りがくるよ」

「なかったものと思おう。これまでなくても暮らしていけていたし。もともと口数少ないタイプだけれど、ここ数年のあなたは心ここにあらずなことが多くて、なんだか違う人みたいだった。……Sさんのことも、お金は渡さないほうがいいと思う。あなたが関係を修復したいと思っているなら。本人にお金をきちんと返してもらったら……もしかするとおじいさんになったら許せるようになるかもしれないよ」

妻の話に納得したTさんは、当選金を全額寄付することにしました。

これもまた妻の提案ですが、もともとTさんは、住宅ローンと子どもの教育費は宝くじに頼って今後のマネープランを考えていたため、その見直しをするのに、FPに相談することにしました。

Tさんが全額寄付したことを知ったSさんもいまは後悔し、Tさんに謝罪して、何年かかってもお金を返すといってくれています。

Tさんは、「宝くじは夢をみているだけでよかったのだ」と痛感したのでした。

夢が現実となったとき

今回、大金を手にしたTさんでしたが、長年の親友との関係性の修復はまだまだ時間がかかるでしょう。唯一無二の親友だったSさんから放たれた言葉は、Tさんを突き落とすには十分でした。これがもし反対に、Sさんが当選していた場合、どうなっていたのか、想像するだけで震えてしまいます。夢が現実となったとき、自分だけでなく周りも変わってしまう可能性があり、現実を受け止める強い気持ちを合わせ持つことが必要です。

また、宝くじに当選すると、1,000万円以上の高額当選者に対して、「その日から読む本」という冊子が配布されます。この本には、当選者が参考にできる具体的なアドバイスが書かれています。こうしたアドバイスがあっても、なかなか思うように活用できない人が多いため、夢が現実となった高額当選者が不幸になることが多いのかもしれません。

平凡な暮らしをしている人が突然大金を手にして、金銭感覚を保つことは確かに難しいことでしょう。しかし、日ごろからお金に関する正しいリテラシーを身につけておくことで、アドバイスを適切に活用できる可能性が高まります。慌てず専門家に相談することも念頭においておくことも重要です。

三藤 桂子

社会保険労務士法人エニシアFP

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)