ヤクザの成田狂児(綾野剛)に、突然「カラオケ行こ!」と誘われた中学の合唱部の部長、岡聡実(齋藤潤)。誘われたのは意外な理由──狂児が所属している組ではカラオケ大会があり、そこで最下位になると恐ろしい恐怖が待ち受けているためだった。狂児はその恐怖から逃れるために、聡実に歌の指導をしてほしいと頼むのだが…。そんな衝撃的な導入から始まる、映画『カラオケ行こ!』(2024年1月12日公開)は、「女の園の星」、「夢中さ、きみに。」などで人気の和山やまの同名マンガを原作とした実写映画だ。和山といえば、「カラオケ行こ!」をはじめ、和山にしか描けない独特な世界観、”和山ワールド”が魅力。本稿では、そんな”和山ワールド”はいったいどういうものなのか、どのような作品として仕上げられているのかについて紹介していく。

【写真を見る】祭林組の組長(北村一輝)。タトゥーを入れるのが好きだが、その絵心は…

■大真面目にカラオケと歌に向き合う。ただそれだけの物語

和山にとっては初の映画化作品となる『カラオケ行こ!』。主人公で、歌が上手くなりたいヤクザ、狂児を綾野剛、狂児が教えを乞う中学生の聡実を、オーディションで選ばれた齋藤潤がそれぞれ演じている。脚本には、ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」、「アンナチュラル」、映画『犬王』(22)などの野木亜紀子、そして監督はドラマ「深夜食堂」、映画『天然コケッコー』(07)、『1秒先の彼』(23)などの山下敦弘と、ヒューマンドラマの名手が名を連ねた。

物語は狂児と聡実を中心に進んでいくが、脇を固める俳優陣も芳根京子橋本じゅん、坂井真紀、北村一輝など実力派がそろう。ヤクザとカラオケと中学生、というミスマッチにすでに興味をそそられるが、作中でナチュラルに繰りだされるおふざけとその独特の間に思わず頬が歪まずにはいられない。

■日常を切り取り、掘り下げる和山作品

和山の初の単行本となったのは、2019年発売の「夢中さ、きみに。」。創作ジャンルに絞った同人誌即売会コミティアで発表していたマンガが編集者の目に留まり、単行本化へと話が進んだという。テビュー後には初の連載作品「女の園の星」、そして「カラオケ行こ!」、12月28日(木)に発売される「ファミレス行こ。」を執筆している。「夢中さ、きみに。」は大西流星と高橋文哉での共演で実写ドラマ化、「女の園の星」は単行本第3巻特装版にオリジナルアニメが収録され、こちらは声優を星野源宮野真守が担当。そして今回の「カラオケ行こ!」が映画化と、ここまで発売された作品がすべてメディアミックス化されている。

和山作品は、ジャンルで分類すること自体が難しい。だからこそ、「こういうジャンルだ」と身構える必要がなく、まずはその作品の流れに身を委ねてみてほしい。気がつくと、吹きだしたり、微笑んだり…というよりは「ンフッ」と笑いが漏れてしまう。「ふふっ」とか「ははは!」ではなく、「ンフッ」となるのだ。舞台は、学校だったり、カラオケボックスだったりと突飛な場所ではない。特別変わったキャラクターもいない。ただ、日常をよりリアルに細かく描いている。おそらく、ほかの作品であれば特筆されることもないワンシーンを切り取ったエピソードを、ミクロな視点で綴っている。

例えば、「女の園の星」は女子高を舞台とした物語で、主人公となるのは国語教師の星先生。担当する2年4組の日誌を見ていると、謎のイラストが描かれていることに気がつく。どうやら生徒たちで絵しりとりをやっているようだが、途中でどうしてもなにかわからないイラストが登場して、星先生が前後の流れからそのイラストの正体に頭を悩ます…というエピソードがある。女子高生と先生によるほんの些細なエピソードなのだけれど、星先生は仕事のかたわら、一生懸命イラストの正体の解明に努めており、そんなふうに”日常”をきちんと突き詰めるとなんだか笑ってしまう。だからだろうか、和山作品に登場するキャラクターたちはみんな楽しそうだ。

もちろん、なにかに思い悩んでいるキャラクターもいるのだが、彼らの悩みも突き詰めていくと大抵のものはやりすぎになり、おもしろくなるのかもしれない。まるで、”考えすぎるほどバカらしくなるので、好きなように悩めばいい”、と言ってくれているかのようにも聞こえてくる。そんなささやかな日常を丁寧に描いているからこそ、映像化された際の没入感も高いのかもしれない。一つ、特別に注視したい点があるとすれば、和山作品はキャラクターたちの脳内会話を抜きだしたようなナレーションで話を進めていくものが多い。映像化する場合、そこをどう描いていくのかが、作品の雰囲気を左右するようにも思う。

■待望の最新作は「カラオケ行こ!」の続編「ファミレス行こ。」

そんな和山やまの最新作品が「ファミレス行こ。」だ。「カラオケ行こ!」の続編で、大学生になった聡実の生活に個性豊かなキャラクターたちが関わってくる。発売は12月28日なので、先に続編を読んでから映画『カラオケ行こ!』を観るか、それとも映画を先に観るか悩ましいところである。

新作が発売されるたびに期待が掻き立てられる和山やまワールド。この冬はぜひ、映画でも原作でもそのワクワクを体感したい。

文/ふくだりょうこ

ヤクザと男子中学生という真逆な2人が思いもよらない出会いを果たす『カラオケ行こ!』/[c]2024『カラオケ行こ!』製作委員会