2018年世界初演、ウエスト・エンド、ブロードウェイほか諸外国で絶賛を受けた超話題作の日本初演がいよいよ発進。前篇・後篇あわせて約6時間半の大作に、演出家・熊林弘高と精鋭キャストが集結した。E・M・フォースターの小説『ハワーズ・エンド』に着想を得てマシューロペスが書いた本作は、2015〜2018年のNYを舞台に、60代、30代、20代の3世代のゲイ・コミュニティの人々が、マイノリティに対する差別や偏見、エイズの苦しみを乗り越えて自分らしく生きようとする姿を描いたものだ。重厚なテーマながらウィットに富んだ人間ドラマを先導する福士誠治、後篇のラスト20分に登場して圧巻の存在感を示す麻実れい、演出家の絶大なる信頼を得たふたりが、製作発表を終えてすぐにあらためてご対面。本作へのみなぎる思いを語り合った。

これは表現者としてやるしかない!

――製作発表において、演出の熊林さんのビデオメッセージの中にキャストに向けて「よくぞこの作品を引き受けてくださいました」といった言葉がありました。前後篇6時間半という大作であることを筆頭に、非常に注目度の高い話題作です。本作に挑むと決めた、その心境からお話いただけますか?

福士 だいぶ前に、「熊林さんが今度、6、7時間ものの作品をやるらしいよ」という情報を小耳に挟みました。その時は本当に正直に「え〜大変! そんな長い作品、絶対ヤダ」とつぶやいたのを覚えています。でも白羽の矢が立ちまして(笑)。お話をいただいた時は3秒くらい止まり、ん?……あれだ! と思い出しました。でも、熊林さんが僕の名前をあげてくださったこと、そして今年で40歳になったということもあり、運命的なものを感じ、僕も勝負しようと。6時間半をかけて描き出すゲイ・コミュニティの話、そのハードルの高さはよく分かっているけれど、やらない理由はないなと思うほど魅力も感じました。人生でやれるかどうかも分からない大作に出会えた、しかも熊林さん演出で……これは表現者としてやるしかない! と。3秒止まったあとに、すぐ「やります」と二つ返事でした。そして、絶対ヤダ〜と笑っていた自分を反省しました。(一同笑)

麻実 私は、6時間半の最後の20分くらい、物語のまとめのような部分を任せられたのですが、台本を読んで、私が演じるマーガレットという母親の台詞を目にした時に、涙が止まらなかったんですね。そして、これは自分を通してお伝えしたいなって思いがすぐに湧いて来ました。そういう作品にはなかなか出会えませんよね。息子への切なく、温かい思いをちゃんと私を通して伝えたい、頑張れば伝えられるんだと、この歳になってその機会をいただけたことを大事にしたいですね。福士さんは今年40歳になって、私は74歳になりますけれど、幸せだなと思います。まずは自分に対して戦わなくちゃいけない。その戦いを終えて、次の段階に行かなくちゃいけないと思っています。(福士に)よろしくお願いします。

福士 こちらこそ、よろしくお願いします!

世代によって異なるエイズに対する感覚

――前篇、後篇に分かれた台本を読んだ感触、全体の印象についてお聞かせください。

福士 やっぱり“継承”を強く感じましたね。エイズというワードひとつとっても、僕が演じる30代後半のエリックと、山路和弘さんが演じる60代のヘンリーと、また新原泰佑君が演じる20代のアダムなどでは、エイズに対する受け止め方、認識がだいぶ違う。幅広い世代の人間が集まっているところが興味深く、やはり時代を経て来た社会問題であることが読み取れます。幸せでいると分からないことを、不幸せの中で見出す……という言い方はおかしいかもしれませんが、人間はこれでいいのかもしれないなと思わせてくれる、本当に小さな優しさ、それが詰まっている作品だなと思いました。切なくもあるけど、真理でもあるなと。

麻実 私は結構、台本の文字に対して神経質なところがあるんですね。例えば句読点だけでも、なぜここで入れるんだろう、続けてしまったほうがいいのでは? と思ったり。また言葉の選び方も、田舎出の人物ならもっと荒い言葉にしてもいいんじゃないか、とか。まずその整理をしてから次に進むので、まだしっかりとは読み込んでいないんです。ただ、ゲイのコミュニティについて描かれている作品だけれど、性自認や性的指向などに関わりなく、あらゆる人に観に来ていただきたいんですね。そうすればきっと尊厳という言葉の意味、福士さんがおっしゃった優しさを感じていただけると思います。忘れかけていた一番大事なものに気づかせてくれる非常に人間的な舞台、そんな気がとてもしていますね。

――エイズを扱った作品ではトニー・クシュナー作『エンジェルス・イン・アメリカ』などを思い出しますが、麻実さんはその日本初演(1994年)に天使の役で出演されましたね。作品を比較して感じることなどはありますか?

麻実 『エンジェルス〜』の背景は80年代90年代で、エイズ問題を取り上げた初期の作品ですよね。だから観客にとっても難しかったのではないかなと思います。現在はもうエイズは薬の開発や治療が進んだことによって“死の病”ではなくなっていますが、『インヘリタンス~』ではそれでも、今の時代のエイズに対する周囲の視線、扱いの酷さなどを描いています。また『エンジェルス〜』は天使のキャラクターが出て来るなどファンタジックなところがありましたけど、この作品はゲイの仲間たち、彼らのリアルな日常を綴った世界です。ここが一番重要な気がしますね。

福士 僕が20代の時に出演したミュージカルRENT』もエイズ初期の頃の物語で、稽古場で、世の中の偏見、差別に対する運動のことなどを勉強させていただきました。日本人にはまだ遠い世界の出来事、そんな感覚でしたね。エイズの歴史ってちょうど40年程で、つまり僕と同い年くらいなんですよ。僕が10代の頃にもエイズを扱ったドラマがありましたが、今思うと、絶望の象徴みたいな表現がされていたなと。今回の『インヘリタンス~』で考えると、その頃とエイズに対する感覚はまるで違いますよね。

麻実 そうね。

福士 エイズに対する今の認識を、社会的に統一できたらいいなと思います。それこそコロナも初期と現在ではだいぶ僕たちの受け止め方も変わりましたよね。そういうふうに変わっていくところが人間なのかな、と思ったりもします。

本作を観て、新たな年を一歩進めて

――おふたりは初共演になりますが、ともに熊林さんの演出舞台を経験しているという共通点がありますね。お互いへの期待をお話いただけますか?

麻実 実際にお目にかかったのは今日の製作発表が初めてなんですよ。あの方が作品の芯となるのね〜って目で見ていたんですけど、あ、彼なら絶対大丈夫! って思いました。

福士 ありがとうございます。

麻実 エリックという役に何が一番必要かというと、福士さんのお口から何度も出ているように、その人柄に愛と温かみが感じられること。だから福士さんはもう何もしないで立っていて、ご本人の中から生まれた感情でやっていけば成り立つなと思いましたね。本当に優しい!

福士 ハハハ(照)

麻実 ご自身でも「周りのことを気にする」みたいなことを製作発表でおっしゃっていたけど、そういう気遣いが自然なのね。この芝居を引っ張っていくエリックという役にピッタリだなと思います。

福士 頑張りますっ! 僕としても、麻実さんが物語のラスト20分をマーガレットとして締めてくださるので、麻実さんが登場するところまでたどり着ければもう安心です。今回の物語では、ゲイ・コミュニティの中で「結婚して、養子を持つ。子どもを育てるのが夢だったんだ」といった形の“母性”が出て来ます。これもひとつの家族の形態だと思いますが、やはりマーガレットの言葉には、自身が出産した子どもに対する母性の強さが感じられるというか……、う〜ん、これは言葉が合っているのかどうかわからなくて、緊張しますね。

麻実 ええ、よく分かります

福士 マーガレットの存在は、ゲイ・コミュニティともまた違う次元の深みを感じさせるというか。子供を産み、その後の経験をマーガレットは吐露しますが、あまりにも真に迫るシーンだなと思っています。

麻実 とても大切な長台詞なので、これからが大変です。マーガレットって人は、若い頃からおとなしい女じゃなかったんですよね。おそらく遊んで、私生児を産んだ。育てていく過程で息子との小さいぶつかり合いが重なっていって……という流れが面白いなと思いました。田舎のおばあちゃんだから言葉遣いも荒いと思います。標準語では面白くない、土着の匂いが漂うような表現ができたらなと考えていますね。

――熊林さんがこの大作をどのように立ち上げていくのか、期待が募ります。

福士 熊林さんとは僕自身これが3回目の舞台で、演劇をやって来た中で3回もご一緒させていただいた演出家さんは初めてですね。ドラマや映画でも、毎回どの現場でも最初は緊張でドキドキします。だから3回目というのは本当にありがたいです。熊林さんに対しては信頼しかありませんので。製作発表でもいろいろ言いましたけど、おしゃべりが好きで、「稽古もうやめようか? お腹へったから帰ろう」とか言うんですよ(笑)。皆のほうから「もうちょっとやってから帰ろうよ!」と言ったりして。まあ、これも熊林さんマジックなのかもしれませんけどね(笑)。いつもいい意味で期待を裏切られる演出を受けているので、今回もまた、作品の全体像が頭に浮かんで来たら存分に「こうしてほしい」と伝えてほしいです。あとは、たくさんの人に観ていただくにはどうしたらいいかなと(笑)。現地に行かないと味わえない空気というものが、舞台にはあります。どうか一歩、人生を踏み入れてほしいなと切に思っているので、よろしくお願いします!

麻実 福士さんが全部言ってくれました(笑)。2024年2月の公演ですから、新たな年のスタートをこの作品で切れるというのは、新たな時代の始まりという印象もありますね。とにかく今回、集められた男性陣の素敵なこと! 本当に適材適所の配役だと思います。福士さんがおっしゃったように、とにかく観て、何かを掴んで、新たな年を一歩進めていただきたいと思いますね。福士さんが先導するのだから、とても幸先の良いことになると思いますよ。

福士 気合を入れて頑張ります(笑)。人生の6時間半をください。損はさせません!

取材・文:上野紀子 撮影:You Ishii

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<公演情報>
『インヘリタンス-継承-』

作:マシューロペス
訳:早船歌江子
ドラマターグ:田丸一宏
演出:熊林弘高

出演:
福士誠治 / 田中俊介 / 新原泰佑
柾木玲弥 / 百瀬朔 / 野村祐希 / 佐藤峻輔
久具巨林 / 山本直寛 / 山森大輔 / 岩瀬亮
篠井英介 /
山路和弘 /
麻実れい(後篇のみ)

【東京公演】
2024年2月11日(日・祝)~2月24日(土)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス

【大阪公演】
2024年3月2日(土) 前篇 12:00 / 後篇 17:00
会場:森ノ宮ピロティホール

北九州公演】
2024年3月9日(土) 前篇 13:00 / 後篇 18:00
会場:J:COM北九州芸術劇場 中劇場

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/inheritance-stage/

公式サイト:
https://www.inheritance-stage.jp

左から)福士誠治、麻実れい