猪瀬直樹参院議員(日本維新の会)が、昨年7月に参院選の街頭演説で、候補者だった女性にセクハラ行為をしたと報じられたことによって名誉を傷つけられたとして、記事を掲載した朝日新聞と記事にコメントした上智大学法学部の三浦まり教授(ジェンダーと政治)に計1100万円の損害賠償を求めた裁判で、東京地裁(中島崇裁判長)は、猪瀬氏の請求を棄却した。判決は12月15日付。

判決を受けて、猪瀬氏は自身のXアカウントで「朝日新聞への名誉毀損は敗訴となりましたので直ちに控訴します。この判決は奇妙なねじ曲がった論理で展開されている。何と名誉毀損は認めているのだ。それなのに原告敗訴なのである」という考えを示し、納得できない姿勢を明確にしている。

弁護士ドットコムニュースは判決文を入手。名誉毀損の法理にくわしい佃克彦弁護士に裁判所の判断を解説してもらった。

●【裁判で問題にされた記事】

〈「たとえ本人がよくても…」 演説中に女性触った猪瀬氏、その問題点〉(2022年6月17日朝日新聞デジタル) https://www.asahi.com/articles/ASQ6K6R94Q6KUTIL04H.html

猪瀬氏が立候補予定の女性の応援演説で、女性の体に複数回触れたことに批判が上がっているとした上で、三浦教授の「映像では、胸に触れていたように見えました。間違いなくセクハラではないでしょうか」とのコメントを含む記事をニュースサイトに掲載した。

●【判決の考え方(佃弁護士の解説)】

〈1章〉「名誉毀損」の基本的考え

名誉毀損の法理では、たとえ人の名誉を毀損する事実を摘示した場合でも、それが真実であれば違法性を欠き、不法行為は成立しないことになっています。

このようなことから、名誉毀損事件の訴訟では、次の2点が問題となります。

(1)問題の記事が、いかなる事実を摘示するものか

(2)上の(1)で摘示された事実は真実か

今回の事件でも、記事のコメント部分(「映像では、胸に触れていたように見えました。間違いなくセクハラではないでしょうか」)について、(1)それがいかなる事実を摘示するものか、(2)その摘示事実は真実か――が争点となりました。

〈2章〉猪瀬氏と朝日新聞側の主張

(1)の争点について、原告の猪瀬氏側は、記事のコメント部分について「原告が、意図的に性的な意味を持って女性の胸に触れた」という事実を摘示するものだ、と主張しました。

これに対して、被告の新聞社側は「映像では胸に触れていたように見えた」という事実を摘示するものに過ぎない、と反論しました。

〈3章〉双方の摘示事実の構成は?

名誉毀損事件の場合、1章のとおり、(1)"摘示事実は何か?"の争点の次に、(2)"その摘示事実は真実か?"の争点が問題になるので、(1)の争点の段階から、原告側は、被告側がのちのち争点(2)において真実性の立証が成功しにくいような摘示事実の構成をする傾向があります。

一方、被告側は、のちのち真実性の立証が成功しやすいような摘示事実の構成をする傾向があります。

今回の場合も、原告側の摘示事実の構成によれば、被告側は、真実性の立証の段階(2)で、原告が(a)意図的に、(b)性的な意味を持って、(c)胸に触れたこと——を立証しなければならないことになります。

原告が(c)胸に触れたかどうかは、映像などを見ればある程度簡単に証明できるかもしれませんが、原告が(b)性的な意味を持っていたかどうかは、原告の主観の問題なので、もしこれが争点(1)で摘示事実の内容を構成するとなったら、被告にとって、争点(2)の段階での真実性の立証のハードルは決して低くはないでしょう。

一方、被告側の摘示事実の構成によれば、真実性の立証の段階(2)では、(d)映像上、胸に触れていたように三浦教授には見えたこと――を立証すれば足りることになるので、こちらの真実性の立証のハードルのほうが越えやすいといえるでしょう。

〈4章〉判決「記事のコメントは猪瀬氏が意図的に女性の胸に触れた」との事実を摘示

判決は、(1)の争点について、コメント部分につき「原告が(a)意図的に(c)女性の胸に触れた」という事実を摘示するものだと判断しました。これはいわば、原告の主張と被告の主張の間を取ったような判断になっています。

〈5章〉その摘示事実を「真実と認定」

そして判決は、この摘示事実が原告の名誉を毀損すると判断したうえで、(2)の争点の判断に移ります。

判決は、(2)の争点について、当時の映像などの証拠から、「原告が意図的に女性の胸に触れたとの事実は、真実である」として違法性を欠くと判断しました。

また、判決は、「セクハラ」というコメント部分についても判断をし、「原告が意図的に女性の胸に触れたとの事実」を前提とした論評(評価)であるとしました。

そして、論評による名誉毀損の場合、判例上、その論評の前提事実が真実であればやはり違法性を欠くものとされており、よってこの「セクハラ」というコメント部分を判決は、真実を前提とした論評であって違法性を欠くと判断しました。

このようにして、判決は、今回の事件の記事につき、いずれの点についても違法性を欠き、不法行為は成立しないと判断しました。

〈6章〉判決の結論「摘示された事実は名誉毀損だが真実→不法行為は成立しない」

このように今回の裁判では、記事のコメント部分が原告の名誉を毀損することを認めながらも、摘示事実が真実であることから、不法行為は成立しないとして、原告の請求は棄却されました。

1章で述べた通り、名誉毀損の法理では、たとえ人の名誉を毀損するものであっても、それが真実であれば不法行為は成立しないことになっているので、名誉毀損を認めながら原告の請求が棄却されるということは、よくあることです。

——猪瀬氏はXで「この判決は奇妙なねじ曲がった論理で展開されている。何と名誉毀損は認めているのだ。それなのに原告敗訴なのである」と述べています

判決がねじ曲がっているかどうかはともかく、猪瀬氏の「名誉毀損は認めている」「それなのに原告敗訴」というコメントは、判決のポイントとしては"その通り"といえるでしょう。 名誉毀損にあたるものであっても真実なら不法行為が成立しない、というのが名誉毀損法の理屈ですので。

【取材協力弁護士】
佃 克彦(つくだ・かつひこ)弁護士
1964年東京生まれ 早稲田大学法学部卒業。1993年弁護士登録(東京弁護士会) 著書に「名誉毀損の法律実務〔第3版〕」、「プライバシー権・肖像権の法律実務〔第3版〕」。日本弁護士連合会人権擁護委員会副委員長、東京弁護士会綱紀委員会委員長最高裁判所司法研修所教官を歴任。
事務所名:佃法律事務所
事務所URL:https://tsukuda-law.jp/

猪瀬直樹氏 VS 朝日新聞「名誉毀損」裁判、1審の判決文を徹底解説