いつまでも実家に居座り、働く様子のないわが子。このままでは、自分たちの生活すらいつまでもつかわからない……現代の日本では、こうした悩みを抱える高齢者世帯が少なくありません。昨今深刻化している「8050問題」の実態と、家庭を崩壊させずにこの状況から抜け出すための対処法について、牧野FP事務所の牧野寿和CFPが、事例をもとに解説します。

悠々自適な生活が崩壊…原因は無職息子の「実家占拠」

78歳の夫(Aさん)と76歳の妻(Bさん)の夫婦は、どちらも公務員。年金を2人合わせて月37万円ほど受給しています。毎月の家計支出額は約33万円で、貯蓄は4,000万円。毎年夫婦で旅行にも行き、悠々自適な老後の生活を過ごしていました。

※ 老後の最低日常生活費は月額で平均23.2万円。ゆとりある老後生活費は平均37.9万円(生命保険文化センター「生活保障に関する調査」/2022(令和4)年度)より。

ただ夫婦には、1つ悩みの種がありました。

それは、48歳の無職のひとり息子のことです。就職氷河期という時代のせいもあり、大学卒業後は非正規で職を転々としていました。そしてコロナ禍で失業。実家に戻ってくると、働くことなく生活費も入れずに過ごしていました。

Aさんは、息子の将来への心配と、昼間から息子が家にいては世間体もあることから「俺たちがいなくなったらどうするつもりだ。いいかげん働いてくれないか」と説得を続けました。

しかし、息子は「親父たちが死んだら生活保護を受けるよ。いまさら正社員なんて現実的じゃないし。そもそも、いまの日本で働く必要ある?」と、現状を変える気はさらさらないといった様子です。

Aさんは絶句。息子の甘えきった考えが情けなく、なにも言い返せませんでした。そして、これまで息子を甘やかして育てたツケが回ってきたかと後悔したそうです。

その後1年以上経っても、息子は自宅に籠ったままです。このままでは、自分たち夫婦の生活も危うい……悩んだAさんは、知り合いの筆者のところに相談にみえました。

このまま息子と同居した場合、A夫婦の資産はいつ尽きる?

筆者は夫婦から話を聞き、まず今後の夫婦の家計支出を把握することにしました。

毎月の収入は37万円で変わりませんが、支出は夫婦の33万円に加えて息子の衣食費など13万円加えて46万円とします。すると息子を養っても贅沢しなければ貯蓄を取崩しながら、Aさんが90歳くらいまでは暮らしていけそうです。その後貯蓄は底をつきますが、自宅の土地建物は残ります。

※ 両親と同居している息子の毎月の生活費をBさんは13万円位と言う。厚生労働省「家計調査 / 家計収支編 単身世帯詳細結果表」より、2023年7~9月期の実支出額は15万73円」。住居費や水道光熱費などを差引きけば、Bさんの言う毎月13万円は妥当な値。

なお、夫婦だけの生活であればこのまま4,000万円の貯蓄を維持し続けられます。

息子があてにする「生活保護」は本当に受けられる?

次に、息子は両親が亡くなったら生活保護を受けられるかを検証してみます。

生活保護制度とは、憲法第25条に基づき、困窮の程度に応じた必要な保護を行い、最低生活の保障と自立の助長を図ることを目的とした制度です。

生活保護の被保護実人員は202万674人(対前年比0.2%減)、被保護世帯数は165万1,187世帯(同0.4%増)となっています。なお、生活保護の相談や申込みの手続きは、居住している自治体の福祉事務所が窓口となっています。

※ 厚生労働省生活保護の被保護者調査(令和5年9月分概数)の結果」より。

保護の種類と内容

生活保護制度では、生活を営む上で必要な扶助が支給されます。

支給される保護費

具体的な生活保護費の額は、厚生労働大臣が定めた基準で、年齢や世帯人数、6つの地域等級などによって決まります。

「保護費」は、最低生活費から年金などの収入を引いたものが支給される額となります。

たとえば、65歳の単身世帯の場合、東京都区内(1級地-1)で、生活扶助と住居扶助(「図表1」参照)を受けるとなると約13万円が「最低生活費」になります。

生活保護が受けられる対象者

厚生労働省の「生活保護制度」によると、生活保護は、資産、能力等あらゆるものを活用することを前提として、次のような状態の方が対象です。

①不動産、自動車、預貯金のうち、ただちに活用できる資産がない(不動産、自動車は例外的に保有が認められる場合あり)

②就労できない、または就労していても必要な生活費を得られない

③年金、手当等の社会保障給付の活用をしていても必要な生活費を得られない

では、Aさんの息子が両親が亡くなった後に、生活保護の対象になるのか確認してみます。

前提として、現在78歳のAさん(男性)の平均余命は10.45年で約88歳です。同様にBさんの平均余命は約15.26年で約91歳で、そのころ息子は63歳になっているとします。

※ 厚生労働省令和3年簡易生命表」より

また、Aさんの住まいは、都心まで電車で15分かからない、また駅から徒歩5分の閑静な住宅街地域です。以前Aさんが土地建物(不動産)の資産価値を調べたら、築古の建物の解体費用を含めて更地にした売却価格は約3,900万円だったそうです。土地の価格は今後多少の上下があっても大きく変動しないと考えます。

そこで、①の資産について、両親が亡くなった時点では、息子は不動産を相続して所有していると考えられます。ただちに活用できる資産があるため、生活保護の対象にはならないでしょう。

ただし、③の年金については、息子は大学卒業後非正規で職場を変えながら、厚生年金国民年金に加入しており、また働いていない期間は、親が国民年金保険料を納付していました。引続き保険料を60歳まで納めれば、65歳から老齢厚生年金を104万200円(月額8万6,700円)受給できます。

しかし、息子がひとりになっても働かないと収入は65歳からの年金のみとなります。そうなれば生活に困窮して相続した不動産を売却して、その収益と年金とで毎月約16万円の生活費で賃貸を借りて生活することになるでしょう。90歳ころには不動産売却の収益も途絶え、生活保護の対象となると考えられます。

※ 消費支出:143,139円と非消費支出12,356円の合計155,495円なので約16万円とする。「総務省「家計調査年報(家計収支編)2022年(令和4年)結果の概要」65歳以上の単身無職世帯(高齢単身無職世帯)の家計収支」より。

なお、②については、生活保護以前の問題として、現在官民で実施している「就職氷河期世代支援プログラム」の就労支援を活用して、今から収入を得るべきです。

※ 参考:内閣府就職氷河期世代支援プログラム

生活保護の受給よりも前に心配な「相続問題」

無職の息子に相続税の心配?

実は、息子には相続税が課税される心配があります。

A夫婦間の遺産相続では、配偶者の税額の軽減により相続税は課税されないでしょう。しかし親から息子へ、相続税の基礎控除額「3,000万円+600万円×法定相続人の人数」以上の金額を相続すれば、相続税の対象になります。

ひとり息子の基礎控除は3,600万円ですから、生活保護どころか相続税の対策が必要になる可能性もあります。息子が働き収入があり、親の貯蓄が減らなければなおさらです。

とはいっても、まずは息子が収入を得るため、また心身の健康のためにも、仕事に就けるように支援することが大切です。そしてA夫婦が銀行に預金しているだけの4,000万円を、相続税対策を含め有効利用することも大切です。

筆者はここまで両親に話した内容を参考に、親子関係修復のためにも今後について親子で話し合うことを提案しました。

A夫婦が涙を流して喜んだ息子の変化

後日、Aさんから連絡がありました。夫婦は筆者の事務所を訪れたその日の夕食後、筆者から聞いた話も踏まえ、一方的ではありましたが息子に話したそうです。最後に「よくわからんが、日本で働く必要がないと思うんだったら、お前が働けると思った外国へ行けばいい。とにかくこのまま変わらないなら、家から出ていってもらう」と、強い口調で伝えたそうです。

Aさんが話し終えると、息子はなにか言いたそうでしたが、そのまま自分の部屋に戻ったそうです。そして翌日、息子は少し緊張した表情で、ハローワークに行ってくると家を出ていったといいます。

スーツを着て午前中から外出する息子を見送ったA夫婦は、それだけでもたまらなく嬉しく、思わず泣いてしまったと恥ずかしそうに話してくれました。

牧野 寿和

牧野FP事務所合同会社

代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)