『VRChat』などのソーシャルVRメタバースを中心に、「バーチャルファッション」というカルチャーが隆盛を見せている。リアルの肉体に縛られず、自分の思うままにアバターと衣装を選択し、コーディネートする、新たな形のファッション文化だ。

 個人の3DCGクリエイターだけでなく、本家アパレル企業も参戦を続けているこのカルチャーの“最前線”とも言えるのが、バーチャルファッションイベント『Virtual Fashion Collection “Voyage”』(以下、『Voyage』)だ。昨年12月末に初開催された本イベントは、並々ならぬ演出面のクオリティも相まって、業界に大きなインパクトを与えた。

【写真】バーチャルファッションショーに登場したアパレルの数々 リアルクローズからバーチャルならではの斬新なアイテムまで(全49枚)

 そして12月23日、第3回となる『Virtual Fashion Collection “Voyage” 2023 Winter.』(以下、『Voyage 2023 Winter』)が開催。全10ショップが出展し、過去最多の協賛企業も参加する、大規模なイベントとなった。本記事では、ゲネプロ取材時の写真も織り交ぜつつ、注目のバーチャルファッションイベントの全容をお伝えする。

■「たった一度きり」のイベントのために作り込まれた会場

 ファッションショー本編の話題へ移るまえに、まず『Voyage 2023 Winter』の会場についてふれておくべきだろう。『Voyage 2023 Winter』はYouTube Liveの配信という形でおこなわれたイベントだが、ショーそのものは『VRChat』に作成されたワールド(3DCG空間)にて開催された。

 空間のコンセプトは「豪奢な屋敷」。小高い丘の上に建つ、歴史を感じさせる豪邸だ。現地にはアテンドスタッフまで配備されており、ゲストを迎え入れる体制が整えられていた。

 遠方には巨大な客船が見える。制作チームによれば、過去2回の『Voyage』の会場となった豪華客船が、今回目的地に到着した……というシナリオとのことだ。そして丘から見える町並みは背景ではなく、しっかりと作り込まれている。

 屋敷がかなり遠く見える場所まで、実際に歩いていける。建物もちゃんと立体構造で作られているという作り込み具合だ。

 屋敷の内部は、メイン会場となるホールと、その手前に設けられた広間で構成されている。広間にはフォトスポットも設けられており、記念撮影の需要に応えている。

 そしてこちらがメイン会場。中央にランウェイが設けられた豪華絢爛な空間だ。左右には展示ブースやケータリングまで用意されており、「ゲストを迎え入れる場所」としてしっかりと設営されている。

 と、これだけ書けば「しっかり作り込まれた『VRChat』のワールド」の解説なのだが、驚くべきことにこのワールド、一般公開はされていない。この一度のイベントのためだけに作成され、運用されたという、贅沢な空間だ。そして「ファッションショー用の空間」を一区間用意すれば済むところ、世界観を作り込み、細部まで徹底的にこだわり抜くのが、『Voyage』というイベントが白眉たる理由である。

■リアル、ファンタジー、コンセプチュアル――あらゆる装いが歩くランウェイ

 イベント本番の紹介に移ろう。『Voyage』はファッションショーだが、最初にオープニングアクトとして、ソーシャルVRを中心に活躍するアーティストがパフォーマンスを披露するのが恒例となっている。

 今回出演したのは「PHAZE」。ボーカル・ViviキーボードShell、ベース/トラックメイカー・Dizのスリーピースで構成されたVRバンドで、豊かな表現力とステージ上の抜群なパフォーマンスで人気を博すユニットだ。プレゼントボックスから登場するという季節感ある演出も相まって、冬のイベントにふさわしい幕開けを飾っていった。

 オープニングアクトを経て、ファッションショー本編に移る。『Voyage 2023 Winter』の出展ショップは合計10つ。現実のファッションに近しいものはもちろん、今回はコンセプチュアルなもの、ファンタジーなものまで、幅広いジャンルがランウェイを歩いた。

 このファッションショーの大きな特徴は、特殊な操作技術を身に着けたアクターによる、移動モーションではない「歩く姿」が見られることだ。人間の生の動きと、空間を丸ごと使う華美な演出が、バーチャルファッションを鮮やかに彩っている。

 一番手の「fille dé finir.」からは、「星」をイメージに据えたコレクション「Stellaria」が登場した。可憐なミニドレス『Stellaria:Noir』は綺羅星のようなリングが、白無垢のようなシルエットの 『Stellaria:Blanc』は惑星軌道のようなリングが身体を囲む、コンセプチュアルなデザインだ。

 巨大なリングを纏うという奇抜なデザインは、バーチャルの世界でもなかなかめずらしく、海外のコレクションにあっても不思議でないベクトルだ。先陣のインパクトとして、これ以上にないものをと放つ装いから、『Voyage 2023 Winter』は幕を開けた。

 続く「HB_Shop」からはロングドレス『Gala Glam』がランウェイを歩いた。足元までたなびく外套に、金色の装飾やハイヒールが添えられた、優雅でラグジュアリーなドレスだ。

 クールな青と、包容力を感じる赤の2カラーがラインナップし、装いたいイメージに合わせて色を選択できるのもうれしいところだ。

 直後、『Gala Glam』と大きくイメージを違えるアイテム『Chill Charm』が登場した。

 胸元を大きく開けたミニドレスと、足元まで伸びるレイヤードファーコートに、脚のラインをセクシーに描くサイハイブーツ。黒を基調とした、大人の女性の美しさとかっこよさを演出する大人のコーディネートだ。

■企業も本気で応援し取り組むバーチャルファッションの世界

 三番目の「cherry neru」は、ここまでから打って変わってリアル寄りの装い『Lottie』からスタートした。

 ニットとジャケットを軸に据え、ブーツ、カバン、キャスケットなど、小物までそろい踏み。冬のお出かけに似合いそうな、どこにいても違和感のないコーディネートだ。

 直後、一転してランウェイにロマンスが訪れる。「cherry neru」による男女衣装シリーズ『Evening primrose Dress & Suit』だ。

 宝石をふんだんにあしらったエレガントなドレスに、プリンスにふさわしい大きなマントが目を引くスーツと、ディズニー映画から出てきたような華やかで、ファンタジーな装いである。

 「現実で着ることができない服を着ることができるのもバーチャルの魅力」というコンセプトで作られた、同ショップでも初めての方向性の衣装とのことだ。作り手にとっても、着る人にとっても、バーチャルファッションはリアルの常識にとらわれない世界だ。

 そこに続く「Add+Re:collection」からは、現行トレンド「天使界隈」を掲げる『zirai chipmunk』が登場し、大きく流れを変えてきた。

 ふわふわで巨大なリスのしっぽがまず目を引きつつ、Y2Kを思わせるスニーカーとレッグウォーマーが足元を引き締め、可愛らしさとトレンドをうまく融合したシルエットを作り出している。

 2着目の『AKIBA maid rabbit』では、その方向性をより振り切ってきた。「アキバ萌え」ど真ん中を狙う、ウサギをモチーフにしたメイド服だ。

 ウサミミはもちろん、スカートの多層フリルや「絶対領域」など、あざとい可愛らしさをこれでもかと盛り込んでおり、地雷系やコンカフェ衣装などを数多く手掛けてきたこのショップの方向性が色濃く出た新作だ。

 4ショップが登場したところで、特別なランウェイが実施された。特別協賛の株式会社往来が関わるプロジェクト『メタバースヨコスカ』より、無料配布中のスカジャンが紹介されたのである。

 スカジャン絵師・横地広海知氏が刺繍デザインを手掛け、このあと登場する「EXTENSION CLOTHING」オーナーアルティメットゆい氏らが3Dモデル化に関わった、ハイクオリティなスカジャンである。男女向けにトータルコーディネート含めて無料配布されるという大盤振る舞いも話題になった一着だ。

 このパートのみ、アクターたちは普段使っているアバターにスカジャンを着せた姿で現れた。無料配布であることや、カジュアルな装いから”普段着”として愛用しやすい特徴を打ち出してきたような印象だ。

 往来自体、『Voyage』を第1回開催時から応援してきた企業でもあり、3回目にして同社の関連事業からランウェイを歩く光景が実現した形だ。文脈の交わりと同時に、様々な応援によって支えられているイベントであることを感じさせられた瞬間だった。

 続く5ショップ目に登場したのは、なんと現実でセレクトショップを手掛ける「BEAMS」だった。すでに現実のアパレルの3Dモデル化を推し進めている「BEAMS」だが、今回は「VR限定」の新作アイテムを2つ発表した。

 1つ目は『レースと手刺繍のセーラー服』。セーラー服のデザインを踏襲しつつ、ボリュームのあるバルーンスリーブに、幾重にも重なるパニエがフェミニンなシルエットを形作る、非常にキュートなマリンルックだ。「BEAMS」のデザイナー・水上路美氏がデザインディレクションを手掛け、バーチャルファッションブランド「Natelier」オーナーのなとり氏との共作で生まれた一着だ。

 2つ目では大きな舞台展開がおこなわれ、天井からダンサーとともにブランコに乗って降りてくるという、ド派手な演出とともに現れた『オートクチュールのバーレスクドレス』。

 ビジューがまばゆく輝くボディースーツの上から、シルクのオーバースカートを重ねたドレスで、ヴィンテージゴールドの仮面が艶やかさを添えている。『レースと手刺繍のセーラー服』とは対照的に、セクシーでありながら女帝のような威厳も感じさせる。

 こちらも「BEAMS」水上氏がデザインディレクションに参加しており、『Voyage』の主催を務めるゆいぴ氏との共作となる一着だ。「BEAMS」は今回、特別協賛としても参画しており、『Voyage』がバーチャルの世界に留まらず、現実のアパレル業界も注目するファッションイベントに成長したということがうかがえるだろう。

■人気クリエイターによる新ブランド発表も 圧巻のクオリティが続く後半戦

 ファッションショーも終盤に差し掛かる。6ショップ目は「LAYON」。一つ目は同ショップ初のバーチャルクチュール『Eau de LAYON』だ。

 香水をモチーフとして大胆に落とし込んでおり、きらびやかで透明感のある金色のシルエットは、「宝石のプリンセス」を思わせるコンセプチュアルな一着だ。王族のような歩み、去り際に光の粒子となって消える演出など、華やかな演出も相まって目を引くランウェイだ。

 続いて登場した『STUNING』は、打って変わって冬にふさわしいリアルクローズなアイテムだ。メンズはボア付きのアウターに、ショートジャケットとワイドパンツの組み合わせ。レディースはニットワンピースに、ベストとのレイヤードになるツィードのハーフコート、大きなネックリボンと、冬らしさとトレンドが合わさった一着だ。

 オーバーシルエットの中に高貴さも宿したデザインは、「媚びない艶服」という『LAYON』のキャッチコピーを体現している。クールな大人の姿を形作る、注目の冬服だ。

 そして7ショップ目は「EXTENSION CLOTHING」。バーチャルファッション業界のトップランナーともいえるブランドが送り出す新作は『BY EXTENSION』。

 ジャケットを軸に据えた4WAY衣装で、スカーフやファークラッチ、脱着可能なサングラス、獅子のペンダントなど、様々なアイテムが徹底的に作り込まれた、これぞ「EXTENSION CLOTHING」の真骨頂とも言える高級志向なデザインである。

 ランウェイでは全てそろえた姿が披露されたが、外観をテーラードジャケットに変更可能なマテリアルデータも同梱されており、幅広い着こなしが期待できる一着だ。

 そして、8ショップ目は天井から、無骨なコンテナとともに舞い降りた。

 コンテナの中から現れたのは今回の隠し玉。「EXTENSION CLOTHING」のアルティメットゆい氏が立ち上げた新規ブランド「MAISON DARC.」だ。リアル寄りの衣装を、ユーザーが自由に組み合わせやすいよう単品販売を行ない、さらには現実のファッションアイテムの展開も計画している、「EXTENSION CLOTHING」の姉妹ハイブランドになるという。

 今回発表された『Street,Grunge Collection Vol.1』は、ダメージドなカーゴパンツ、キャップ、スニーカーなど、ストリートファッションを構築するコレクションだ。現実の装いとしても通用するアイテムたちは、出演アクターのように、三者三様のルックスを作ることだろう。演出面でも大きく力が入った、野心的なブランドの“旗揚げ”にふさわしい舞台となった。

 そしてトリを飾ったのは2ショップ。『Voyage』主催・ゆいぴ氏によるブランド「Melty Lily」と、アバターブランドとしても知られる「VERMILION Studio.」だ。

 「VERMILION Studio.」からは3Dモデルシリーズ「Melody of the Mana」より、『ヴァイス』というアバターが登場した。「狼をモチーフにした決闘者」という設定のキャラクターで、いわゆる獣人のアバター。幻想的な世界観を作り出す、バーチャルならではな“身体”だ。

 そんな狼の剣士にエスコートされ現れたのが、「Melty Lily」が送る『Wedding Collection Vol.2』だ。黒一色のドレスに込められたメッセージは「あなた以外の色には染まりません」。晴れ舞台にふさわしい豪奢なドレスは、性別を問わず惹きつけられるものだ。

 そして、ヴァイスとの組み合わせはまさに「美女と野獣」。現実に縛られないイメージを作り出し、美しきロマンスも感じさせる一着により、『Voyage 2023 Winter』は幕を閉じた。

■ファッションのフロンティアは、バーチャルの世界で花開く

 バーチャルファッションの世界は、いまなお拡大している。今回出展した「BEAMS」だけでなく、アパレルEC「.st(ドットエスティ)」のアダストリアや、著名ブランド「ANREALAGE」、「ATSUSHI NAKASHIMA」、「KEITA MARUYAMA」、果ては老舗百貨店・大丸松坂屋百貨店アバター事業から切り込んでくるなど、ソーシャルVRの外からの参入が続いている。

 しかし、この世界の先陣を切っているのは、数多くの個人クリエイターたちだ。日本だけでなく、韓国や英語圏のクリエイターも次々に参入し、多彩なジャンルのアイテムが次々に送り出されている。

 そして、ソーシャルVRに育まれた才能は、いまや様々な企業案件にも携わるようになりつつある。先述した「BEAMS」やアダストリアも、ソーシャルVR発クリエイターの起用を積極的に手掛け、リスペクトとともに文化を発信し続けている。

 閉会のあいさつでは、「BEAMS」より広報の木下氏が登壇した。「いまはリアルのファッションがデジタルに憧れる時代です。自由自在にクリエイティビティを爆発させて楽しむこのバーチャルファッションシーンは、間違いなくファッションのフロンティアです」と語り、「BEAMSを仲間に迎え入れていただき、心から感謝しています」と謝辞を伝える姿からは、この領域がバーチャルを超えて大きな熱量を宿していることが実感できる。今回発表された新作のバーチャルアイテムも、この言葉に嘘偽りがないことを雄弁に物語っているだろう。

 このきらびやかなランウェイは、クリエイターによる創造力の最前線であると同時に、リアルとバーチャルが「ファッション」という文脈で合流する場だ。フロンティアを切り拓く熱量とともに、バーチャルファッションを広める偉大な“航海”は、まだまだ続くだろう。

■『Virtual Fashion Collection “Voyage” 2023 Winter.』スタッフクレジット
Producer:ゆいぴ
Director:PONYO
World Creator:坪倉輝明

Opening Act PHAZE

Actor:
Kawasaki SilviaSilky Charm
ALDLA(Silky Charm
MICKEL(Silky Charm
TOMMIESilky Charm
yoikami(カソウ舞踏団)
E-suke(カソウ舞踏団)
Naitemo(無所属)

Dancer
ニーノ
Shiena

Photographer:
ecochin
TATAMI

Video Shooting:
BUSSAN

Staff:
TOKKIY
FOLS

Broadcaster:ELfα
Translator:雪兎
MC:ABC490
Video:KillU
Particle Design:ペペロンチーノ

(文・取材=浅田カズラ、撮影協力=ecochin、撮影協力=TATAMI)

『Virtual Fashion Collection “Voyage”』