世界のビジネスエリートたちは、今こぞって「行動経済学」を学び、グーグルアマゾン、マッキンゼーほか、名だたる企業が「行動経済学を学んだ人材」の争奪戦を繰り広げているという。なぜ、ビジネス界でこの学問に注目が集まるのか。本連載では、「行動経済学」の主要理論を体系化した話題書『行動経済学が最強の学問である』(相良奈美香著/SBクリエイティブ)より、内容の一部を抜粋・再編集。人間が「非合理的な意思決定」をしてしまうメカニズム、「システム1vsシステム2」など代表的な理論についてわかりやすく解説する。

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 第4回目は、「認知のクセ」の1つである「システム1」「システム2」が、人間の思考や行動に及ぼす影響とそのメカニズムについて、マクドナルドのマーケテイングリサーチの失敗例などをもとに詳説する。

<連載ラインアップ>
第1回 グーグル、マッキンゼーほか、有名企業が「行動経済学」に注目する理由とは?
第2回 サラダの方が体にいいとわかっているのに、なぜケーキを選んでしまうのか?
第3回 3種類のうち、なぜ多くの客が「Bランチ」を選ぶのか?
■第4回 顧客の声に応えたのに、マクドナルドの「サラダマック」はなぜ失敗したのか(本稿)
第5回 なぜTikTokはやめられない?企業が駆使する「選択アーキテクチャー」とは?
第6回 スターバックスのラテは、なぜ現金で買った方がいいのか?

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■マクドナルドのアンケート調査が大いなる失敗だったワケ

 私の仕事は、行動経済学をいかにビジネスに取り入れるか、企業にコンサルティングをすること。行動経済学が「人間(の行動)」を研究対象としていることから、企業が取り入れる行動経済学の用途は多岐に渡ります。

 わかりやすい例ですと、マーケティングや宣伝、販売戦略などのデータとなるマーケティングリサーチがあります。企業の顧客はまさに「人間」そのもの。「人間の行動」を科学的に理解することで、その商品やサービスの販売促進につなげられます。

 一方、ビジネスに関わる「人間」は顧客ばかりではありません。企業の従業員も同じく人間ですから、人事政策に行動経済学を取り入れることで、従業員満足度の向上につなげる企業もあります。

 アカデミックの世界から打って変わって多くのビジネスパーソンと接する中で気づいたことがあります。クライアント大企業の経営幹部だろうとスタートアップ企業の若い社員だろうと、会議室では間違った議論が行われているのです。

「なぜ顧客は我が社のこの商品を買わないのか? この機能を加えたらメリットになるから買ってくれるんじゃなかったのか?」

「このアプリのダウンロード数が伸びないのはなぜか? 価格設定が間違っているんじゃないか」

これらの議論は企業で頻繁に行われている「あるある」でしょう。なぜこれらの議論が間違っているのでしょうか。

 こういった会議室の議論は、システム2を使って消費者のことを考えてしまっているからです。あなたが何か買うときのことを思い出せばわかると思いますが、消費者は実際には、じっくり考えて商品やサービスを買うわけではありません。多くはシステム1を使って瞬間的な思考で購入します。

 例えば、「商品Aは価格が安くて品質が良い」となれば、消費者は合理的に判断してAを選びそうなものですが、実際は異なります。消費者はなんとなく商品Bを買ったり、合理的とは言えない意外な理由から商品Cが爆発的に人気になったりします。

 あるいはユーザーはアプリをダウンロードするとき、「似たようなアプリをすべて比較・検討した結果、アプリBが使い勝手が良くて無料でいろいろなことができる」という合理性に基づいて意思決定することはあまりありません。スマートフォンをいじっていて、「なんとなく良さそう」という理由で深く考えたりせずにダウンロードする人が多いでしょう。

 このように、マーケティングリサーチをする際と、実際の日常生活とでは乖離があることから、リサーチのデータは鵜呑みにできないということは実験でも証明されています。この実験では、寮生活を送る学生が対象で、そのほとんどの学生は併設の食堂で食事を済ませます。そんな学生が次の2つのコピーのどちらに動かされたかを検証しました。

コピー1 「健康的な毎日のために、1日に5つの野菜と果物を食べましょう」
コピー2 「1日に5つの果物と野菜をトレイの上に置きましょう」

 学生にアンケートを取ったところ、「言葉がいいし効果的だろう」と選ばれたのはコピー1でした。このアンケートだけを基にすると、コピー1のほうがいいように思うでしょう。ところが、実際に大学生たちの食生活の改善に役立ったのは、コピー2でした。

 なぜなら、コピー1のほうが言葉としての響きが良くても、いざ寮の食堂でシステム1で選ぶとなった際、頭に浮かぶのはコピー2のほうだからです。

 この実験は、マーケティング調査などでアンケートを取って決めた宣伝文句は、往々にして効果が出ない場合があることを示しています。ここで覚えておくべきは、消費者自身も無意識に行動をしているため、自分がなぜそのように行動したのかを言語化することはできないということです。行動経済学を理解していれば、マーケティング調査の限界を意識しながら、顧客の行動についてその背景を読み解き、柔軟に解釈することが可能です。

 多くの企業でもマーケティングリサーチとしてアンケートを実施していますが、この手法で消費者心理を捉えるのは難しいでしょう。それは、世界的企業であるマクドナルドでさえ同じです。

 マクドナルドと言えば、主力商品の「脂っこいハンバーガーやフライドポテト」を手早く美味しく食べられるということで、1955年のフランチャイズ開始以来、急成長を遂げてきました。

 しかし、時代は変わり、近年は「健康志向」の傾向が強まっています。マクドナルドが行ったアンケートでも例に漏れず、「もっと健康的なメニューも増やしてほしい」という声がたくさん挙がったそうです。そこでマクドナルドとしては、「消費者の求めるもの」を提供しようと、2013年、サイドメニューにサラダフルーツを加えました。お客さまの要望通り、世の中のヘルシー嗜好に合わせて、もっと幅広いメニューを提供しようとしたのです。

 しかし、この戦略は裏目に出ました。マクドナルドが大規模なマーケティングを行ったにもかかわらず、実際顧客が買い求めていたのは「健康的なメニュー」ではなく「こってりした揚げ物、ファストフード」でした。ちなみに日本マクドナルドでも、2006年にマーケティングを基にヘルシーな「サラダマック」を発売し、失敗に終わった経緯があります。

 これは行動経済学を基に考えてみると簡単に納得できる結果です。前述したように、「人は時間がないとき、疲れているときなどにシステム1に頼って意思決定をする」傾向があります。

 では人がマクドナルドに行くときはどうでしょうか? 日本ではどうかわかりませんが、特にドライブスルーが売上のほとんどを占めるアメリカでは、「忙しいとき、または疲れているとき」に行くことが多いのです。

 つまり、顧客がマクドナルドで注文する際は、「しっかりと健康を考えて注文する」のではなく「なんとなくぱっと見て決める」という「システム1」の意思決定がなされている――。

 一方、人がアンケートに答えるときはどうでしょうか。記入式であれ口頭であれ、調査対象者はじっくり考えて「システム2」で答えます。人は「システム2」が働くと、「〇〇するべきだ」という合理的でかつ理想的な行動を頭に置いて回答する傾向があるのです。

 このギャップのせいで、行動経済学の知見なしでのアンケートでは消費者の本当の深層心理を引き出すことは難しいのです。このギャップを回避するには、システム1でものを買う消費者を理解しようと思ったら、やはり会議室の議論も、顧客理解も、システム1の観点から考えるべきなのです。

 最近はマクドナルドも行動経済学を取り入れ始め、顧客がどうシステム1でメニューを見て意思決定しているかを模索しています。

<連載ラインアップ>
第1回 グーグル、マッキンゼーほか、有名企業が「行動経済学」に注目する理由とは?
第2回 サラダの方が体にいいとわかっているのに、なぜケーキを選んでしまうのか?
第3回 3種類のうち、なぜ多くの客が「Bランチ」を選ぶのか?
■第4回 顧客の声に応えたのに、マクドナルドの「サラダマック」はなぜ失敗したのか(本稿)
第5回 なぜTikTokはやめられない?企業が駆使する「選択アーキテクチャー」とは?
第6回 スターバックスのラテは、なぜ現金で買った方がいいのか?

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