阪神に歓喜の日本一をもたらした岡田監督。その細かな気遣いがほどこされた采配は見事だった。(C)KentaHARADA/CoCoKARAnext

 最後はシーズン35セーブをマークした守護神・岩崎優が、杉本裕太郎レフトフライに仕留めた。歓喜の輪は瞬く間に大きくなり、頬を緩める“老将”を迎え入れた。

 38年ぶりの日本一に輝いた阪神タイガースを率いたのは、18年ぶりの現場復帰となった岡田彰布監督。11月で66歳になった現役最年長監督は、世代交代に成功した若きチームを一つにまとめ上げ、圧倒的な強さで2023年のペナントレースを独走して見せた。番記者を拝命して14年目。私もこれほど他球団を圧倒する猛虎を目にしたのは初めてで、負けた試合の記憶がほとんどない……というのも大げさではない。

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 シーズンが終了してようやく2か月が経って、ふと思う。なぜ、こんなにも強かったのか。

 プロ未勝利からリーグMVPを獲得するまで成り上がった“シンデレラボーイ”村上頌樹の躍動に、現役ドラフトで獲得した大竹耕太郎の放った輝き。さらに岩崎優岩貞祐太の中堅勢がまとめ、若手が力を存分に発揮したブルペン陣はリーグ屈指の安定感を誇った。

 打線はレギュラーメンバーがしっかりと固定され、各々が試合を経るごとに役割を理解。打撃の主要3部門でのタイトル獲得はなくても「線」として繋がったラインナップはリーグトップの得点を生み出した。俯瞰して見ればがっちり投打がかみ合った印象で大型連敗も無く、シーズン通して安定した戦いができた。

 今季を象徴する明確な方針を打ち出したのは春季キャンプ中だった。「フルカウントからの1球を頑張ろう」――。指揮官は球団の査定担当にも掛け合い、打者の四球の査定ポイントをアップさせた。真意は「四球を選べ」ではなく「ボール球を振るな」。早いカウントからボール球に手を出して凡打や追い込まれる場面を解説者時代から目にしてきた監督は分かりやすい“にんじん”をぶら下げつつ、各々の選球眼の向上を狙った。

 結果、リーグ最高出塁率を記録した大山悠輔はシーズン99四球を選び、チーム全体ではリーグ断トツの494個を記録。打席での粘り、好球必打の徹底は1人ならまだしも打線全体となれば相手投手にかかるプレッシャーも相当だったはずだ。

 実際、自軍の中継ぎ左腕・島本浩也も「あれだけ打線全体でボールをしっかり見極めてくる姿勢は、投手は絶対にやりにくいので。プレッシャーはかかる」と分析する。一方で、悪球に手を出して凡退を重ねた選手には試合後の囲み取材で苦言を呈したことも少なくない。岡田監督は、基本的に選手とは表立ってコミュニケーションを取らないタイプで、メディアの報道を通じて伝えることも多々あった。“岡田流”の操縦術で地道に着々と、「岡田野球」を選手たちにも浸透させていっているように見えた。

分岐点となった7月の倉敷遠征

シーズン中に低空飛行を続けていた佐藤。この若き大砲を岡田監督は簡単には見捨てなかった。(C)KentaHARADA/CoCoKARAnext

 一軍、二軍の入れ替えや選手の状態把握も鋭く、的確だった。

 昨秋キャンプからローテション入りを示唆していた期待の西純矢は開幕3登板で本来の調子とほど遠いと見ると二軍で再調整させ、トミージョン手術明けの才木浩人は4度出場選手登録を外れて休養を与えるなどコンディショニングにも配慮。才木も「1年間フルで投げ切りたかったのもありますけど、手術明けというのはすごく考えてもらった」と振り返る。

「そら、良いものを使うよ」

 監督は選手の昇降格に関して口癖のように、そう言ってきた。

 それは期待の若きスラッガー・佐藤輝明に対しても例外ではなかった。開幕から「5番・三塁」で固定される方針だったが、開幕から低空飛行を続け練習態度にも問題があったことから岡田監督は6月下旬に二軍降格を決断。昨年は2年目にして初のレギュラーシーズン全試合出場を果たしたが、3年目の今季は不振が長期化すると判断すれば、スタメンから外すことも珍しくなかった。

 9月、10月度の月間MVPに輝くなどシーズン終盤に巻き返した佐藤輝は最終的に打率.263、24本塁打、打点は自己最多の92をマークした。Vナインの一員として優勝の輪にきっちりと加わった。

 分岐点があったとすれば、7月中旬の倉敷遠征中だろう。復調の兆しを見せない佐藤輝について指揮官は、「打てそうにないなあ。俺はそう思うな」と切り出した。同じ三塁には右打ちの渡辺諒が控えており、相手投手によっての日替わり起用も予想されたが、監督は「それやったら終わってしまうやんか。別に俺はかまへんけど。俺は終わってしまうと思うよ、今度は」と首を振った。冷徹な言葉でもほのかに感じた温情。時には突き放しながらも、佐藤輝を蘇らせたのは、また岡田監督だった。

「このチームはまだまだ強くなる」。日本一の頂点に立った後も更なる伸びしろを口にしている。この1年は百戦錬磨のタクトで若い選手たちに自身の役割を認知させるとともに、グラウンドでは勝利のもと成功体験を重ねさせた。その延長戦上にあったのがリーグ優勝であり、日本一という最高の結果。このチームはまだまだ伸びる、強くなる――。そう確信する66歳のボスが虎を黄金期に先導する。

[取材・文:チャリコ遠藤]

「終わってしまうやんか」「そら、良いものを使うよ」――若虎を刺激し続けた“岡田の言葉” 阪神の快進撃は日本一でも止まらない