乃木坂46の元メンバーである高山一実の青春小説『トラペジウム』のアニメ映画化が決定し、2024年1月にはNMB48の安部若菜原作の『アイドル失格』がBS松竹東急でドラマ化されるなど、話題を呼んでいる。昨今、女性アイドルが作家デビューをするという成功事例が多く取りざたされており、松井玲奈(元乃木坂46)や三田麻央(元NMB48)らの名もそこに挙がる。テレビ界、映画界でも女性クリエイターの活躍が目立ち始めているが、女性アイドルにもその波が訪れているのだろうか。

【写真】ドラマで主演、“顔面国宝”と呼ばれるNMB48・山本望叶

■俳優・芸人がクリエイターを兼ねる流れの中で、女性アイドルもクリエイティブに

松井玲奈は2019年、集英社より短編集『カモフラージュ』を刊行。3県の書店員らが投票する「第3回日本ど真ん中書店大賞」の小説部門大賞に選ばれ、2021年には恋愛小説集の『累々』(同社)も発表された。小説デビューは『小説すばる』(同社)収録の短編『拭っても、拭っても』。翌年は同じく短編『ジャム』、『リアルタイムインテンション』を、さらに翌年、『小説トリッパー』(朝日新聞社)に短編『家族写真』を寄せている。

三田麻央は2019年にNMB48を卒業後、小学館ガガガ文庫にてライトノベル『夢にみるのは、きみの夢』を発表。恋愛経験ゼロのオタクOLの美琴が、AIロボットを自称する怪しい男の子を匿うために同居するという物語で、そんな2人のぎこちない関係を描く恋愛ストーリーとなっている。

そのほか、心理カウンセラーとしてカウンセリングや講演を中心に活動している中元日芽香(元乃木坂46)は初の自叙伝『ありがとう、わたし~乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで~』(文藝春秋)を。菅井友香(欅坂46)は『あの日、こんなことを考えていた』(日経BP刊)を。これだけ見ても、女性アイドルの作家業進出の勢いがわかるだろう。

これらの現象についてメディア研究家の衣輪晋一氏は「高山一実さんが話題になったのがきっかけ」と分析する。「高山さんは2015年11月に行われた作家・田丸雅智氏のワークショップ『発想力鍛錬ワークショップ2015』で、高山さんが執筆した文章をベースとした『キャリーオーバー』を『ダ・ヴィンチ』のオフィシャルサイトで公開。その後『トラペジウム』を発表して反響を呼び、現在の潮流を生みました」(同氏)

さらにNMB48・安部若菜による同名小説を実写ドラマ化した『アイドル失格』(BS松竹東京〈全国無料放送・BS260ch〉)も2024年1月13日(土)から放送スタート。主演をNMB・山本望叶が務め、同メンバー川上千尋、上西伶、泉綾乃の出演も発表されている。

■事務所プロデュースからセルフプロデュースへ…周囲のスタッフがそれを後押し

「これらの背景には女性アイドルの“個性化”がある」と衣輪氏は付け加える。「特に秋元康さん系グループに言えるのですが、誰にインタビューをしても、キャラがない、個性を出したいと口を揃えて言います。人数が多い分、埋もれてしまう。もちろんビジュアル、歌、ダンスなどのパフォーマンスで目立つのが一番ですが、人の目を惹くには“違う角度”からの魅力が重要になってくる。それと、今のインターネット社会が幸運にも相性が良かった」

まずこれまではアイドルと言えば、発信する場所が劇場やライブ、冠番組しかなかった。だが今はインターネットがあるため、読書好きな子はブログで発信することも可能に。更新頻度が高く、文才があればファンがつく。そこで皆が読書、文章を磨き始めたという背景がある。

「『日経エンタメイメント!』(日経BP)では日向坂46がエッセイを連載していますし、長濱ねるさんも小説はまだ執筆していませんが2018年、雑誌『Voice』に『人気アイドルが語る読書論』としてインタビューが掲載されたほか、芸能界復帰直後に『ダ・ヴィンチ』にて『夕暮れの昼寝』が連載されました。彼女は元々本が好きであり、中学2年の時に書いた『レ・ミゼラブルを読んで』が長崎県の自由読書の部の最優秀賞を受賞したほど。実は女性アイドルで読書家は多く、小坂菜緒さんも独特ですし、注目株は宮田愛萌さんです」(衣輪氏)

宮田愛萌はブログで「本の良さ、読書の良さを、ファンから広めていきたい」と書いており、2018年、けやき坂時代にはweb短編小説集『最低な出会い、最高の恋』の中に『羨望』を収録。さらにその読書好きぶりがYouTubeチャンネルの『出版区』出演時に浮き彫りになっており、「多い時には週7、少なくても週3は本屋へ足を運んでいる」「本屋に行くと一日でもそこにいる」と語っている。

「また坂道グループに顕著なのですが、グループ全体で見せていこうというコンセプトがある。自身の別の魅力を極めていくことは過去にもありましたが、それが“グループに還元するため”といったカラーが昔のアイドルグループより強い。またご家庭がいいところのお嬢様が多く、教育水準が高いのも特徴。彼女らの光る部分、やりたいと望む仕事を営業が取ってきている印象もある。つまり昔は事務所がプロデュースをしていたが、今は自己発信するアイドルを周囲のスタッフが手助けをしている印象。ゆえに80年代などの“ステレオタイプのアイドル”が過去のものとなり、アイドルにも多様性が生まれてきているように見えます」(同氏)

■コアなオタクから、ライトな“推し活”へ…アイドルへの応援の変化

遠い過去、アイドルと言えば、好きな食べ物は苺ショートなどかわいいもので溢れ、そこに真の“個性”は生まれづらかった。

「女性の社会進出とともに、女性アイドルにも“個性”が許される環境が整ったことも言えそうです。その結果、お芝居でも生田絵梨花さんなど本格派が生まれた。日向坂の松田好花さんもオードリーのラジオを聞いて自分もラジオをやりたいとのぞみ、現在『オールナイトニッポン0』(ニッポン放送)のパーソナリティとして活躍。同じく日向坂の齊藤京子さんはその歌の技術でソロライブ、アーティストコラボを。またNMB48渋谷凪咲さんはその大喜利力の高さで芸人からも一目置かれ、それら動画がインターネットの切り取り動画で拡散。インターネット社会の恩恵も受け、皆躍進しています」(衣輪氏)

もう一つ、重要な要素は“推し活”という概念の登場だと言う。過去はファン、大好きっ子、親衛隊といったオタク文化が盛んだった。今もリアコ(リア恋)、ガチ恋などもいるにはいるが、“推し”という概念で、ファン=好きの構図から、推し=応援する、へと変化が見られるというのだ。

「つまり、オタクより、よりライトになり、さらにそれが広範囲に広まった。“推し活”は恋愛的感情もなくはないがそれより“応援したい”という面が強い。また出版社に話を聞くと、実は熱心な読書家はずっとおり売上もそれほど下がらず、コア層に支えられている。そんな中、読書好きは作家ファンがつくが、ライト層は売れているもの、平積みされているものを買う。いかにこのライト層を取り込むかで売上が変わるわけですから、推しているアイドルが本を出したら、ファンは推し活としてそれを履修する。これは出版社にとってもwin-winなのです」(同氏)

スマートフォンの普及による発信場所の拡大、切り取り動画の流行による拡散、また女性の社会進出に伴う、“女性らしさ”より“その人らしさ”という個性の認知、コアなオタクからライトで多くの人が参加できる“推し活”への移行。こうした要因、背景で女性アイドルのあり方にも変化が訪れ始めている。本稿では触れられなかったがまだまだ個性を放つ女性アイドルは数多くいる。女性アイドルがエンタメを活性化させるエンジンになる日も来るかもしれない。

(文/西島亨)

NMB48・山本望叶主演ドラマ「アイドル失格」キービジュアル/(C)BS松竹東急/KADOKAWA