雇われとして社長業を続けているものの、相変わらず会社の実権はオーナーが握っている。もしオーナーが会社の資金も自由に操作をし、経営状況が悪化していた場合、その責任はどうなるのか…。そこで、実際にココナラ法律相談のオンライン無料法律相談サービス「法律Q&A」によせられた質問をもとに雇われ代表の辞任について、森江悠斗弁護士に解説していただきました。

大ごとにならずに辞任したいが...

相談者のみっちさんは、ある会社で雇われ代表取締役を務めています。株主は1名で、役員はみっちさんを含め5名です。会社の資金繰りなどはすべて、グループ会社のオーナーである株主が実権を握り操作しています。

そうしたなか、頻繁に資金を移動していたことで、業者への支払いが滞ってしまう事態に陥ってしまいました。経営の詳細も把握できないこの状況で、今後の責任問題も考えると辞任したいと考えています。

そこで、みっちさんはココナラ法律相談「法律Q&A」に次の2点について相談しました。

(1)どのような方法であれば、安全かつ迅速に辞任できるのでしょうか。

(2)またオーナーは、相談者が代表を務める会社の取締役の1人ですが、取締役であれば会社の資金を勝手に移動させることは法的問題ではないのでしょうか。

迅速で安全な辞任を行う方法

まず「辞任ができるか否か」についてですが、取締役は、会社との間で「取締役委任契約」を締結していると解されるため、通常の委任契約同様、辞任(委任契約の解除)が可能です。

この点、民法651条1項が「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。」と規定しているとおりです。

なお、一般的な委任契約では、解除権放棄特約を締結すること(本件に即していうと、「辞任する権利を放棄する」という内容の約束をすること)が認められますが、取締役の辞任を制限する特約を無効とした裁判例(大阪地判昭和63年11月30日判時1316号139頁)の存在等を踏まえると、取締役委任契約の場合においてこの解除権放棄特約が制限される可能性も高いといえ、取締役(代表取締役も含みます。)の辞任の自由度は高いといえます。

他方で、「安全な辞任ができるか」という点に関し、民法651条2項は、受任者が「相手方に不利な時期に委任を解除したとき」に委任契約を解除した場合において、「やむを得ない事由」がある場合を除き、受任者には発生した「損害」を賠償責任が発生すると規定しています。

そのため、本件でみっちさんは「安全」な辞任を希望しているようではありますが、そのためには、以上のような損害賠償請求を受けるリスクを考慮した上で、辞任に当たり、会社にとって「不利な時期」の辞任に当たるとはいえないか、急な辞任で会社に「損害」を与える可能性はないか、といった点をよく確認・検討する必要があります。

次に、「迅速な辞任を行う方法」ですが、辞任(委任契約の解除)は、相手方の承諾が必要のない単独行為ですので、「迅速」な辞任は実現可能です。

具体的な対応としては、取締役会において辞任の意思表示を行うか、取締役会非設置会社の場合は、全ての取締役に辞任の意思表示を行うことで辞任が実現します。

(なお、一般に、自身以外に代表取締役がいない場合の取締役の辞任の意思表示は原則として取締役会においてされるべきとされる一方で(東京高判昭和59年11月13日判示1138号147頁)、他の取締役全員に辞任の意思表示をした場合における辞任を有効とした岡山地判昭和45年2月27日ジュリ463号3頁も存在します。また、東京控決言渡年月日不明新聞257号20頁のように、株主総会を辞任の意思表示の相手方とする古い裁判例もあります。)

本件では、みっちさんの他に取締役を含むと思われる役員が4名いるとのことですので、みっちさんにおいても、取締役会で辞任の意思表示を行うか、それが難しい事情のある場合やそもそも取締役会が存在しない場合には、他の取締役全員に内容証明郵便を送付するなどし、辞任の意思表示を行うことで迅速な辞任を実現させることができます。

2つ目の質問、すなわち、「(唯一の株主である)オーナーは、相談者が代表を務める会社の取締役の1人ですが、取締役であれば会社の資金を勝手に移動させることは法的問題ではないのでしょうか。」の質問についてですが、まず、民事上の責任について、単に資金移動があったというだけでは、直ちに会社に対する民事上の責任が生じることにはならないと考えてよいでしょう。

なぜなら、本件の会社において、オーナーは取締役兼唯一の株主であるため、いわば会社の所有者として、資金移動について取締役としての任務懈怠責任(会社法423条1項)があるとしても、その責任を唯一の株主として自ら免除できるためです(会社法424条)。

他方で、本件のオーナーが、単なる資金移動を超えて、他人に不当な損害を与える行為を行うというケースでは、当然、本件のオーナーに対して第三者責任(会社法429条)や不法行為責任(民法709条)を追及することができます。オーナーに民事上の責任を追及したい場合には、このような行為を行っていないかを確認することが重要です。そして、どのような行為が民事上の責任を発生させるのかの判断は困難であるため、早期に弁護士に相談することをお勧めします。

次に、オーナーにおいて、資金移動に関する業務上横領罪や特別背任罪等の犯罪が成立し、刑事上の責任が発生しないかについてですが、犯罪の構成要件は民事法上の責任の発生要件とは異なる上、刑事法上は会社法424条のような株主による責任免除規定がないため、オーナーが刑事上の責任を負う余地はあるといえます。

もっとも、前記のとおり、本件の会社における唯一の株主であるオーナーはいわば会社の所有者であり、原則として会社の資金移動についてオーナーには広い裁量が認められています。そのため、これらの犯罪の構成要件該当性が認められ、具体的犯罪として捜査・起訴がされるという可能性は必ずしも高いとはいえません。民事上の責任のときと同様、問題となり得る他の犯罪行為がないかを確認することが重要になると考えます。

この点についても、どのような行為が刑事上の責任を発生させるのかの判断は困難であるため、早期に弁護士に相談することをお勧めします。

損害賠償義務の可能性以外にも注意すべき点

本件では、辞任を希望する取締役以外にも他の取締役が存在するようですが、実務上は、辞任したい取締役がその会社の唯一の取締役であるというケースが多いといえます。

その場合の対応について規定する具体的法令はありませんが、取締役が、総務を担当する自身以外の有限会社の唯一の社員(株式会社の場合における株主)に辞任届を交付したという事案で、辞任を認めたという裁判例が存在し(仙台高判平成4年1月23日金判891号40頁)、参考になります。

また、実務上は、自身以外の社員・株主すら存在しないケースも存在しますが、その場合には、その会社のオーナー的立場の者に辞任の意思表示を行うことも検討すべき余地があると考えます(野村直之「判批」判タ821号196頁(平成5年)参照)。

以上のとおり、取締役の辞任は単独行為として原則自由に行うことができるものといえ、仮に自身以外の取締役が存在しない場合でも辞任は可能ですが、前述した「安全な辞任」との関連で、損害賠償義務の可能性以外にも辞任において注意すべき点があります。

それは、辞任により会社の取締役・代表取締役が不存在になってしまう場合や、会社の定款上の取締役・代表取締役の最低人数を欠く場合には、辞任した取締役が権利義務承継(代表)取締役となり、辞任後も取締役・代表取締役としての義務から解放されない場合があるという点です。

この点、会社法346条1項が、

「役員(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役若しくはそれ以外の取締役又は会計参与。以下この条において同じ。)が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した役員は、新たに選任された役員(次項の一時役員の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する。」

と規定し、会社法351条1項が、

「代表取締役が欠けた場合又は定款で定めた代表取締役の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した代表取締役は、新たに選定された代表取締役(次項の一時代表取締役の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお代表取締役としての権利義務を有する。」

と規定するとおりです。

このような事態を解決する手続きとしては、会社法上、「一時役員の職務を行うべき者」(会社法346条2項)の選任制度が規定されているため、同制度の活用を検討することが必要な場合も存在することにつき注意が必要です。

また、質問の趣旨からは離れますが、そもそも、自身や協力者が全株式を保有する会社において、自身らのみが取締役の場合で、第三者から事実上の口出しや業務への介入をされているだけであるといった場合には、辞任ではなく、会社を清算(会社法475条1号)するという方法により事案を解決させることについても検討の余地があります。

森江 悠斗

弁護士

(※写真はイメージです/PIXTA)