誰もが避けて通れないのが「家族の介護問題」です。厚生労働省「在宅介護実態調査(令和5年)」によると、介護者は「実子」が61.4%と最も多く、また介護の頻度は68%が「ほぼ毎日」でした。なかには「自ら介護=親孝行」と考え、身体的・精神的に追い込まれていく人もいるようです。株式会社FAMORE代表取締役の武田拓也FPが、実際に体験した事例をもとに「親の介護問題」への対処法を解説します。

母親が要介護状態に…ひとり息子が感じた「限界」

現在51歳のAさんは、小学生のころに父親を病気で亡くしてから、母ひとり子ひとりで暮らしてきました。

母親が子育てをしながら休みなく働いてくれたおかげで、Aさんは無事地元の工業高校を卒業。その後、実家から通える距離にある工場に就職し、現在も同じ職場で働いています。年収は490万円ほどです。

Aさんを支えてくれていた母親は、現在84歳。正社員ではなくパートをかけもちしていたことから、年金は月額約7万円の国民年金のみです。もっとも、「母には楽をしてもらいたいから」と、生活費はすべてAさんが支払っています。

父が亡くなった際、団体信用生命保険で住宅ローンは完済したため家賃はかかっておらず、日々の生活に問題はありません。

そんなある日のこと。母親が自宅で転倒してしまい、足を骨折して要介護状態になってしまいました。

当初、Aさんは有給を使いながら自宅で母親を看病していましたが、心身ともに負担がかかり、しだいに限界を感じるようになりました。また母親も、「なるべく息子に迷惑をかけまい」と無理をしてしまい調子を崩すという悪循環です。

「もう、大丈夫だよ。なんとかするから。自分の好きなことをやっておくれ。いままでありがとう」

そう言って力なく笑う母親を見て、「このままじゃまずい」と感じたAさん。介護施設についてネットで調べてみました。しかし、どの施設もまとまった入居費用や毎月の利用料が必要なようです。

「ひとりで介護するのは限界だ……でも、まとまったお金もないし」困り果てたAさんでしたが、介護職の経験もある筆者のホームページを見つけ、相談に訪れました。

国の制度を活用した「無理のない介護」

Aさんはこれまで、介護に際して公的なサービスをほとんど利用したことがありません。自分だけで介護を完結させるのが「親孝行」だと信じて、必死に介護していたそうです。

しかし、仕事が忙しいことに加え、不慣れな家事や介護で心身ともに負担となっており、このままでは健康を害してしまいます。

Aさんが倒れてしまうと親子共倒れになってしまいますから、Aさんから一連の話を聞いた筆者はまず「訪問介護」と「通所介護」、「宅食サービス」などの利用をおすすめしました。

訪問介護では、母親が家にいるときの見守りに加え、トイレ介助や食事の準備などをしてもらうことができます。また、通所介護ではデイサービスを利用し、健康状態の確認や自宅では大変な入浴介助、レクリエーションなどのサービスを受けられます。

さらに、公的な制度でAさんご自身が利用できるものとして「介護休業制度」があります。

介護休業制度には「介護休業」「介護休暇」「介護時短」「時間外労働の制限」などがあり、このうち「介護休業」は合計3回まで、通算93日の休みを取得することができます。また、「介護休暇」は年5日まで取得可能です。これらの制度も状況に応じて利用するよう助言しました。

筆者がAさんの「介護離職」を必死で止めたワケ

また、Aさんと話した際「介護に専念するためには、仕事を辞めるしかないですよね」と思い詰めていましたが、筆者は「介護離職だけはやめておきましょう」と引き留めました。その理由は主に下記の5つです。

【介護離職の問題点】

1.長期化

2.生活苦

3.年収の低下

4.罪悪感

5.虐待

1.長期化…子育てとは違い、介護はいつ終わるかゴールが見えない

平均寿命から健康寿命を引くと、男性がおよそ8年、女性が12年ほどあります。仮にこの期間が介護を必要とする期間と考えると、平均して約10年。

ただし、なかには“ピンピンコロリ”でほとんど介護を必要とせずに亡くなる人もいますし、反対に10年以上の介護を必要とする人もいます。

とはいえ、ゴールの見えないマラソンを走るのは、身体的にも精神的にもとても大変なことです。子育ての場合はだんだんと対象(子ども)が自分ひとりでできることが増えていくのに対して、介護の場合、その対象(親)の身体能力は徐々に低下していきますから、だんだんと自分ひとりでできることが減っていき、介護者の負担が増えていくことになります。

2.生活苦…介護離職すると収入が減り、生活が苦しくなる

仕事をしていれば収入がありますが、離職して無職になると、収入は当然ゼロになります。

あらかじめ介護する期間分の生活費の蓄えがあれば、収入がなくてもなんとかなるでしょう。しかし、収入がなくなり貯蓄も尽きてしまうと、介護サービスの利用料が払えなくなるばかりか、最終的には生活保護を利用しなければならない状態になる可能性もあります。

3.年収の低下…再就職しても年収が下がる可能性が高い

専門性の高い職種であれば転職しても年収を維持できるかもしれませんが、多くの場合そうではないでしょう。また介護期間が5年、10年と長期化した場合には再就職がそれだけ困難となります。

4.罪悪感…親は子どもに好きなことをしてもらいたい

親のために介護離職を決断することは一見すると親孝行ですが、親からすると「自分のことを考えてくれるのは嬉しい」と思う反面、「申し訳ない」という罪悪感を抱えてしまう人も多いです。

また職場というコミュニティを離れ、1日中親をつきっきりで介護するというのは、お互いにとって負担となりえます。

5.虐待…仕事を辞めて常時介護していると虐待の可能性が高まる

高齢者虐待のうち、家族による虐待は介護職員による虐待の20倍以上ともいわれています。最初は「親のために」と始める介護も、長期間にわたると心身ともにストレスが溜まります。元気なころの親を知っていると、よけいに介護が必要ないまの状態を受け入れ難いものです。

親以外との交流が途絶え、好きな趣味や活動もできなくなると孤立してしまい、鬱積した気持ちから攻撃的な行動に繋がってしまいがちです。

介護離職は「国の制度」に頼ることで回避できることも

介護離職をしてしまった人の理由として多く挙げられるのが、「介護と仕事の両立が体力的に厳しい」「自分以外に介護を担う家族がいなかった」の2つです。しかし、これらの悩みの多くが、介護保険サービスを利用することで解消に向かいます。

公的な制度の内容を知らないままに離職してしまう人も少なくありません。昔は「介護は家族がするもの」という考え方が主流でしたが、無理をする必要はないのです。

上記の内容をAさんにお伝えすると、Aさんは筆者の説明に納得し、帰宅後早速母親に「介護保険サービスを利用したいと思う」と話しました。

すると、母親は涙ながらに、「自分の時間を犠牲にしてまで介護してくれて……いままで大変だったろう。ありがとうね」と感謝の言葉を口にしたのでした。

仕事を続けながら、介護サービスを利用し始めたAさん。負担がかなり軽減され、生活にも余裕がでてきたといいます。

「母親も介護サービスを利用するようになって、外の人と話せてうれしそうです。本当の意味で親孝行ができました」と、笑顔で話してくれました。

「介護離職」はリスク大…慎重な判断を

今回のケースではAさんが一般的な会社員であり、51歳という年齢を考えると介護離職後の再就職は難しくなります。また母親も介護認定を受けているとはいえお元気そうで介護期間が長引く可能性があったことから、介護離職を引き留める判断をしました。

ただし、たとえば再就職がしやすい職種で貯蓄もあり、看取りの時期が近いかもしれないなどということであれば、悔いを残さないためにも介護離職という選択肢もあります。

今回紹介した以外にも、日本には介護にまつわるさまざまな制度が設けられています。まずはそれらについて知り、活用を検討することが大切です。自分ひとりで思い悩まず、第三者に相談することも考えてみてはいかがでしょうか。

今回の事例のようにFPに相談するのもひとつの手ですが、まずは自治体の相談窓口や地域包括支援センターを訪ねてみることをおすすめします。

武田 拓也

株式会社FAMORE

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)