2023年のVTuber/バーチャルタレントシーンは、これまで業界の内側でたぎっていたタレントたちのパワーが様々なフィールドで発揮された1年だった。大手プロダクションに所属する面々がインターネットを飛び出し、テレビ、ラジオ、雑誌、看板広告へと活動場所を広げるだけでなく、個人で活動しているタレントにスポットライトが当たるシーンも多くみられた。

【動画】台湾でネットミーム化 k4senに勝利して雄叫びをあげるSPYGEA(5:50~)

 とはいえ現状では、VTuber/バーチャルタレントの住処/本拠地が、YouTubeやTwitchなどの配信サイトであることに変わりはないだろう。いかに面白い配信を生み出し、強い支持や注目を集めることができるかは、黎明期から現在まで、さまざまな変化を経ても変わりない鉄則のひとつなのだ。

 それは主戦場を同じくするゲーム実況者/ストリーマーたちも同様だ。今年はゲームイベント/大会を中心にバーチャルタレントとストリーマーの合流がさらに進んだ年でもあった。2022年には見られなかったような意外な組み合わせが今年はたくさん見られ、互いのリスナー層がより広がったのではないだろうか。

 今回は、2023年に注目され人気を集めた配信を振り返る企画として、筆者がとくに印象的だと思った出来事/配信を取り上げてみようと思う。

 なお、本稿で紹介するエピソードの選出にあたっては、筆者の主観が判断材料となっていることをあらかじめご了承いただきたい。「そういえばこれはよかったな」「自分ならこのエピソードかな」といった形で、ぜひ読者のみなさんも今年を振り返りながら楽しんで読んでもらいたい。

■元FPSプロは格闘ゲームを通して“己への挑戦”をみる

 今年のVTuber/バーチャルタレントシーンを盛り上げたタレントやゲームというと、みなさんは何を想像するだろうか。筆者があえてひとつ選ぶならば、それは『ストリートファイター6』(以下『SF6』)になるだろう。

 以前筆者が執筆した記事では、『REJECT FIGHT NIGHT』『CRカップ』を中心にして熱狂が生まれ、リリース直後という大事なタイミングで大きな反響が生まれたことを紹介した。

 こうした影響もあって、『ストリートファイターリーグ』を中心に、プロシーンで活躍する選手やストリーマーらにも注目が集まるようになった。とくに梅原大吾どぐらかずのこといった往年のプロ選手たちがこれまで以上にフォロワー/視聴者を集めているような印象だ。

 2023年後半もその熱は冷めることなく続き、それまでFPSタイトルを中心にプレイしていた人気ストリーマーや、格ゲーをプレイすることがなかったVTuberまで、配信で『SF6』をプレイするタレントが増え、アリーナ会場などで開催される大型のゲームイベントでもプレイタイトルとして起用されることが多くなった。

 その中でも名シーンとして数えられるのは、やはり『第1回 Crazy Raccoon Cup Street Fighter 6』決勝での梅原とふ~どによる対決、そこで梅原が見せた「令和版・背水の逆転劇」だろう。

 2ラウンド3本先取制のラスト1本まで追い詰めたふ~ど、その追い詰められた状況から、梅原は怒涛の勢いで勝ちを重ね、最終的に3本を先取しきってみせたのだ。この鮮やかな逆転劇は、まちがいなく大会参加者並びに20万人以上の視聴者の心を震わせたのだ。

 もうひとつ思い出される名場面といえば、2023年9月23日に『東京ゲームショウ2023』のメインステージで開催された『TGS2023×CR CUP ストリートファイター6』において、SPYGEAが勝利した際に雄叫びをあげたシーンだ。

 『ゲームショウ2023』開催前の9月13日に『REJECT FIGHT NIGHT Round2』へと出場したSPYGEAは、チーム全体としては好調のなかで善戦虚しく全敗、惜しくも優勝を逃すことになってしまった。

 大会終了直後、メンバーやコーチから労いと健闘を称える言葉をかけられるなか、すこしだけ涙を浮かべたSPYGEA。雪辱を果たすべく翌日以降から『東京ゲームショウ2023』にむけての猛練習をスタートした。

 「オレ自身の話だけど、ここ最近大会に出る時って手が震えちゃったりとか、頭が真っ白になっちゃったりすることが結構多くて、それを克服したいから大会に出まくろうって考えてた」

「自分自身に失望するんだよな。そこを乗り越えたいと思ってるんだけど、自分自身に勝てなかったのが悔しい」

 『REJECT FIGHT NIGHT Round2』の終了直後、SPYGEAはこのような言葉をこぼしていた。2009年ごろからFPSプロゲーマーとして活躍し、2016年からはストリーマーとして現在まで活躍していた彼にとって、見逃すわけにはいかない大きな壁をはっきり認識したのだ。

 ランクマッチの回数をひたすらにこなすだけではなく、コーチ役としてついていたJr.や板橋ザンギエフらのコーチングを受けたり、自身のリスナーから対戦者を募りカスタムマッチを開いてみたりと、「もしかして睡眠時間以外はすべて『スト6』の練習に充てているのでは?」と疑いたくなるほどの打ち込みようであった。

 そして迎えたゲームショウの大会当日。「どぐらだけB」の次鋒として3位決定戦に回ると、先鋒の獅白ぼたんがあえなく破れ、一歩リードされてしまう。そんななかでk4senに粘り勝ち、ようやく勝利を勝ち取ると、席から立ち上がってセンターステージまで歩き、拳を高く上げて勝利の雄叫びをあげたのだ。

 そのままチームメイトのところへ戻ってハイタッチし、さきほどの敗北で悲しんでいた獅白に「ぼたんちゃん勝ってきたよ!」と一声かけ、チーム成績をタイに戻した。その後はチームメイトであり現役プロのどぐらがストリーマー・sasattikに負けてしまい、チームとしては敗北。大会を4位で終えることになったが、彼があげた咆哮は印象的なハイライトとなったのだ。

 この劇的な勝利の後、SPYGEAは『スト6』をいまでも配信でプレイしつづけている。それまでザンギエフモダンモードで使っていたが、ディージェイクラシックモードで使っていくことに。毎日のようにプレイを続けた結果、2023年12月22日にはついにマスターランクに至った。

 SHAKA、関優太、葛葉など、自身と親交ある面々が先んじてマスターランクへとたどり着いていることも多少はモチベーションに影響していそうだが、むしろいまの彼にとっては「自分の価値とは?」「己を証明する」などといった大きなテーマが、『スト6』をプレイする上で強い意味をもっているのかもしれない。

 12月に開催され、多くのストリーマーが参加していた『VCR GTA2』にも彼は参加せず、日々鍛錬(配信)をこなしつづけていた。その姿からは、まるでリュウやケンのような“求道者”らしさすら感じられるほど。来年以降、SPYGEAがどのような背中を見せてくれるのか、いまから楽しみである。

ホロライブが「スト鯖」に本格参戦 初参加から存在感を示したとあるタレント

格ゲーのコーナーが会場にあってさ、『ストリートファイター6』が今度発売するんだよね。わためちゃん興味ある?」

 これは、千葉・幕張メッセ5月13日・14日に開催されたゲーミングフェス『DreamHack Japan 2023 Supported by GALLERIA』において、獅白ぼたん角巻わためにむけて発した言葉だ。

 イベントがおこなわれたのは『ストリートファイター6』発売直前だったわけだが、筆者は獅白ぼたんの口から『スト6』の名前が出るのを意外に感じていた。彼女といえばFPS/TPSジャンルが得意なタレントという認識で、格闘ゲームのイメージはまったく無かった。

 そんな彼女に対して、わためは昇竜拳を真似ながら「気になる!」と返しており、そこだけを切り取れば仲の良い同期によるほほえましい雑談の一幕。しかし、この後獅白ぼたんはバッチリ『スト6』にハマっていくこととなる。

 先述したように、獅白ぼたんが大会に出場するほどまでに『スト6』にハマっていった。流行の一役を担うとは思っていなかった。

 そして、こうした「これまでのホロライブとひと味違ったシーンへの進出」が、ことしはとくに多く見られた。

 ホロライブの面々というと、VTuber/バーチャルタレントシーン全体では抜群の存在感を放つものの、ストリーマーらも含めて近年盛り上がりを見せているゲームコミュニティのなかでは比較的存在感が薄い印象があった。

 理由としては単純明快、大型の企画や大会への参加者が非常にすくなかったからだ。2022年に湊あくあ星街すいせい常闇トワの3名が『V最協決定戦』に「Startend」として出場した際、ホロライブファンどころか界隈のファンの多くが驚いたことからもわかるだろう。

 しかし今年に入ると、『ストリートファイター6』『ARK: Survival Evolved(以下、ARK)』『VALORANT』『Apex Legends』などを採用した企画・大会に、師白ぼたん戌神ころね百鬼あやめ夜空メル癒月ちょこ白上フブキといった面々が続々と参加。かねてからストリーマーシーンに顔を出していた常闇トワラプラス・ダークネス夏色まつりホロスターズの面々にくわわるようになり、ファンたちも大きく注目していた。

 そんな“新・参加組”のなかでとびきり強い印象を残したのは、『ARK』での“ムキロゼ”ことアキ・ローゼンタールだろう。

 2020年1月から3月にかけてホロライブサーバーで初めて『ARK』をプレイしたアキ・ローゼンタール。自分のビジュアルとはまったく異なる筋骨隆々な男性アバターをほぼ全裸の状態で操り、かつてホロライブに所属していた桐生ココが「ムキロゼ」と呼んだことからその呼び名が定着した。

 長時間にわたってのプレイ、ゲーム外でも『ARK』について勉強して配信に臨むなど、順調にハマっていった彼女。真面目に『ARK』をプレイする一方で、部屋やチェストの中身を片付けられないズボラさ、極度の方向音痴ぶりをみせたりと、さまざまな魅力をみせるようになっていった。

 知識・プレイ時間を重ねていくと、『ARK』を毎日のようにプレイするガチ勢からも少しずつ注目されるようになり、最終的には視聴者向けサーバー「ムキロゼサーバー」を運営するほどに。いつしか彼女は“プレイ時間4000時間を超える『ARK』ガチ勢”となったのだ。

 そんな彼女は、2023年10月2日から12日かけて開催された『VCR ARK2』に初日から参加した。SNSでその一報が届いた時には、参加を喜ぶホロライブファンの声とともに、「どういった会話で周囲と馴染んでいくのか?」という部分にも注目が集まった。

 心配、期待、あるいはそのどちらも。そんな空気が漂うなか、柔和で優しそうな声、時折見せる茶目っ気、細かい数字感覚を無視したゴリ押しプレイ、少々過激な話題にもしっかり乗っかれる懐の深さなど、ギャップにあふれた自身の魅力を全開にして、ストリーマーたちの温度感に見事にフィットしていった。

 基本的に24時間休みなくサーバーがオープンされていた『VCR ARK2』では、8時間を優に超え、YouTubeの生配信で1枠におさまるギリギリとなる12時間すらも超えてプレイする者が何人もあらわれた。

 『VCR ARK2』は「タワーディフェンス」の要素を取り入れていたのが大きな特徴で、深夜帯に襲ってくる「恐竜ラッシュ」に耐えるために参加者全員で防衛拠点たる街を作るという内容だった(ときには朝5時や7時に小規模の恐竜レイドが起こることも)。

 そんな街のなかに居を構えていたわけだが、とあるタイミングでの「恐竜ラッシュ」で家が半壊状態に。そのため近隣に住んでいた面々と顔を合わせ、3軒が1つの大きな城を建造することになった。

 ストリーマーのととみっくす、MOTHER3rd、ぶいすぽっ!の八雲べに、橘ひなの、小森めとにじさんじエクス・アルビオラトナ・プティにじさんじの誇る“ARK廃人”である本間ひまわり。さらに『League ofLegend』元プロプレイヤー・らいじん、Zerostといった面々が、1つの城のもとに集結することに。

 さらにアキがホロライブから同じく『ARK』好きな癒月ちょこ白上フブキらを連れてきたことで、これまでのシーンでは見られなかった一大チームが結成された。

 1匹の恐竜を捕獲するために数時間以上の時間をかけたり、日々激化する恐竜ラッシュのために街の拡充・整備を進めるだけでなく、「プレイ時間4000時間」のなかで培った知識をチーム内外につたえていくことで、徐々に顔が広まっていった。

 仲良くなるにつれて冗談を言い合い、ととみっくす、MOTHER3rd、八雲べにが率先してコント芸を仕掛けたりするなど、初参加となった彼女を迎えるムードは非常に良かった。居心地の良さも相まってか、自然とアキの配信時間は毎回10時間を超え、睡眠時間を削ってプレイするのが日常になったのだ。

 『VCR ARK2』が終了したあとも、12月23日まで開催されていた『VCR GTA2』にふたたび参加したアキ。その際には、ととみっくす、MOTHER3rdらとともにギャングを結成することとなった。

 しかも、このギャングには、にじさんじぶいすぽっ!Neo-Porteななしいんく/VEEの所属タレントが偶然にも集まることとなり、注目度の高い6つの事務所が一同に揃うこととなった。

 『VCR GTA2』にはホロライブホロスターズから10人以上のタレントが参加し、ストリーマーサーバーにまつわるイベントとしては過去最多の参加人数となった。VTuber/バーチャルタレントシーンからストリーマーのファン達にもリーチするホロライブの新たな動きが、来年以降どんな反響を呼ぶのか。ぜひ注目すべきだろう。

■企画参加だけではない、コンスタントな配信で魅力を発信したタレントたち

 ここまでは、筆者が注目した大型企画における出来事を中心に振り返ってきた。

 忘れてはいけないのが、こういったさまざまな企画に参加するだけではなく、普段の配信で印象深い瞬間を生み出すこともまた重要であること。多くの目に晒されても崩れないような、自身のスタンスやテンポ感を構築しなければ、見どころある配信をつくりあげることも難しいはず。

 ゲームチョイスの基準/嗜好性、ゲーム展開に対してどのような感想を語るか、配信中のリスナーとどのような対話をするか、そういったところまで頭をめぐらせ、配信を盛り上げていく必要がある。

 その点で思い出すべき人物といえば、毎日決まった時間に欠かすことなく配信をしていたり、自身が「これぞ!」と感じたゲームを長くプレイしているタイプ……リゼ・ヘルエスタニュイ・ソシエール葉山舞鈴大空スバル兎田ぺこら周防パトラのようなバーチャルタレントだ。

 欠かすことなく決まった時間に配信をすることで、配信のテンポやリスナーの空気感をうまく作り上げ、自分がのびのびと配信できる環境を維持するタレントもいれば、ちょっとしたキッカケでとあるゲームタイトルやジャンルにハマった結果、ゲームファンから注目を集め大きな爪痕を残すタレントもいたりと、彼女らはなにかと話題に事欠かない。

 共通しているのが“わたしとゲームそのものとの対話”というスタンスをリスナーが見守る、そんな図式からあまりブレることがないところ。ある種、彼女らのスタンス・スタイルは、ゲーム実況者としての王道をゆくスタイルだといえよう。

 サーバーを通じて多人数が参加するゲームコミュニティでの盛り上がりに身を投じること、自分個人とゲームタイトルとのあいだで関係を築きながらゲームをクリアしにいくこと、同じゲーム実況や配信というくくりでありながら、それぞれまったく別ベクトルなのは言うまでもない。

 「ゲーム」という一つの分野に限っても、スタイルや向き合い方には大きな差が出る。普段見ている実況者コミュニティ、イベント、ゲームジャンルと違うところに目を向けてみるのも、きっと新鮮な気持ちになれるだろう。ぜひ読者のみなさんがオススメする、2023年の思い出深い出来事についても教えてほしい。

(文=草野虹)

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