まもなく終わりを迎える2023年。新年の到来を目前に控え、各所では1年の振り返りが盛んに行われている。

参考:【画像】2023年に生まれた名作『パラノマサイト』『ヒラヒラヒヒル』のプレイ画面

 2023年はゲームカルチャーにとってどのような1年だったのか。その質問に対し、私がアンサーを返すのならば「ADV/ノベルの躍進が目立った1年」とするだろう。

 本稿では、ADV/ノベルのジャンルから2023年を代表する2作品を紹介したうえで、2024年以降の同分野の動向を考えていく。

■小規模制作ながら「日本ゲーム大賞」優秀賞を獲得した『パラノマサイト

 ADV/ノベルのジャンルから2023年のゲームカルチャーを振り返るとき、絶対に外せないタイトルの名がある。『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』(以下、『パラノマサイト』)だ。昭和後期の東京都墨田区を舞台にしたホラーADVである同作は、2023年3月9日に発売されると、手に取ったプレイヤーから相次いで高評価を獲得。口コミでその評判を広げていった。

 2023年12月現在、Steamプラットフォーム上では「圧倒的に好評」という最高のレビューランクに分類されている。2,000件弱寄せられているユーザーレビューのうち、「不評」としているのは、たったの80件ほど。約96%にあたるユーザーが「好評」とする、名作と呼ぶにふさわしい不動の評価を手に入れている。

 ディレクター/シナリオライターを務めたのは、「探偵・癸生川凌介事件譚」シリーズ、『スクールガールストライカーズ』などの作品で要職を歴任した石山貴也氏。キャラクターデザインを「すばらしきこのせかい」シリーズ、『スクールガールストライカーズ』などの作品で知られる小林元氏が担当した。

 スクウェア・エニックスという大手のパブリッシャーから送り出されるタイトルである割には、ミニマルな体制で制作されたことを特徴とする『パラノマサイト』。1,980円と低価格であり、かつコンプリートまでにかかる時間は10~15時間ほどと、気軽にプレイしやすい内容・ボリュームでありながら、丁寧に作り込まれたことがわかる実をともなった作品像が「限られた可処分所得・可処分時間のなかで可能なかぎり良質なゲーム体験を手に入れたい」と望むユーザーのニーズに刺さり、広く受け入れられた形だ。

 『パラノマサイト』はリリース当初から、海外の著名なレビューサイト・Metacriticで100点満点中86点のメタスコアを獲得するなど、一定の注目・評価を得ていた。しかし、その後の広がりを考えると、同作にとって当時の状況は、ある意味で不当とも言える扱いだったのかもしれない。大手パブリッシャーから小規模制作の金字塔が生まれたことには、別の大きな意味もあるように思う。来年以降のゲーム業界を占ううえで、『パラノマサイト』が2023年に残した爪痕はあまりに大きいと言えるのではないだろうか。

■圧倒的な知名度はないながら、高い完成度を見せた意欲作『ヒラヒラヒヒル』

 2023年のうちにどうしても振り返っておきたいADV/ノベル。もうひとつは『ヒラヒラヒヒル』だ。『パラノマサイト』同様、現代ではなく、近代を舞台としている同作には、一度は死んだと思われた人間が蘇ると同時に発症する不治の病「風爛症」をめぐる2人の男性主人公の物語が描かれている。

 企画・シナリオを手掛けたのは、成人向けゲームの分野を中心に活動し『CARNIVAL』『SWAN SONG』などの作品で知られるシナリオライター瀬戸口廉也氏。音楽を、おなじく同分野で活動し、近年はシンガーソングライター・霜月はるか氏らとの協業で活躍の舞台を広げているコンポーザーのMANYO氏、キャラクターデザインを、辻村深月著『かがみの孤城』の装画などで一躍著名なイラストレーターとなった禅之助氏が担当した。

 こちらもまた、存在が明らかとなったときから盤石の制作布陣が一定の注目を集めてきたが、2023年11月17日に満を持して発売を迎えると、前評判以上に口コミで支持を広げ、2023年でも指折りのADV/ノベルゲームに数えられるまでとなった。

 両者に共通するのは、ユーザーに認められるまでの過程だけではない。『ヒラヒラヒヒル』もまた、2,970円という低価格、かつコンプリートまで約10時間ほどという手に取りやすいボリュームでリリースされている。しかしながら、その体験のなかにあったのは、価格やボリュームに対して良い意味で不相応な満足感だった。登場人物に関する細やかな心理描写、ストーリーの本筋以外の部分に散りばめられたメッセージ性、山場のたびに感じさせられる寂寞感、虚無感など、同作の魅力となっていた要素の例を挙げればキリがないほどだ。

 Steamプラットフォーム上では、全ユーザーレビューの99%が「好評」と評価する。(特に『パラノマサイト』と比較して)まだ全体のレビュー数が少ないという事情もあるが、「不評」としているのは、たったの2件だけである。

 5年、10年経っても振り返られるに違いない名作が2つも誕生した2023年のADV/ノベルの界隈。私自身が同分野を愛好することを差し引いても、ピックアップするにふさわしい躍進を見せたと言えるのではないだろうか。

■ジャンルを代表するブランドに牽引され、2024年以降もADV/ノベルの台頭は続くと予測

 ゲーム業界ではここ数年、技術的進歩に支えられたジャンルの台頭が目立っている。アクションRPGやFPS/TPSシューター、オープンワールド、多人数マルチなどはその一例だ。2020年には、PlayStation 5Xbox Series X/Sといった次世代機が各社からローンチされた。近年では、高性能ゲームハードとしてのPCの需要も高まりつつある。直近には、ゲーミングPCと同等の機能を持った携帯端末も数多くリリースされている。

 こうしたトレンドとは正反対の位置にあるのが、ADV/ノベルのジャンルだ。同分野は、テキストやスチル、音楽といったゲームコンテンツにおける根源的な要素を主成分としている。ハードの性能をそれほど必要とせず、対応プラットフォームの条件さえ許せば、どのような環境でもプレイしやすい点が特徴である。こうしたADV/ノベルの性質は、同分野のタイトルが複雑な開発を必要としない点ともつながっている。次世代機・ゲーミングPCの存在感が増しつつある時代に、小規模制作にルーツを持つ名作が複数誕生した背景には、このような分野の特性が影響していると考えられる。「インディー」というワードに注目が集まるかぎりには、2024年以降もADV/ノベルのジャンルの躍進が続くはずだ。

 そのような風潮を感じさせる動きは、すでに現れ始めている。2023年11月には、ビジュアルノベルのジャンルで『CLANNAD』や『planetarian ~ちいさなほしのゆめ~』『リトルバスターズ!』など、数々の人気作品を発表してきたゲームブランド・keyが、新作の恋愛ADV『アネモイ』の開発を発表。一方、もうひとつの大手ブランド・TYPE-MOONからは、ビジュアルノベル魔法使いの夜』の劇場アニメ化プロジェクトが着々と進行している。前者は、2022年2月にサービス開始となったモバイル向けアドベンチャーRPG『ヘブンバーンズレッド』の好評も記憶に新しい。後者もまた同年に、PCのみでリリースされていた『魔法使いの夜』をフルボイス・フルHD化し、PlayStation 4Nintendo Switchへと移植。去る2023年12月14日には、Steamにも対応させている。

 『アネモイ』『魔法使いの夜』はともに「小規模制作」「ロープライス」という条件には該当しないが、両タイトルとその周辺で起こる動きに牽引され、ADV/ノベルの界隈が盛り上がることで、同分野への注目度は高まるはずだ。マーケットそのものが大きくなれば、ユーザーを満足させるタイトルが多く生まれる土壌も整っていくだろう。

 ひとりのファンとして、「2024年以降も『パラノマサイト』『ヒラヒラヒヒル』に匹敵するタイトルをプレイできる可能性がある」ということがこのうえなくうれしい。同じような感情を抱えているプレイヤーも少なからずいるのではないだろうか。

 そして、2023年に生まれた両作がファンの口コミや、SNS・販売プラットフォーム上のレビュー、こうしたメディアの記事を通じて、さらに多くのプレイヤーへと広がっていってほしいとも思う。「気になりつつも、まだプレイしていない」という人がいたら、ぜひ年末年始のゆったりとした時間に『パラノマサイト』『ヒラヒラヒヒル』を手に取ってみてほしい。

 各プラットフォームでは2024年1月5日までの期間、『パラノマサイト』は30%オフの1,386円(My Nintendo Store/Steam)、『ヒラヒラヒヒル』は10%オフの2,673円(Steam)で販売されている。

(文=結木千尋)

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