日本年金機構が提示している元会社員の夫と専業主婦の妻が受給する年金額のモデルケースでは、月に22万円とされています。これに退職金が加わることで、老後の暮らしは安泰、と安心する夫婦も多いようですが……。本記事では、Eさんの事例とともに、老後のマネープランの注意点についてFPの牧元拓也氏が解説します。

あれ、貯金がどんどん減っている…

70歳のEさんは、65歳で定年退職したあと、同級生の妻と2人で年金暮らしをしています。Eさんは現役時代に印刷会社の営業マンとして働き、妻は専業主婦。2人の息子は独立し、すでにそれぞれ自身の家庭を持っています。

老齢年金は2人合わせて22万円です。日本年金機構では年金額(67歳以下の場合)の一例を毎年公開しており、これによると令和5年度、国民年金が満額支給だった場合に受給できる年金額は月に6万6,250円となっています。平均的収入で40年間就業した夫と、20歳から専業主婦の妻という夫婦が65歳から受給できる年金額の目安は、22万4,482円です。つまりEさん夫婦の年金額は決して多いというわけではありませんが、退職金2,000万円とコツコツ貯めてきた預貯金2,000万円があったため、特段お金の心配はせずに生活を送っていました。

Eさんは、70歳の奥様の誕生日になにかプレゼントをしようと考えていました。ふと預金通帳を見ると、退職された5年前には4,000万円あった貯金が、3,000万円ほどに減っていることに気づきました。1年で200万円、月に16万円ずつ減っている計算です。年金の支給は年間約260万円、月約22万円なので、月に38万円の支出が発生していることになります。つまり、このままの生活を続けると、10年後の80歳で資金が底を尽きるのです。

もし病気や介護でいまよりもっとお金が必要になったらどうしようと、Eさんは一気に不安になり、妻に「お金が足りなくなるかもしれない」と相談しました。2人で困惑し、古希のお祝いどころではなくなってしまいました。

生命保険文化センターによると、65歳以上の無職世帯の最低日常生活費は平均23万2,000円、ゆとりある老後の生活費は平均37万9,000円と、年金支給額の平均である21万3,000円を上回ります。Eさん夫婦のケースも決して珍しくありません。気づかないうちにお金がなくなり、老後破産にならないために、理由と対策を考えてみましょう。  

退職金で気が大きくなる元サラリーマンたち

会社からの給料と比べて年金額が減っても、何十年も続けてきた生活水準を下げるのはなかなか難しいものです。昔から浪費癖がある方は、無意識のうちに無駄遣いをしてしまっているのではないでしょうか。

また、高級店での外食やブランド物の衣服など、高級志向の方は特に生活水準を下げるのが心のブレーキがかかりやすいでしょう。老後のゆとりある生活のための上乗せ額を使う理由として、日常生活の充実が旅行やレジャーに次いで多くなっています。また、日々の時間にゆとりができ、退職金という大金が入ったことで気が大きくなり、いままでより外食の回数が増えたり、趣味のゴルフに使うお金が増えたりすることで、実際には生活水準が上がってしまうこともあります。

Eさん夫婦は高級志向ではありませんが、旅行の回数が増えたり、孫や子供にねだられるとケチだと思われるのが嫌で、なんでも買ってあげてしまうなど、いわゆる「見栄消費」が大きくなってしまっていました。ただ、使い過ぎという感覚はなかったのですが、気づかぬ間に収入の2倍弱のお金を使ってしまっていたのです。

インフレという老後破産への追い風

生活水準を変えられないことにダブルパンチとなるのがインフレ(物価上昇)です。生活水準を変えていなくても、物の値段が上がることでおのずと生活費は増えていきます。

2023年の物価上昇率は2%を超える見通しです。Eさん夫婦は、資産をすべて預貯金に預けているため、普通預金の金利年0.001%分しか増やせていないどころか、物価上昇のほうが大きく、預金の価値は目減りしてしまっています。物価動向によって年金の支給額は毎年調整されていますが、増額は現役世代の負担増につながるため、あまり期待はできません。

豊かなセカンドライフを送るには

長年働いてきて、ようやく訪れたセカンドライフは自分が好きなことに時間を使って自由に楽しみたいですよね。生活水準を下げて細々と生きるのも嫌ですが、これくらい大丈夫だろうと思い、どんぶり勘定でなにも気にせずにお金を使い、足りなくなってどうしようもなくなったあとに後悔するのは避けたいところです。

お金の入り口と出口を把握することは、どの年代においても大切ですが、今後の収入増加は見込めないセカンドライフ層においては重要です。特に最近は決済のほとんどがキャッシュレス化によって、なににいくら使っているかが見えにくくなり、お金を使う感覚が希薄になりがちです。

Eさん夫婦は、お金の目減りを減らすために無駄な支出を減らし、週3日近所の飲食店で働き、預貯金の一部を運用に回しながら取り崩していくことにしました。75歳まで月10万円の収入と預貯金1,500万円を投資信託に充て、75歳以降は運用しながら取り崩すと、資金寿命は約10年延びる計算になります。これにより、最多死亡年齢(男性が88歳、女性が92歳)までの見通しを持つことができました。

老後の生活を不安なく安心して過ごすために、現状の把握と必要な対策を考えてみてはいかがでしょうか。  

牧元 拓也

ファイナンシャルプランナー

株式会社日本金融教育センター

(※写真はイメージです/PIXTA)