明けましておめでとうございます。昨年暮れに一足早い〝新春対談〟として、本郷和人・東京大学史料編纂所教授と、イラストレーター・コラムニストでもある辛酸なめ子さんを株式会社共同通信社に招き、「どうなる日本の運気」をテーマに語ってもらいました(司会は編集制作部長の高橋裕哉)。

本郷 なめ子さんはお正月お節料理を食べますか。

辛酸 はい。お節料理にはいろいろな意味がありますよね。エビだったら、腰が曲がるまで長寿とか。

本郷 黒豆でまめまめしく働くとか。

辛酸 椎茸は陣笠だとか。かまぼこも何かありましたよね。日の出だったかな。

本郷 子どもの頃、お節料理を前に母親からいろいろ講釈を聞かされました。

辛酸 最近のお節料理は作らずに買う人が多いようですが、結構高いのに買うのはお正月に食べないと何か悪いことが起きるような気持ちがあるからでしょうか。

本郷 そういう訳でもないでしょうけど、年を取ってくるとお節料理はおいしいですよね。和食はやはりうまいなと。僕の地元では筑前煮を「がめ煮」というんですね。がめ煮を母親がいっぱい作って、温めればすぐ食べられるようになっている。お節料理が少なくなってくると、がめ煮が出てくるという。懐かしいなあ。

辛酸 年越しそばも病気にならないようにとか。そういう食の風習というのは、かなり昔からあるんでしょうか。

本郷 お節料理は節会の「節」なので、朝廷発でしょうね。やはり文化って、朝廷から出ている。天皇の力がパワーダウンしたのは江戸時代だと思うんですが、それでも天皇が存在し続けたのは文化の力じゃないかと僕は思っています。

辛酸 だから、武家も貴族に憧れていた。

本郷 外国もそうかもしれないけど、日本人って平和になると儀式が好きになる。戦乱の世の中だと儀式なんて何の得になるって話だけど、平安も江戸時代にも武士の儀式があるんです。貴族の儀式はイメージできるけど、その頃から武士も宮廷儀式が好きなんですよ。江戸城内における儀式とか、もちろん流鏑馬(やぶさめ)とかもある。浅野内匠頭の事件だって、結局は儀式がきっかけですもんね。吉良上野介は、「どうして何回教えてもわからないの」だし、浅野内匠頭にしてみれば、儀式のやり方がよく分からなくて、短気だから切りかかっちゃった。

辛酸 その赤穂浪士ですが、いま神様みたいに祀られていますよね。不思議な世界に詳しい方に聞いたら、毎日いろんな人がお参りにきて、願いごとをされるのが本当につらいって言っているらしいです。

本郷 赤穂浪士が! それはすごい(笑) 今の話は、赤穂浪士全員まとめて神様ということじゃなくて、一人一人が祀られているということ?

辛酸 全員を祀っている神社が品川区にあるんですが、それぞれが祀られている祭壇のある場所が何カ所かあるみたいです。

本郷 乃木坂46の誰を推すか、みたいな話ですね。

辛酸 この人は自分と故郷が一緒だとか、先祖が近いとか、有名だからとか、そういう理由でお参りするみたいですね。

本郷 その人が「俺は神様として祀られるだけの格がないから、あんまりやらないで」っていうのは、面白いなあ(笑)。

辛酸 もともと人間だし、亡くなってからあまり時間がたっていないから、そこまで人の願いをかなえられない。

本郷 ちょっとまだ力不足だと?

辛酸 そうです、そうです。

本郷 ノンフィクション作家の工藤美代子さんが〝見える人〟なんです。あの方がおっしゃるには、吉田松陰だとか、乃木神社の乃木(希典)さんだとか、東郷(平八郎)さんだとか、そういう若い神様は力が強いらしいですよ。

辛酸 えーっ、そうなんですか!

本郷 だからお化けが嫌いな人は、東郷神社とか乃木神社とか松陰神社とかの近くに住むといいらしい。

辛酸 将門様も霊験あるらしいですよ。将門塚も人が絶えないですし。

本郷 あの人は古いけど(笑)。メチャクチャ強力らしいですよね。将門の場合、祟るのはよく聞くけど、供養をしたり、お供えをしたりして、虚心坦懐に拝むといいことがあるんですかね?

辛酸 あるんだと思いますよ。勝負運だとか。私の友人の将門好きも惹かれるものがあって、地方の将門神社を巡っていたら、将門塚に近い大手町・丸の内で働けるようになりました。呼んでもらったと言ってましたね。

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司会 お城にもパワースポットはありますか?

辛酸 お城は合戦のエネルギーというか。姫路城パワースポットかも。

本郷 あそこは天守閣に刑部姫というのがいて、守ってくれているらしい。

辛酸 今もいらっしゃるんですか。

本郷 太平洋戦争の時までは、いたらしい。太平洋戦争ナパーム弾が落ちたけれど、刑部姫のご加護で爆発しなかったと。もし爆発していたら姫路城は火の海になっていたという、そういう話がありますね。

辛酸 それはすごいですね。

司会 新春に行きたいご利益のある神社は?

辛酸 新春だからこそ近所の氏神様をお参りするのがいいと思います。伊勢神宮にいきなり行くより、氏神様をまずお参りしないと気分を損ねますよといわれています。

本郷 じゃあ、氏神様に行って、一般参賀に行って、遠出するとか。やっぱり伊勢神宮はいいですか?

辛酸 そうですね。伊勢神宮の本体もいいですけど、近くにある伊勢神宮系列の別の神社は空いているし、すごく気がいい。人が多いとやっぱり空気がザワザワしちゃうから。近隣の神社にもいいところがいっぱいありますね。

本郷 やっぱり神様が福を授けてくれるのも、たくさんいると一人分が少なくなっちゃうんですかね。

辛酸 そんな気がしますよね。もちろん神様なので、皆さんに目を向けてくださると思うんですけど、人が少ないほうがいいのかなと思いますよね。

本郷 なるほど。あまり人がいっぱいいるところは避けて。

辛酸 神社好きの人が言うには、神社で自分がお参りする時に幕がフワっと浮き上がったりすると、神様がちゃんと願いを聞いてくださっているとか、蝶が飛んできたらいいメッセージだとか。いろいろあるんですが、神社に行ったときの周りの現象、珍しい動物だったり、鳥だったりとか、歓迎されているサインというのがあるかないかを気にする人も結構多いです。

本郷 じゃあ、気合を入れて初詣に行かないと。

辛酸 東京・丸の内あたりは歩いているだけで運気が上がりそうです。昔の古地図を見ていると、各地の大名屋敷があった場所じゃないですか。金運・財運が上がりそうな感じがする。

本郷 東大の本郷キャンパスは加賀藩の上屋敷でしたから、いるだけで運気上がりますかね(笑)。

辛酸 当時の大名って、今のちょっとした社長以上にすごい財力ですよね。今の金額に換算すると、1万石でだいたい10億円になるそうですね。

本郷 大名の暮らしはぜいたくですが、皆さん、若死にしてますね。だから養子がすごく多い。長生きできないというのが一つと、子どもがいないんです。屋敷から一歩も出ない育ち方をしていると、やはりひ弱になるんでしょうね。大名になっても国元と江戸の往復でしょ。徳川家康みたいに年とっても水泳と乗馬を欠かさないとか、そういう人はあまりいないみたいですよ。

辛酸 江戸と国元を行ったり来たりで体力にも負担がかかったのかもしれませんね。

本郷 きっと疲れたんだろうなあ。僕たちの頭蓋骨って、将来的にどんどん細くなるらしいのね、顎とかが細くなって。まさに徳川将軍家がそうなんですよ。徳川将軍家の頭蓋骨を調べたら、最初のうちは硬いものを噛み砕けるような顎をしているんです。その四角い顔がだんだんうりざね顔になっていくんですよ。

辛酸 顎といえば、ケネディ家も顎がしっかりしています。歴史に名を残すカリスマ的な一族というのは、やはり顎がしっかりしているんでしょうか。

本郷 意志の力で、奥歯をグッと噛みしめて生きているからかなあ。

辛酸 ジョン・F・ケネディも、若い頃に船の事故で海に流されそうになった時、ロープを歯でくわえて生き残ったそうです。その時も顎が活躍したとか。徳川家の顎がシュッとしたというのは、だんだん公家に近い感じになったということでしょうか。

本郷 やはり食べ物のせいでしょうね。あまり硬いものを食べないでしょうから。

辛酸 高貴な、やんごとなき人は食べ物もやわらかいものばかりで。

本郷 やわらかいものが多いでしょうね。


◆八百万の神様

司会 徳川将軍家や大名家は、松をテーマにした能の「高砂」を好んできましたね。

本郷 武家は松が好きなんですよ。常緑樹でいつも栄えているから。公家は桜ですね。潔く散るから桜は武士道っていわれますけど、あれは違います。桜はやっぱり貴族ですよね。

辛酸 能舞台に描かれている松も、おめでたさだったり、武家社会を象徴しているんでしょうか。

本郷 武家的なめでたさはあるかもしれません。桜との対比は面白いですよね。令和っていう元号は、梅から来ているわけでしょ。やっぱり、松竹梅でいいのかもしれない。おめでたい。

辛酸 でも、令和になった途端にいろんな災害が起きまくっている感じがするんですけど。陰陽師があまり活躍しなくなったからでしょうか。

本郷 コロナなんかは世界的なものだから、日本のせいじゃないですよね。

辛酸 猛暑や水害も・・・。でも、昔からそんな時代をいっぱい経てきたわけですよね。疫病と天変地異の時代を。

本郷 いま少子化といわれて、実際大変ですけれど、日本の人口って昔はそんなにいなかったわけで。例えば明治を迎えたときには3千万人しかいなかった。視点を変えるとね、それなりに頑張っていけばいいのかなという気がする。GDPが10位ぐらいになったとしても、品質は高いよっていう。そういう国でも悪くはないですよね。

辛酸 ラグジュアリーな雰囲気の国を目指して。

本郷 1500年代ぐらいに日本にやって来た宣教師が、こんなに道徳が発達した国はないって驚いたという。皆が盗みを働かない、お天道様に恥ずかしい行為はしないというのが、宣教師のレポートにあるわけです。だから昔からすごく道徳心のある国民であると。逆にいうと、神様、仏様をあまり信用していないということで、本当の信仰がそこにはない。

辛酸 八百万(やおよろず)の神様を信仰している?

本郷 八百万の神様への信仰心には、一神教の神様を信仰する厳しさがないですよね。一神教の神様は、なんか間違ったことも言うじゃないですか。その間違ったことにも従わないといけないわけですよね。日本の神様は間違ったことを言うと、隣で「おい、それちょっと間違っているじゃない」って、他の神様が仲裁をしてくださる。その意味では、二進法のコンピューターなんてものは日本では生まれないのかなって思います。皆で助け合っていく国で、GDPは落ちちゃうかもしれないけど、それはそれでいいんじゃないかなあ。

辛酸 旧暦だった頃まで人口が少なくて、明治時代に暦が変わってからいきなり人口が増えたっていう説もあるみたいですけど。

本郷 やはり戦いが起きなくなったからでしょうね。江戸時代までは人口は全然増えなかったんですよ。江戸時代になって戦いが一応収束して、平和な毎日になり、それから、悪いことをしたら捕まる時代になったんですね。だから毎日安心して暮らせる。そうなったら人間って、じゃあ子どもでも作るかって話になるのかな。ただ、江戸の社会では、子どもの抵抗力がなくて、沢山死んじゃうんですよね。麻疹が子どもの命を奪っていたみたいです。江戸の墓地には子どもの骨がものすごく多いんだそうです。青山とか赤坂とかの辺りに集中的に大きなビルが建った時に、必ず簡易的な発掘をやるんですね。僕が大学生の頃だから40年前ぐらい。僕の友達もずいぶんアルバイトで発掘現場に行っていました。そこで出てくる骨に特徴が二つあるんですよ。子どもの骨が多いのと、梅毒にかかっている人が多いということ。梅毒だと骨が黒ずんでいるから一発で分かるそうです。

辛酸 新春対談なのにすごい話題ですね。骨が黒ずむって!

本郷 江戸は男社会なんで、そういうのが流行っちゃったんでしょうね。現代では梅毒も治りますけどね。

辛酸 だから験担ぎじゃないですけど、子どもの七五三だったりで、なんとか長生きしてもらおうと。

本郷 七五三は、女の子だったら3歳、7歳、男の子だと5歳まで健やかに育ってくれたっていうお祝い。子どもの成長を神に感謝するという儀式ですよね。今はもう、3歳や5歳や7歳って、子どもはそう簡単には亡くならないからいい時代です。

辛酸 そうやって考えると、今生きている私たちは生き延びてきた先祖の子孫であるということですね。

【写真3】

◆いじめは昔からあった

司会 NHK大河ドラマ「どうする家康」が終わり、次の舞台は平安時代ですね。

本郷 そうです。女性が活躍してイキイキと輝ける時代というのは、戦争をやっていちゃダメなんですよね。紫式部平安時代ですからね。平安は一応争いのない時代です。

辛酸 女官同士の争いとかは。

本郷 それはもちろんありますね。紫式部が書いていますけど、一条天皇の奥さんの定子さんと彰子さんの陣営があって、要はサロンが違うわけ。紫式部藤原道長に呼ばれて、彰子さんのサロンに入ったわけですね。その紫式部が書いているのは、清少納言のいる定子さんのサロンはとても明るくて、いつも笑顔が絶えない。ところが私たちのほうはどうも陰気だと。すると一条天皇はやはり明るいほうに行っちゃうんですよ。暗いほうに来てくれない。だから、私たちも明るくやろうよ、という感じのことを紫式部が言っている。それこそ文化の力。文化の力が政治と結びついていたんですね。陰険ないじめとか、女官同士の悪口とか言い合いとか、いじめは昔からあったみたいですけど。

辛酸 今と変わらないのが分かって面白いですね。紫式部も意地悪な人だったんでしょうか。

本郷 紫式部はあんなすごい小説を書けるわけですから。人間の本質をじーっと見つめているような人ですからね。まあ、怖いでしょうね。震え上がるような怖さを持っている人じゃないかな。

辛酸 紫式部源氏物語で世の中の人を恋愛で堕落させたから、地獄に行ったという説がありますよね。それでその後、何年も忘れられていたとか。

本郷 小野篁という人のお墓と紫式部のお墓が隣り合っているんです。紫式部は性的なことばっかり書いて地獄に落ちて、小野篁が閻魔様にとりなしたっていうのがあって、それで2人のお墓が隣り合っている。

辛酸 日本人は一回持ち上げて落とすみたいなことが結構昔からあったようですが、名を成した人も死んだ後に地獄に落ちたらしいといわれている例が結構ありますよね。

◆女性の扱いは結構重かった

本郷 小野篁の親戚にあたるのが小野小町小野小町もすごい美人だっていわれて、上げて落とされますもんね。争いがなくて平和な世の中だからこそ恋愛も楽しめる。例えば、源典侍という女性がいて、光源氏が17歳ぐらいの時に恋愛関係になるんですけど、そのとき彼女は57、8歳なんですよ。

辛酸 当時の57、8歳って結構なおばあさん呼ばわりされるのでは。今の50代だとすごくきれいですけど、当時そこまで美容や医療の技術はないですし。

本郷 紫式部の時代だと平均寿命が40歳ぐらい。だからとんでもないですよね。

辛酸 サザエさんのフネさんが40代というのも驚きですが。

本郷 サザエさんといえば、いま考えるとマスオさんの在り方って、将来を見据えていたんですね。婿取り婚ですよ。平安時代は、男性が女性のところに通う、いわゆる婿取り婚じゃないですか。平塚らいてうと一緒に女性解放運動の先頭に立った高群逸枝という人がいて、「招婿婚の研究」というのを書いています。不思議なのが、お祖母ちゃんからお母さんへ、お母さんから娘へと繋がっているはずなのに、残っている系図はみんな男だけ。あれはなんでなんだろうって。天皇家にしても、藤原北家にしても。もう女性活躍の時代なんですから、女性系図を作るといいかもしれないですね。

辛酸 女性の扱いが軽かったんでしょうか。

本郷 もともと女性の扱いは結構重いんです。それが江戸時代からこっち、儒学の影響なんじゃないかなあ。それまでは女性に対して必ず一定の配慮をしています。武士の家でも遺産相続するときに、必ず娘には遺産を与えているんですよ。

 武士はお嫁さんをもらうじゃないですか。すると家と家との関係、繋がりになるから、お嫁さんの実家とのご縁をものすごく大切にするんですよ。で、武士なので戦いがあって、お嫁さんの実家がその当事者になったりすると、「これは負けるな」とわかっていても、そちらを味方しないと武士としてその先生きていけないわけです。だから、死ぬとわかっていても嫁さんの実家の味方をする。

辛酸 映画『レジェンドバタフライ』にそんな描写がありましたね。

本郷 あの映画では、濃姫は信長が忘れられず、ずっと一途に思っていた、みたいな描写があったけど、誰かほかの男と結婚すればいいじゃないと僕は思うんですよね。男ばっかり何人も女性がいるというのはずるいわけで、女性も同じでいいと思う。

辛酸 逆はあまり聞かないですね。

本郷 当時の女性はバイタリティーがあるから、この男はダメだと思ったら、違う人と結婚すればいいじゃないですか。

辛酸 武家も離婚は多かったんですか?

本郷 割とあったかもしれませんね。

辛酸 江戸時代には、不倫をしたら石を投げられるとか、そういうのがあった?

本郷 そうでもない。武家以外の庶民は不倫を楽しんでいて、75万円なんですよ。

辛酸 罰金がですか?

本郷 そう、罰金です。「間男七両二分」っていう言葉があったんです。江戸の町というのは、関東の近隣から食い詰めた男がいっぱい入ってくるわけですよ。長男は親から田畑を譲り受けるけれど、次男、三男は田畑をもらえない。そういう奴が仕事を求めて江戸の町に出てくる。だから、江戸には男性がいっぱいいて、女性が少なかったんです。結婚できる人は、恵まれていたんですね。そうすると女性のほうが男性を選ぶことができたわけで、それが間男七両二分となったわけです。

辛酸 では、間男とそういうことになっても、夫は我慢する?

本郷 75万円で我慢するわけです(笑)。中にはすごく裕福な人がいて、女性と通じ合っている。そうすると間抜けな旦那に最初に75万円を提示して、「はい、これ罰金ね」と。で、女房と一緒に遊びに行っちゃう。そういうことがあったみたいです。面白いですよね。

辛酸 もしかしたら現代よりも自由かもしれない。

本郷 自由かもしれないです。逆にいうと、江戸の庶民には守らなくてはいけない法律がない。当時は慣習法なんですね。間男七両二分というのも慣習法だし、十両盗めば首が飛ぶ、というのもありました。どこまで本当かわかりませんが、盗みについても法はないんですよ。

■摩訶不思議な力

司会 開運に話を戻しますが、吉兆占いが最も重視されたのは武士の時代でしょうか?

本郷 その頃の占いというのは情報だったのかもしれませんね。情報という形でとらえ直すことが必要かもしれない。占いとバカにするんじゃなくて、情報としてどう位置づけるか。

辛酸 陰陽道は?

本郷 陰陽道の大切さというのは、なかなか見えてこない。安倍晴明という人も、どこの出身なのかも分からない。でも、仏教でも、お坊さんで朝廷にすごく信頼されているのは、雨を降らせる力を持っている人なんですよ。要するに呪術。密教が持っている呪術。

辛酸 じゃあ、空海が最強なんですか?

本郷 最強かもしれないですね。雨を降らせたり、止ませたり、っていうようなことをやっている人は、貴族出身じゃなくてもすごく高いところに行けるんですよね。

辛酸 やはり農作物が重要ですから。

本郷 そうですね。いま島田裕巳先生と一緒に本を作っているんですけど、僕が合理的なことばかり言うと、島田先生はそれではダメだと。要するに仏教というのは摩訶不思議な力、それ込みで考えないとダメだっていうことを言われていて。

辛酸 空海と最澄の違いという話があったと思うんですけど。

本郷 簡単にいうと、最澄は一歩一歩勉強して上がっていくと最後に素晴らしい悟りが待っている、仏になれる、ということを言うわけです。空海は、ぴょーん、ぴょーんと跳んでいく。その方法を私が教えてあげよう、というわけですね。

辛酸 阿字観とかで。

本郷 そうですね。阿字観もそうだし、呪術的なパワー、摩訶不思議な力で悟るということです。僕らはやっぱり合理的な思想のもとで考えちゃうから、空海の言うことは胡散臭いなって思っちゃうんだけど、当時の貴族がどっちに飛びついたかというと、空海なんですよね。最澄も密教を学び直さないといけないから、空海にお経を貸してもらった。空海もどうぞといってどんどんお経を貸してあげた。最澄は勉強熱心だから、また貸して、次も貸して、その次も貸して、とやっていたら、とうとう空海がブチ切れた。

辛酸 途中まで貸してあげてたんですね。貸していない説もあって。

本郷 貸してあげていたけど、あんまり度重なったんで、空海がブチ切れた。遣唐使で船に乗るじゃないですか。そうすると一人に畳一畳分のスペースが割り当てられるんです。その自分が寝る場所以外のスペースにお経を積み上げて持ち帰った。だから、お経をいっぱい持って帰ろうと思ったら、立って寝るぐらいの感じになるんですよ。大変な思いをして持ってきたお経をどうして持って行くんだよ、って空海がキレたわけ。空海の言っていることは正しいんです。ケチなわけじゃないんです。

辛酸 空海は遣唐使に行く前に特別な術で見たものを瞬時に記憶できる「虚空蔵求聞持法」を習得したので、お経を持ち帰らなくても覚えられたとか。

本郷 空海は言語的な天才なんですね。彼は中国語もできたけど、サンスクリット語もできたらしい。だから恵果っていう中国のお師匠さんに気に入られて、「お前が俺の跡継ぎだ」みたいな形になった。空海っていう人はすごいですよね。

辛酸 ヨガも取り入れたっていう説がありますよね。

本郷 これは島田先生に指摘されてなるほどと思ったんですが、よく空海は自然の中で修業した、みたいな話があるじゃないですか。でも、空海の書いている字は、勉強した人じゃないと書けないんですって。ちゃんと勉強してきて初めて到達できる字なんですって。だから、空海はおそらく自然の中で修業したんじゃない。机に座って修行していた。そういう人だろうって。知識人であり、語学能力に非常に優れていて、メチャクチャ頭のいい人だったんでしょうね。

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