先祖代々受け継いだ土地や建物などの資産で、何もしなくても家賃収入を得て楽に暮らしている、と世間からは思われがちな「地主」たち。しかし、先祖や家族から受け継いできた大切な土地だからこそ、その対処に苦慮するケースもあります。地主専門の資産防衛コンサルタント業に従事する松本隆宏氏の著書『地主の真実』より、令和時代の地主たちが抱える深刻な問題を、具体的な事例をもとに見ていきましょう。

【家族構成】

星野 紘子(50代、居酒屋経営者)、治郎(紘子の夫※逝去)、星野 毅(義理の叔父)、初美(毅の娘)

※すべて仮名

【あらすじ】

星野 紘子さんは夫の治郎さんが亡くなった後も、先々代が建てた駅前の商業ビルの地下に入っている居酒屋を引き続き経営していた。その商業ビルの2階には、義理の叔父・毅さんが経営する喫茶店が入っていた。しかし、ビルの税金やメンテナンスコストが高く、手元にお金が残らない状況に、「この先どうなっちゃうんだろう」と嘆く紘子さん。将来を案じた彼女が講じた策とは……

メンテナンスコストのかかるビルを「維持する」大変さ

駅前のビルは、2階で喫茶店を経営していた毅さん、地下で居酒屋を営む紘子さんとで半分ずつ共同所有していた。

買主が購入された後のことを考えて、構造は大丈夫か、メンテナンス費用を算出しながら、売却に向けて戦略を練っていた。

ビルの隣に、同じ外壁の同じようなビルがある。まるで1つのビルのように見えるが別の建物だ。屋上に上がると、別の建物であることがわかる。

隣のビルと同時期に建てたことによって、建ぺい率や容積率が緩和されていた。かつては大手が普通にやっていたことだ。これを建て替えると、今あるものより物理的にだいぶ小さな建物になってしまう。

そういった事情を考慮すると、建て替えという選択肢はなかった。

ビルを持ち続けた場合、今後どの程度の費用がかかるのかも算出した。

持ち続けるのが悪いわけではない。しかし、出ていくものはどんどん出ていく。それを理解したうえでなければ、持ち続ける決断も、売却する決断も難しいだろう。

古いビルはメンテナンスにコストがかかる。その2年ほど前から、毎月というほど頻繁に何かしら修繕をしていた。

家賃収入は入ってはくるが、同時に出費も多かった。

最後の貯水槽の修繕交換には1,000万円はかかる、と言われていた。

愛着のある居酒屋の閉店を決断する

その頃、紘子さんはビルの地下でまだ居酒屋を営業していた。

「41年間営業していたので、皆さん、あ、あそこ居酒屋さん、そういえば行ったことあるとか、階段下りて、なんか居酒屋さんあったよね、って。結構そう言ってくださる方が多いんですよ」と紘子さんは言う。

しかし、令和3年10月、紘子さんは愛着のある居酒屋を閉める決断をした。

コロナ禍の打撃もあった。繁忙期と閑散期の差があり、これから年齢的に対応できるのかという不安、長くいる従業員の将来など総合的に考えた結果だった。

「このまま続けていてもいつかはこのビルを出るときが来る、ということで、タイミングを見て、お店を閉めると決めました」

コンビニテナントの入居前日に、叔父が逝去…

別の店舗が入居していた頃から、「社長、ここの1階のテナントさんが出ることがあったら、ぜひ声かけてください」と大手コンビニチェーンからオファーがあり、紘子さんが閉店の準備を始めた際、その話が決まり、コンビニが入居することになった。

叔父の毅さんは大いに喜んでいた。しかし、コンビニが開店する前日に毅さんは倒れて入院、そのまま亡くなった。

叔父さんの所有分は、そのまま娘の初美さんが引き継いだ。

駅前ビルは紘子さんと初美さんが半分ずつ所有することになった。

老朽化が進み、大きな費用がかかる大規模な修繕が必要になってきた。2人は話し合い、ビルを売ってもいい、と決断した。

「お会いして、1~2年かけていろいろな話をしまして、私もあちらも、この先、子どもたちにまた同じような思いをさせるのは嫌なので、ここで終わりにしたいですね、という話になりました」(紘子さん)

ビルは入っているテナントによって、売却価格も違ってくる。いいテナントが入ったことで、ビルの価値は上がった。不動産市場も伸びてきていて売却には絶好のタイミングだった。

先祖や家族から受け継いできた不動産を売るには、それだけの理由がある

駅前ビルを売却できたのは、令和4年の8月。売却のタイミングは、数年の時間をかけて、ていねいに見極めた。不動産価格は時期によって変わるが、流れを注意して見ていれば、おおよそは読める。

個人が買える規模ではないが、場所がよいので、不動産業者が手を上げてくれた。結果、読みよりも、かなり上振れした価格で売却できた。

高く売れれば、次のステップも変わってくる。この売却の成功は、亡くなった人たちが応援してくださったのではないか、と紘子さんとも話したことがある。

先祖や家族から受け継いできた不動産は、売るには売る理由がある。売ると決めた以上、より高く売れる可能性を追求することが大切だ。

松本 隆宏

ライフマネジメント株式会社

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)