ホンダは2021シーズンで、1991年にアイルトン・セナをドライバーに擁して優勝して以来30年ぶりの栄冠を手にしたのを「有終の美」として、F1から撤退していた
ホンダは2021シーズンで、1991年にアイルトン・セナをドライバーに擁して優勝して以来30年ぶりの栄冠を手にしたのを「有終の美」として、F1から撤退していた

F1がブームだ。9月に行われた日本GPの入場者数は3日間で22万人を超えた。これは過去15年での最高記録になる。90年代の大ブームの頃の35万人にはまだ届かないが、この数字は、1987年中嶋悟が日本人として初めてF1のフルタイムドライバーとして参戦したあのブームの始まりの年の観客数と同じ人数だ。

【写真】ホンダの優勝エンジン

実はF1は日本以上に、アメリカで巨大なブームを生んでいる。アメリカはもともとF1不毛の土地と言われてきた。インディ500のように単純なオーバルコースをひたすら速く走るレースの方が人気で、シフトダウンとシフトアップを繰り返し、ドライビングテクニックを競うF1のようなスポーツはそれまで不人気だった。

ところが、アメリカでF1のテレビ中継を行うESPNによれば、2022年の1レース平均の視聴者数は121万人と過去最高を記録している。特に若い視聴者層が前年比4割増と急増しているのが特徴だ。さらに、テレビではなく動画配信で視聴する層がこの数字に加わるので、実態は「さらにアツい」のは間違いない。

■EV導入がホンダ復帰の契機に

それにしても脱炭素がうたわれるこの時代に、なぜF1がここまでアツくなっているのか?大きな流れとして理由がふたつある。そのうちのひとつが、自動車メーカー各社が再びF1参戦を始めていることだ。脱炭素を理由にF1を撤退したホンダが、2026年から復帰するのがその象徴的なニュースだろう。

実はホンダだけではない。フォードアウディ2026年にF1に参戦する。自動車メーカーがF1に参戦する理由は、F1がメーカーにとって最高のR&D(技術開発)の場になるからだ。F1チームへエンジンを供給してその要求に応えていくには、年間数百億円の費用がかかる。ホンダが参入と撤退を繰り返してきたのは、脱炭素もそうだが、実際にはカネが続かなくなるという事情も大きい。

そのエンジンに関して3つのレギュレーション変更が起きる。これが各メーカーがF1に戻るきっかけになった。ひとつは本格的にEVを取り入れたレースになること。イメージとしては一台の車がレースの半分をEV技術で、半分を内燃機関エンジンの技術で走るルールになる。ふたつめに、燃料はガソリンではなく脱炭素の合成燃料に変わる。

2021年シーズン優勝時のホンダのパワーユニット「RA619H」。エンジンとエネルギー回生システムとの組み合わせによるマシンの動力だ
2021年シーズン優勝時のホンダのパワーユニット「RA619H」。エンジンとエネルギー回生システムとの組み合わせによるマシンの動力だ

F1参戦を通じてメーカーは、EVと合成燃料、どちらにおいても市販車をはるかに超える世界最高峰の燃費性能を生み出す技術を開発していく。このふたつのルール変更はメーカーからすれば、F1に復帰するだけの十分なインセンティブとなるのだ。

さらに3つめのレギュレーション変更点として、エンジンの開発コストに対して年間約190億円の上限キャップが定められた。ホンダの最盛期のF1投資に比べれば、数分の1の予算でF1に参入できる。

F1の日本GPが最悪の時代を迎えていたのが2019年で、この年の観客動員数はわずか12万人。理由は上位3つのチームのエンジンが突出してしまい、この3チーム以外は表彰台に上がれないことにあった。最初から結果が見えているレースほどつまらないものはない。それと比較すれば参戦するメーカー数が多くなる2026年以降は、F1がさらに面白くなることは間違いない。

自動車メーカーの相次ぐ参戦がF1人気復活のひとつめの理由だとすれば、ふたつめは2017年にF1の経営権が代わったことだ。それまでの40年間、実質的なオーナーとしてF1を支配してきたエクレストンから、アメリカのリバティ・メディアに経営権が移ったことで、それまで秘密主義だったF1の舞台裏が、逆にメディアを通じて公開されるようになった。

その象徴がNetflixの『栄光のグランプリ』というドキュメンタリー番組で、現在シーズン5まで続いているのだが、これがアメリカ人にもの凄くウケた。レーサーだけでなくチーム、オーナーの裏側にある葛藤や政治が赤裸々に画面に写し出されることで、F1が視聴者にとって身近な存在へと構造を変えたのだ。

■放映権高騰で地上波放送なしの日本

さて、日本でF1のコアなファン層が増えている一方で、ブームが一般層にまでは盛り上がらない原因のひとつは地上波放送が終了したことにある。実はここはどうしようもないかもしれない。

F1の放映権は年々高騰している。その世界レベルの人気に目をつけたアップルが、2026年以降の放映権をそれまでの倍近い金額で入札していることもあり、もはやF1は配信でしか見ることができなくなるかもしれない。その点は残念だ。

とはいえ、地上波がまったくないかというとそうとも予測できない変化もある。90年代の日本におけるF1ブームが最高潮に盛り上がったきっかけは、1990年の日本GPで鈴木亜久里が日本人ドライバーとして初めて表彰台に立ったことから始まった。そして今、F1に参戦している角田裕毅は最高位が4位入賞で、日本人としては二人目のリードラップ(レースの途中ラップで首位にたつこと)も記録している。来年こそはさらに上に立つのではないだろうか。

日本にもふたたびF1ブームが来るのか? 目が離せない状況になってきた。

文/鈴木貴博 写真/国際自動車連盟 本田技研工業株式会社

ホンダは2021シーズンで、1991年にアイルトン・セナをドライバーに擁して優勝して以来30年ぶりの栄冠を手にしたのを「有終の美」として、F1から撤退していた