子ども時代に虐待被害を受けて大人になった「虐待サバイバー」。彼らのうち、子ども時代に児童養護施設などに保護されなかった人々を対象とした"日本初"の調査が昨年9月、オンラインで実施された。

調査は全55項目で構成され、当事者が被害を受けていた未成年期、成人してから現在に至るまでの時期について実態把握を試みている。当事者683人から回答があった。

その結果から浮かび上がってくるのは、子ども時代に受けた虐待被害によってトラウマを抱え、周囲から孤立し、生活に困窮する当事者の姿だ。

とくに衝撃的なのは「自殺への思い」を問う項目。自殺を考えたことのある人は91.1%で、そのうち自殺未遂に至ったことのある人は61.3%にのぼる。

「自殺対策は日本全体でも大きな課題と捉えられています。この結果には、私自身もショックを受けました」。そう語るのは、今回の調査を企画・実施した当事者支援団体「一般社団法人Onara」の代表理事、丘咲つぐみさんだ。

一般社団法人Onaraでは、虐待サバイバーの中でも里親や児童養護施設、いわゆる社会的養護につながらなかった人たちを「見えなかった子どもたち」と名付け、支援を求めている。

昨年11月19日には、「見えなかった子どもたち」への支援を求める要望書に今回の調査結果を添え、自民党議員が結成する「児童の養護と子供の未来を守る議員連盟(児童養護議連)」に提出した。

自身も「見えなかった子どもたち」だという丘咲さん。なぜ今回の調査を企画したのか。調査結果から見えてきた当事者の実態をどう捉え、どのような要望書をまとめたのか。話を聞いた。(ライター・松本香織)

●存在そのものが意識されていなかった「見えなかった子どもたち」

――虐待サバイバーの91.1%が自殺を考えたことがあり、そのうち61.3%が自殺未遂を経験している――。この結果は衝撃的でした。なぜ今回の調査を思い立ったのですか?

丘咲さん:「見えなかった子どもたち」の存在は、日本であまり知られていません。けれども、大人になった今も虐待被害によるトラウマの影響で苦しみ、支援の手を必要としています。それをみなさんに知っていただけたらという気持ちが強くありました。

虐待被害を受けた方々は、大きく2つに分かれます。18歳までに児童養護施設や里親などによる保護、いわゆる「社会的養護」につながった方々。そして、誰からもその虐待を見つけてもらえないまま虐待被害から逃れられないまま大人になった「見えなかった子どもたち」です。

当然どちらも虐待の被害者であることに変わりはなく、どちらの方が良いも悪いもありません。けれど、国の制度上は扱いが異なります。社会的養護につながった方々は「被害を受けた」と国から認定を受けているようなものであるため、大人になってからも自立支援事業の対象となり、就労相談・生活費の支援・就職支援などが受けられます。しかし、「見えなかった子どもたち」の場合、現在はすべての支援が対象外です。

私は2018年にこの活動を始めた当初から、「見えなかった子どもたち」も社会的養護に行き着いた方々と同じ支援が受けられるようにしたいと願ってきました。けれど、それ以前の状態でした。

たとえば一般の方にこの問題を知っていただくため、講演で、自分自身の虐待被害や大人になってからの苦しみを話すとします。すると、みなさん「丘咲さん、大変でしたね」と言うのです。私個人の問題と捉えられてしまうのですね。「私だけではありません、同じように苦しんでいる方はたくさんいます」と訴えても「ああ、大変な人たちがいるんだね」で終わってしまいます。

国や地方の議員さんにも相談してきました。でも耳を傾けていただくのは難しく、聞いていただけたとしても、いつの間にか話の焦点が子どもや母子家庭、社会的養護につながった方々の支援の話へとすり替わっていってしまいます。

「虐待」という問題全体でいえば、これらの支援も非常に大切なことは言うまでもありません。しかし「子ども時代に虐待から保護されなかった被害者たちの支援」となると「それは大切だ、ぜひ取り組んでいこう」と動いてくださる方は、残念ながらこれまでいませんでした。

児童相談所は現在、年間20万件以上の児童虐待相談に対応しています。しかし社会的養護につながるのは、そのうちわずか2%程度。この数字からも、「見えなかった子どもたち」は膨大な数いるのではないかと推測できます。

けれど、現在は「子ども時代に保護されなかった」という一点をもって、存在にさえ気づいてもらえない状況です。どうしたらみなさんに当事者のことを知ってもらえて、国の支援につなげられるのだろう。そんなもどかしさの中で「これには根拠となる数字が必要だ」と考えるようになっていきました。

そこで国内でおこなわれた「見えなかった子どもたち」の実態調査はあるのか、議員さんや国に問い合わせてみました。けれど「該当する調査はない」との返事だったのです。「ならば自分で調査をしよう」とそのときに決めました。

●当事者たちから届いた「話を聞いてもらうのは初めて」の声

――「子ども時代に虐待被害から逃れられなかった」という理由で、現在も苦しみを抱えながら生きている人たちはたくさんいる。けれど、その事実が可視化されてこなかったがために、支援を訴えても届かなかったわけですね。

丘咲さん:はい。可視化されていなかったことが、支援に繋がらなかった大きな要因の一つだったと思います。実は「見えなかった子どもたち」自身も虐待被害に気づく時期が遅れる傾向があります。今回の調査では、半分ほどの方が成人してから認識したという結果になりました。

――驚きました。渦中にいるときは気づけない?

丘咲さん:そうですね。社会的養護につながった方々は「自分は虐待されたから親元を離れるのだ」と子ども時代に理解できます。しかし「見えなかった子どもたち」の場合、「あなたは虐待されているんだよ」と言ってくれる人が周りにいません。苦しんでいても「私が悪い子だからだ」と自分を責める方向に向かったり、理由は分からないけど苦しさ、生き辛さだけを感じていて、虐待の事実に気づけない場合は多いです。

――虐待に気づいた子どもが、みずから助けを求めたらどうなるのですか?

丘咲:残念なことに、あまりいい結果にはつながりません。今回の調査では、虐待を受けていたころに助けを求めたことが「ある」と答えた方が3割強を占めました。

その結果、どうなったか。「何も変わらない」が63.3%、「状況が悪化した」が39%でした。

――これでは人間不信になってもおかしくないですね。

丘咲さん:はい。「見えなかった子どもたち」は子どものころから孤立していて、周囲に理解者がいません。そればかりか、勇気を出して助けを求めた場合でも、何も変わらなかったり、さらにひどい目に遭ってしまったりします。

成人後に虐待被害に気づき、トラウマによる病や苦しみを訴えることもあるでしょう。すると「もう大人なんだから、あとは自己責任でしょう」「虐待を受けた過去があっても元気に暮らしている人だっているじゃないか」と理解のない方々に言われてしまう。こうなると、本当にしんどいですよね。

理解者がいないために人間が信用できなくなる。そしてどんどん孤立し、より孤独になっていく。これこそが、「見えなかった子どもたち」ならではの苦しみではないかと思います。今回の調査では「話を聞いてもらうのは初めてです」という声を当事者の方々からたくさんいただきました。うれしかったけれど、半分は「そうだろうな」という気持ちでした。

こども家庭庁統計と大きく異なる「性的虐待」の割合

――今回の調査は全部で55項目、そのうち任意回答ではあるものの自由記述が20項目。ボリュームがありますね。

丘咲:そうなんですよ。「回答に1時間以上かけた」という方もいました。トラウマを抱えている方たちからすれば、心理的負担もかかります。けれど「これが日本初の実態調査になる」と考えると、それなりの内容でないと説得力がなくなってしまいます。国に要望を届けるためにも、あらゆる角度から聞く必要がありました。自由記述の項目については「全部飛ばしても大丈夫です」とX(旧Twitter)で毎日のように言っていたのですが、みなさんけっこう答えてくださいました。

――回答はどのようにして集めましたか?

丘咲さん:4つの支援団体に直接協力をお願いすると同時に、SNSで告知をしました。けれど、一般社団法人Onaraを利用してくださっている当事者の方々には、声をかけませんでした。プレッシャーをかけてしまうのは嫌だったのです。でも、みなさん私たちのSNSは見ているはずだから、気が向いたら協力してくださるだろうと思い、お任せしました。結果として、幅広い年代の方々が683人、協力してくださいました。

――そうして集まった回答を集計したわけですね。結果はこれまで当事者支援をしてきた実感と一致していましたか?

丘咲:全体としては、これまで伴走支援してきた1300人ほどの方々の実態と乖離しているとは思いませんでした。驚いたのは、どのような虐待被害に遭ったかを問う「虐待の種類」の結果です。全体の36%が性的虐待に遭っている――。「ここまで多かったとは」と思いました。

「虐待の種類」については、こども家庭庁の統計もあります。その結果では、性的虐待は1%でした。

――今回の調査では性的被害が36%、こども家庭庁が発表している調査では1%……。なぜここまで大きく数字が違うのでしょう?

丘咲さん:虐待被害では、身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクトの複数が重複して起こっていたり、絡み合っている場合が多く見られます。けれど、こども家庭庁の調査では、回答が複数選択できず、1つのみ選択可能となっています。つまり、1人の子どもに対して1つの虐待が割り当てられる方式です。

このため、「性的虐待」があっても「身体的虐待」が主だとされると、数字はカウントされません。そこが一つ、影響している可能性はありますね。私自身は、これらの数字のギャップを見て「性的虐待はいくつもの要因が重なって発見されにくくなるのだろう」と改めて感じました。

――他に「これは当事者支援の実感とは違っている」という項目はありましたか?

丘咲:「実感とは少し違う」と感じたのは「障害年金受給」と「生活保護受給」の項目です。障害年金は22%、生活保護は16.4%が受給しているという結果でした。

一般社団法人Onaraが支援している方々では、7〜8割が生活保護や障害年金を受給している印象です。もちろんトラウマによる苦しみを抱えていても、何とかご自分の収入で生活できている方たちもいらっしゃるのだろうとは思います。しかし、生活保護にしても障害年金にしても、虐待被害者本人の力のみで申請から受給にまで至ることはとても高いハードルがあります。そのため、必要な方に必要な支援が届いていない可能性があります。この点についても、国として大規模に調査を行ってほしいところです。

●要望書の内容は

――今回の調査結果とともに「見えなかった子どもたち」への支援を求める要望書を児童養護議連に提出されたそうですね。要望書はどんな内容ですか?

丘咲さん:要望書の項目は、全部で4つあります。1つ目の要望は「『見えなかった子どもたち』の大規模な実態調査を行うこと」。私たちは今回、日本で初めてとなる調査を実施し、683人もの当事者の方に回答していただきました。この数字には重みがあります。けれど、これから支援制度を作っていくうえでは、人数としても項目としても足りません。ですから国として当事者の実態調査をしてほしいと考えています。そしてその際には、ぜひ当事者や私たち支援にかかわる現場の人間の声を聞いてほしいです。

2つ目の要望は「『見えなかった子どもたち』も自立支援事業の対象にすること」。先ほども触れたとおり、自立支援事業を利用できるのは現在、社会的養護につながった方のみです。これを「見えなかった子どもたち」にも拡大してほしいとお願いしました。一番あってはならないのは、当事者が自殺に至ることです。

それを防止するためにも、自立支援事業のうち生活相談をまずは取り入れてほしいとお願いしました。このとき、年齢制限は設けてほしくないとも書きました。要望書を書いている段階では知らなかったのですが、実は児童福祉法の改正で2024年4月から制度が変わり、この要望は実現することが決まっています。

この変更そのものは、もちろんよろこばしいことです。しかし、現場では「はたして対応できるのか」という不安を抱えていると聞きます。ですから私たちも制度がきちんと運用されるよう、働きかけていく必要があると考えています。

3つ目の要望は「『見えなかった子どもたち』がトラウマ治療を受けられるよう、医療体制の見直しをおこなうこと」。トラウマ治療が進まない理由はいくつかあります。まず、治療ができる医師が圧倒的に足りません。加えて現在は「トラウマ治療」に該当する診療報酬点数がないのです。ですから、トラウマ治療ができる医師がいたとしても、病院側は再診料しか受け取れない状態です。また、トラウマ治療の多くは、自費診療となっているという実態もあります。このあたりを見直し、当事者がトラウマ治療を受けやすくなるようにしていただきたいとお願いをしました。

4つ目の要望は「『子どもの権利』教育で『児童虐待』に関する内容を充実させること」。虐待を受けている子どもたちは、まず「自分が虐待を受けている」という事実に気付くことができず、その事実に気づいたとしても、適切な相談場所がわかりません。また、大人になってからの「見えなかった子どもたち」の相当数は、医療機関や福祉を含め、社会からの冷たい声に傷つけられています。こうした問題がなぜ起こるのか。社会の人たちが「虐待」、「虐待の影響によるトラウマ」というものを知らないからだと思います。ですから、子どもと大人の両方を対象に「子どもの権利」、とくに「虐待」が学べる場を積極的に作ってほしいという要望をまとめました。

クラウドファンディングの予定も

――今後の活動予定を教えてください。

丘咲:今回は国による支援を求める要望書を提出しました。けれど、行政レベルで実現可能な支援もたくさんあると思います。たとえば自治体レベルであれば、居場所づくり事業が手掛けられるかもしれません。そこで、各自治体にも今回の調査結果を共有し、支援制度創設のお願いをする要望書を少し前から提出し始めました。これを引き続きやっていきます。

もう一つ、子どもたちを対象にした取り組みも進めています。新たな虐待被害者を生み出さないためにも、虐待が起きたとき、子どもたち自身が気づいてSOSを発信できることが大切です。現在、学校では虐待対応ダイヤルの電話番号や虐待に関するチラシなどが配られているそうなのですが、本人に「自分は虐待を受けている」という認識がないと、そうした情報は素通りしてしまいます。

でも、たとえば1日に何回も行くトイレに、虐待のエピソードや相談先などがマンガで描いてあるトイレットペーパーが置いてあったらどうでしょうか? 繰り返し見ることで「自分は虐待を受けているかも」と気づく瞬間がくるかもしれません。また、何かを感じた子どもは、トイレットペーパーを切り取ってグシャグシャに丸めて持ち帰るかもしれません。この「虐待マンガトイレットペーパー」を全国の小中学校に置くため、来年の春ごろにクラウドファンディングをする予定です。詳細が決まり次第、一般社団法人OnaraのX(旧Twitter)やnoteで告知しますので、ご協力いただけたらうれしいです。

▼今回の調査結果:自殺未遂率61.3%、日本初統計データ公開!18歳までに社会的養護に繋がらなかった児童虐待被害者の実態が明らかに!|児童虐待防止推進月間
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000127756.html
プレスリリース内のリンクから詳細資料がダウンロード可能

▼Onaraウェブサイト
https://onara.tokyo/

▼Onara YouTubeちゃんねる 〜児童虐待被害者の声を聞いてください
https://www.youtube.com/@Onara-ui5iy/shorts

▼丘咲つぐみさんnote
https://note.com/tsugumi_okazaki/

▼Onara X
https://twitter.com/Onara_hope

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