就活に失敗→職を転々とするも上手くいかず、実家に引きこもってしまう……昨今「オトナの引きこもり」が深刻化しています。現役時代、地元の有力企業で部長職に就いていたAさんは、息子による「実家占拠」が原因で、悠々自適なセカンドライフどころか、破産の危機に陥っていたのでした。牧野FP事務所の牧野寿和CFPは、Aさんにどのような助言を行ったのでしょうか、みていきます。

70代の両親、お手上げ…実家に住み着いた“問題児”

父Aさん(71歳)、母Bさん(70歳)、息子Cさん(40歳)は、ある地方の県庁所在地に3人で暮らしていました。

Aさんは、地元では誰もが知っている有名企業の部長職まで上り詰めたあと、60歳で中小企業ながら退職金を1,500万円ほど受け取り退職。またAさんの妻Bさんは、ひとり息子の出産後は専業主婦として家庭を支えたそうです。夫婦の当初の計画では、Aさんの定年退職後から悠々自適な老後生活がはじまる予定でした。しかし……。

A夫妻の計画は、あっけなく崩壊します。その原因は、甘やかして育ててきた息子のCさんです。

Cさんはプライドが高く、周りを見下してしまう世間知らずの“お坊ちゃん”になってしまいました。そのような性格が災いしてか、大学は卒業できたものの就職がうまくいかず、夫婦の老後の計画を狂わせていたのです。

「時代のせい」だけではなさそうだが…“就活失敗×高いプライド”で無職に

Cさんは、一浪して地元の国立大学に入学しましたが、Cさんの性格に加えて、卒業時は就職氷河期の名残もあり、地元で正社員として採用してくれる企業は皆無。ならばと上京して就職活動をしましたが、結局1年契約の非正規で働くことになりました。

しかし、1年後その会社と契約が更新されることはなく、実家に出戻り。見かねたAさんは、コネで取引先の企業にCさんを預けました。

ところがその2年後、Aさんが定年退職したあと定期異動があったのですが、Cさんは「窓際族に追いやられた」と勘違い……プライドが許さず退職してしまいました。その後もいくつかの職場を転々としましたがどこも長続きせず、いつからかCさんは職に就かず実家にこもるようになってしまったのです。

Aさんが定年退職した時点での夫婦の預貯金は、退職金1,500万円を合わせて3,500万円ほど。住宅ローンはすでに完済していたことから、余裕のある老後生活を送れるはずでした。しかし、息子の生活費や国民年金などといった社会保険料を負担するために、貯蓄を取り崩す日々に。

Aさんは再三「頼む。アルバイトでもいいから、働いてくれないか」と息子Cを説得するのですが、Cさんは「周りが無能で大変だから嫌だね。それに就職氷河期世代をないがしろにしている国が悪い。いつか救済制度ができるかもしれないから、それまで待って。そんなことよりお年玉ちょうだい! どうしても欲しいPCソフトがあるんだよね」と、危機感もなければ働く気もありません。

Aさんが71歳になったいま、貯蓄は1,000万円を切ってしまいました。「このままでは自分たちの生活が持たない」と不安がピークに達したAさん夫妻は、知り合いの筆者のもとへ相談に訪れました。

試算の結果判明…A家に待ち受ける「破産の未来」

話を聞いた筆者は、まずA家の今後の家計収支について試算しました。

現在の夫婦の年金収入は、312万2,700円(月額26万200円)です。

一方、支出は、夫婦の分とCさんの国民年金や家族全員の国民健康保険料、諸税(非消費支出)を含めて約444万円(月額37万円)。夫婦の家計収支は毎月約10万円、年間120万円の赤字と、明らかにCさん分の支出が負担になっていることがわかりました。

Cさんが無職で家にいるまま家計が推移していくと、Aさんが80歳になるあたりで残高が底を尽きます。そうなると、残る資産は住宅だけにです。

このまま事態が改善しない場合、A夫婦は80歳を過ぎてから慣れ親しんだ自宅を売却し、年金で家賃が払える賃貸住宅を探さなければならないという「最悪の事態」に陥る可能性があるのです。

就職氷河期世代には「国の救済制度」がある

筆者は夫婦に、「Cさんに現実を直視させるためにも、次のような話をしてみては」と以下の3点の改善策を提案しました。

1.このままでは家計が破産することを知らせる

2.「就職氷河期世代活用支援」を活用する

3.Cさん用の賃貸アパートの入居費用と1ヵ月分の生活費を貸す

1.このままでは家計が破産することを知らせる

息子さんがどうにか働き、夫婦2人での暮らしになれば、これからは毎月26万円の年金収入と約1,000万円の貯蓄で貯蓄が枯渇することなく生活できます。筆者の作成した試算表を参考に、「息子の分まで支払う余裕がない」と正直に話し、理解させることが大切だと話しました。

2.「就職氷河期世代活用支援」を活用する

「就職氷河期世代活用支援」とは、

正社員就職を目指す求人や職業訓練を紹介する「ハローワーク

・働くことに不安や悩みがある方にコミュニケーション講座やビジネスマナー講座、ジョブトレなどを行うことで働く準備をサポートする「サポステ」

・社会参加への準備支援、家族支援それに引きこもりなどの相談・サポートをする「各種支援機関」

など、就職氷河期世代を官民で支援するプロジェクトのことです

※ 厚生労働省「就職氷河期世代活用支援」HPより。

Cさんは、この支援を活用することで自身に適した職業を見つけたり、就業の支援を受けることができます。まさにCさんにとっての「救済制度」といえるかもしれません。

3.Cさん用の賃貸アパートの入居費用と1ヵ月分の生活費を貸す

Cさんがこのまま実家の“ぬるま湯”で生活を続けては、親子共倒れになりかねません。そこで、賃貸アパートの入居費用と1ヵ月分の生活費を貸すことで、Cさんを自立させるのもひとつの手です。

A夫妻に一連の話をしたところ、夫婦は2つ目までは頷きながら聞いておられましたが、3つ目については迷っている様子。「もう少し考えてみます」と言い、その日は帰っていきました。

A家の後日談

「腹を割って話す」が功を奏し…理解すると行動は早かったCさん

後日、再び筆者のもとを訪れたAさんの話によると、帰宅後AさんとBさんは「親としてCにどんな手助けをするのが一番いいだろう」と筆者の助言も参考によく話し合ったそうです。

そして、Aさんは「息子のプライドが高いのは自分のせいかもしれない」と反省し、Cさんの前で腹を割ってあるがままの家計の現状を話し、筆者が提案した3つすべての改善策についても伝えたそうです。

すると意外にも数日後、Cさんは不動産会社へ。保証人をAさんに頼み、家賃が安価な築古アパートを借りました。親の家計と自分の立場をようやく理解できたのかもしれません。

その後はコンビニでアルバイトをしながら、ハローワークやサポステで支援を受けプログラミングの勉強を開始。いまはリモート勤務が可能なSE(システムエンジニア)を目指しているそうです。

Aさんは、「困っているのに長年切り出せず、プライドが高かったのは自分のほうだったのかもしれません。息子は独りよがりではダメだと気づいたようで、考えを改め本気でSEを目指しています。十数年にわたる就職活動も、ようやく終わりを迎えそうです」と安堵の表情で話してくれました。

牧野 寿和

牧野FP事務所合同会社

代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)