2023年の映画業界を語る上で最も重要な事項である、WGA(全米脚本家協会)とSAG-AFTRA(全米映画俳優組合)の契約更改をめぐるストライキ。映画業界がダブルストライキに直面したのは1960年以降初めてのことだった。WGAは、大手スタジオからなるAMPTP(全米映画テレビ製作者協会)との間で報酬契約や保険・年金の拠出拡大、そしてAI利用をめぐる対策などを契約更改に際し求めていたが決裂し、5月から9月まで約5か月間のストが行われた。その後、交渉を続けた結果、上記の契約内容を盛り込んだ契約合意に達している。

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一方のSAG-AFTRAもAMPTPとの交渉でWGA同様に契約更改を求めていたが合意に至らず、7月からハリウッドの歴史上最も長期にわたる約118日間にも及ぶストライキを行った。11月8日に双方が暫定合意に達すると、多くの映画業界関係者が住むロサンゼルス各地でスト終結の祝杯があげられた。12月5日にSAG-AFTRA組合員約16万人の投票が行われ、批准に向けた作業が行われている。この契約交渉でSAG-AFTRAは約10億ドル以上利益を拡大するという。フラン・ドレッシャー会長は、「AI技術に関する組合初の保護も獲得し、いまがSAG-AFTRAの黄金時代であり、かつてないほど強力になった」と述べている)。この契約は2023年11月9日に遡り批准され、2026年6月30日まで有効となる。つまり、2026年には次の契約更改が待っている…。

■最大の争点となったのはAI技術を使った「デジタル・レプリカ」

SAG-AFTRAが12月5日に公開した最終契約内容では、最大の争点となったAIついての項目に多くのページが割かれ、デジタル・レプリカ(AI技術によって、俳優の声や演技が変更されたり、俳優のコピーを生成し演技させること)の作成における合意や利用方法、報酬、レジデュアル(二次使用料の分配)など細かく規定が書かれている。デジタル・レプリカには肖像権が生じ、作成するための労働と、デジタル・レプリカが使われた映像の両方に報酬が発生するという考え方だ。また、配信作品の増大によりレジデュアルの計算方法が見直された。例えば2024年1月1日以降に初回配信される作品について、配信開始から90日間の視聴時間が配信サービス国内加入者の20%以上に相当する場合、成功報酬を支払うなどの文言が含まれている。先週、Netflixが創業以来初めて、2023年上半期に試聴された約1万8000作品の全世界試聴時間の公開を行ったのは、SAG-AFTRAとの契約内容を受けてのことだろう。

■あらゆる活動がストップしたハリウッド

ダブルストライキが行われていた間、主にAMPTP所属各スタジオによる作品の制作が完全にストップした。まずは脚本家が執筆の手を止め、ネットワーク局の夜のトークショーやライブバラエティ番組が再放送番組に切り替わった。7月14日にSAG-AFTRAのストライキが始まると、映画やテレビシリーズの制作は即座に休止された。制作だけでなく、SAG-AFTRA会員はAMPTP各社製作の作品についての取材や映画祭参加、SNS投稿など作品のプロモーションも中止した。プレミアのレッドカーペットやインタビューに代わり、スター俳優たちがスタジオやテレビ局の前でピケッティング(ストライキ参加促進運動)を行う姿が報道されるようになった。

ストライキ中に映画祭会期を迎えた第80回ヴェネチア国際映画祭、第48回トロント国際映画祭など、2024年のアカデミー賞まで連なるアワードシーズンの幕開けとなる映画祭でも、SAG-AFTRA会員の姿は見られなかった。9月に予定されていた第75回プライムタイムエミー賞は、2024年1月15日に授賞式を延期した。

■『デューン』や『デッドプール』も。ストライキの影響で公開延期となった映画たち

主演俳優による映画のプロモーションが期待できないため、大作映画の公開延期も相次いだ。『デューン 砂の惑星 PART2』(2024年3月15日日本公開)の公開は11月3日から2024年3月1日に延期、ヴェネチア国際映画祭のオープニング作品に決定していたゼンデイヤ主演の『Challengers』は9月15日の公開日を2024年4月26日に延期、『デッドプール3(仮題)』や『Wicked』など、撮影半ばでストに突入した作品の公開延期も続出。

AMPTPに属さないインディペンデント系制作会社(A24、米国外作品など)はSAG-AFTRAとの暫定合意を以て俳優もプロモーション活動に参加できたため、ヴェネチア国際映画祭では『Ferrari』主演のアダム・ドライバー、ソフィア・コッポラ監督の『Priscilla』(2024年4月日本公開)のケイリー・スピーニーやジェイコブ・エロルディ、トロント国際映画祭では『Dream Scenario』に主演したニコラス・ケイジなどが参加している。

ストライキだけが原因じゃない?雇用縮小傾向に見るいまのハリウッド

2007年11月から2008年2月まで続いたWGAのストの際に、スタジオは人員を一時解雇し、ロサンゼルス経済圏全体での経済損失は30億ドル以上にも及んだと言われている。今回のWストライキは規模も期間も長いこと、この15年間のインフレ率も考慮すると、カリフォルニア州および撮影拠点として多くのロケを支えるジョージア州、ニューメキシコ州の経済的打撃は60億ドル(約8560億円)との見方もある。

だが、ロサンゼルスタイムズ紙は、ハリウッドの雇用縮小傾向はストライキだけが理由ではないとしている。地元の芸術系大学とリサーチ会社の調査によると、2023年5月以降、ロサンゼルスのエンタテインメント業界の雇用は17%減となり、内訳は俳優、脚本家が最も減り、撮影監督、編集、音響、照明技師、その他役職の雇用も減っている。2023年7月から9月の3か月間のドラマシリーズ制作本数は、前年比マイナス100%。長編映画制作はマイナス55%となっている。ところが、ストライキの最中にも監督やプロデューサー、エージェント、マネージャーなどの管理系職種の雇用は増加しているという。これは脚本家や俳優がストライキ中に監督やプロデューサー業に乗りだし、仕事の範囲が広がったからではないかと見られている。

また、俳優がカメラの前に立てない期間、VFXやアニメーションを手掛けるアーティストの仕事が増えたという調査結果もある。スタジオ各社は雇用や制作予算を削減し、以前からローカルコンテンツに着目していたNetflixはアメリカ国外での制作を拡大している。先駆者Netflixに続けと制作本数を増やした結果、多くのストリーミングサービスは常態的に赤字を計上し、投資家はさらに保守的になった。つまり、ハリウッドにおける経済変動はストライキパンデミックのみに起因するのではなく、ストリーミングサービス攻勢期を経て、スタジオや配信企業が累積赤字を克服すべく構造改革に乗りだしたからだという見方だ。

パンデミックストライキが映画業界に与えた影響とは

パンデミックおよびストライキは、劇場興行にも大きな打撃を与えた。世界中がパンデミックで失われた市場経済を徐々に復活させ、平時に戻りつつある2023年の興行成績は現在までのところ約86億4,394万ドル(約1兆2,331億円)で、2019年の約113億6,336万ドルという水準まで戻っていない。全米映画俳優組合のストライキを受けて大作映画が来年以降へ公開延期となったことで劇場ブッキングに隙間が生じ、日本映画の『ゴジラ-1.0』(公開中)は12月1日に全米2,308スクリーンで公開され、公開初週成績で3位。12月26日までに約4099万ドル(約58億円)を稼ぎ、邦画実写映画として歴代トップの興行成績を収めている。また、翌週12月8日に公開された宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』(公開中)もIMAXを含む2205スクリーンで公開され、現在までに約3094万ドル(約44億円)の興行成績をあげた。このように、外国語映画が2000以上のスクリーン数をブッキングできたのも、ストライキの予期せぬ恩恵と見ることもできる。

およそ半年間に及ぶWGAとSAG-AFTRAのダブルストライキが帰結したばかりだが、来年1月にはAFM(米国音楽家連盟)とAMPTPが交渉を開始し、11月にはIATSE(国際映画劇場労働組合)の契約も満期を迎える。IATSEには俳優や監督、脚本家以外の多くの映像制作スタッフが各支部にわかれ所属している。ダブルストライキで撮影が休止していた間、IATSEのメンバーたちも俳優たち同様に仕事を失った。パンデミック時の政府支援とは異なり、今回はセーフティネットがないため、業界全体に及ぶ経済的困難を悪化させている。IATSEが労働時間や報酬改定を求めていた2021年の前回契約更改時にも会員の98%から同意を得て、契約が合意に達しない場合はストライキに入る構えを示していた。

■変化していくエンタメ業界のビジネスモデル

2023年のストライキは、どの業界でも起こりうるパラダイムシフトの問題を可視化させるものだった。エンタテインメント市場の変化への対処も、業界全体の意識、構造改革を要している。SAG-AFTRAやWGAが勝ち取った経済的勝利は、確実にスタジオの財政を圧迫する。業界はいま、映画を制作し莫大な広告宣伝費をかける従来の映画配給ビジネスモデルと、世界配信をテコに作品を頻発するストリーミングモデルの長期的な持続可能性を慎重に検討する必要に迫られている。だからこそ、AI利用とレジデュアルの契約整備が急務だったのだ。

ハリウッドの歴史において最も長く、激しく争われた2組合の労働契約。テクノロジーや市場が激変するなか、映像でパラレルワールドを描いてきたクリエイターたちは、自らの手で権利を掴み取った。このストライキで勝利を勝ち取ったのは、俳優や脚本家だけではない。ハリウッドスターがピケットラインで声を張りあげ世界中に報道されたことで、全労働者に権利主張の大切さと、それに伴う義務を訴えたことが最大の成果だったのではないだろうか。

文/平井伊都子

米脚本家組合(WGA)と米俳優組合(SAG-AFTRA)によるダブルストライキの影響を振り返る/[c]SPLASH/AFLO