年末年始が近づくにつれて、ワクワクする人もいれば心配事が増える人もいる。SNSを開けば一目瞭然で、長い休暇に旅行をしたり家族関係が良好な実家に帰省したりすることを喜ぶ人も多いが、実家や義実家と折り合いが悪い等の理由で「早く年明けの仕事(もしくは学校)、始まらないかな」と感じている人も決して少なくはないはずだ。

 年末年始をどのようにとらえていても、共通して楽しめるのが漫画だと私は思っている。外が寒くて出る気になれないなら、ぜひ落ち着ける場所で読み応えのある漫画を読んでみてほしい。この記事では特に年末年始におすすめしたい漫画を紹介する。

ままならない日常にときめきが訪れ……衝撃のラストまで目が離せない 『私が誰だかわかりましたか?』

わたしが誰だかわかりましたか?
『わたしが誰だかわかりましたか?』(やまもとりえ/KADOKAWA

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 年末年始は、一種の非日常だ。ふだんは会わない人に会い、お雑煮や餅などを食べ、凧揚げなどの遊びをし、年賀状を書くなど、「年末年始だなあ」と感じるモノはいたるところに転がっている。外国人に日本語を教える仕事をしていた時、興味深そうに日本の年末年始の習慣について聞いてくる外国人留学生もいて、印象に残っている。

 日本の年末年始の文化を感じながら、漫画でも非日常に浸ってみるのはどうだろうか。『わたしが誰だかわかりましたか?』(やまもとりえ/KADOKAWA)は、バツイチで中学1年生の子どものいる42歳のサチが主人公だ。離婚したばかりとはいえ会社員であり、生計を立てる手段のある彼女は、はたから見ると恵まれた存在でもあるのだが、寂しさを抱えている。そんなサチにある日、思いがけないときめきが訪れる。サチにとって離婚後の恋愛は明らかな非日常だ。恋をしたサチは息子を大切にしていないと感じさせるような一面も見せ、読者は自分の立場とサチの立場を比べながら、ある人はサチに共感し、ある人はサチのことを身勝手だと思いながら読み進めるだろう。ところが恋したとたん予想外の事態が続き、サチは不安をふくらませていく。衝撃の結末が訪れた時、読者は自分がサチと同様に自分も非日常の世界にのみこまれていたことに気づくだろう。

 年末年始、サチはどのように過ごすのだろうか。中学生の息子がいるとは思えないほど、彼女には少女のような感性がある。リアルなバツイチ女性の現状から始まった、この非日常の物語を、非日常の年末年始にこそ味わってみてほしい。

真っすぐ、自分のコンプレックスや苦しみに向き合う 『僕は春をひさぐ~女風セラピストの日常~』

わたしが誰だかわかりましたか?
『僕は春をひさぐ~女風セラピストの日常~』(水谷緑/講談社

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 タイトルのとおり、女性用風俗に関する漫画である。年末年始にそぐわないと感じる人もいるかもしれないが、女性用風俗は、女性たちが自分の苦しみやコンプレックスと向き合う場でもある。私はコンプレックスのある人たちに女性用風俗を勧めているわけではなく、自分の心の奥にある苦しみを認識して打破しようとすることは、心新たに新年を迎えることにつながっているのではないかと提起するために、本作を紹介しようと決めた。

『僕は春をひさぐ~女風セラピストの日常~』(水谷緑/講談社)は、年齢を重ねてはいるが性体験がない「高齢処女」や、夫と仲は良いがセックスレスの既婚女性など、さまざまなコンプレックスがある女性客が癒しを求めて利用する場として女性用風俗を描いている。「高齢処女」といってもどの年齢を高齢とするかはさまざまで、昔、友人から「二十歳を超えても性体験がない男女のことを“やらはた”って呼ぶんだよ」と聞いて驚いた記憶があるが、他人からどう見えても本人がそれに対して苦しんでいるのなら、まぎれもないコンプレックスである。

 女性たちは自分のコンプレックスを克服しようと勇気を出して女性用風俗を利用する。この「勇気を出す」という部分に私は共鳴した。長い間、性風俗は男性のためにあるとされてきて、「女なのに利用するなんて」と悩みながらも彼女たちは現状を変えたくて勇気を出したのだ。年数を重ねて疲弊しながらも婚活を続ける男女、お金や時間もかかり、精神的にもつらい不妊治療に励む夫婦……「どうしてほかの人は当たり前のようにできているのに」と思いながらも、自分の人生を自分の力で変えていこうとする人々の勇気は、再現性のあるものだ。女性用風俗の利用も前に進むための勇気につながるのである。

 自分のコンプレックスを克服するために、または抱えている苦しみを打破するために、年明けから何ができるだろうか。読んだあと、解決策について考えるきっかけが得られる漫画だ。

どの家族にもほかの家族にはないものがある 『住みにごり』

わたしが誰だかわかりましたか?
『住みにごり』(たかたけし/小学館)

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 欧米はクリスマスに家族、年末年始にパートナーと過ごす人が多いらしい。日本とは真逆である。年末年始は実家に帰省するつもりで1年を過ごす人も多いだろうし、帰省しなくても年末年始に離れて住む自分の家族を思い浮かべる人もいるはずだ。

 自分の家族について考えた時、人はそれぞれどのような感情を抱くだろう。私は「どこにでもある家だよ」と言っている人にこそインタビューをしてみたい。「どこにでもいる」と思い始めたのはどうして? 「同じような家族」はどこにいるの? あらためて質問されると、「あれ、どうして私は自分の家族をどこにでもあるものと決めつけていたのか」と考え始める人もいるかもしれない。

 その隙を突いたとも言える漫画『住みにごり』(たかたけし/小学館)を紹介したい。主人公は作者であるたかたけしさんがモデルになっているそうで、本作を読むと、この一風変わった家族に目を奪われる。実際に年末年始が近づき、実家と義実家に帰省することが決まると、私は「実家と義実家はまったく異なる雰囲気の家族だなあ」と考えるようになった。さらに記憶をたどれば、幼少期に訪れた友人の家族、昔付き合っていた人の家族、テレビ番組で見た家族など、どの家族も多種多様でまったく「同じ」ではない。

 たかたけしさんはある取材で、本作のことを「実家のことを考えるきっかけになる漫画」だと語った。そのきっかけ作りをするのに最適な時期が年末年始なのではないだろうか。私が感じているのは、もし自分の家族をたかたけしさんに描写してもらったなら、そこには自分では思ってもいなかった家族像が浮かび上がるのかもしれないということだ。

年末年始に向き合いたいことが詰まった3冊

 5、4、3、2、1……カウントダウンが始まって、私たちの新年が幕を開ける。新たな年を迎える前に、ぜひ重厚感のあるこの3冊の漫画を読んでみてほしい。気づき、癒し、驚き。さまざまな感情が胸をよぎり、年が変わると共に自分も変化していくような感覚になれるはずだ。

文=若林理央

いま、編集部注目の作家

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