クリエイターや学生の創作活動を支援するプロジェクトとして2022年に始動した「インテル Blue Carpet Project」。様々なアーティスト・クリエイターが参加しており、昨年には第1回目となるイベント「インテル Blue Carpet Fes 2022 Spring」も開催。

【写真】Intelが主導するクリエイター支援プロジェクト「インテル Blue Carpet Project」についてかたる安生氏

 今回はますますの注目を集める同プロジェクトを主導する、インテル株式会社 技術本部 部長 工学博士・安生健一朗氏にインタビューを敢行。プロジェクト設立の背景や、同社とクリエイターとの関係、今後の展望など、様々なお話を伺うことが出来た。

ーーインテル Blue Carpet Project(以下、BCP)の内容と、プロジェクト発足の背景についてお教えください。

安生:発足のきっかけは、インテルがクリエイターのコミュニティーに対して、なにかアクションを起こせないだろうか、と考えたところにあります。コンピューターを取り巻く時代の流れを振り返ってみると、そもそも日本はハードウェア産業の国だったんですよね。対して現代はソフトウェアの時代ですから、いろんな会社がソフトウェアやサービスを提供する方向に人材がシフトしていった。その流れのなかでSNSや動画サービスが流行して、「1億総クリエイター」なんて呼ばれる時代が来て、今はみんながクリエイティブに目を向けている。こうした時流の変化が世界中で起きています。特に日本においてはそれが顕著で、こういう状況で日本の良さを世界に知らしめるにはどうすれば良いのか?日本のクリエイターのすごさを世界にもっと発信していくにはどうすれば良いのか?ということを考え始めました。

 日本はIPの強い国ですから、アニメーションも音楽も、いろんなところで日本の強さを世界にもっと発信していくことに、何かインテルジャパンとして役立てないか、協力できないかと思いました。ただ、何かやろうとしてもマーケティングが先立つというよりは、もっとクリエイター自身が創作活動をすることに対して実質的に、実際に役に立つにはどうすれば良いのかを考えました。インテルの生業というのは基本的に毎年毎年CPUを新しく出していくことであって、毎年出していった製品の積み重ねが、ハードウェアの高い能力を前提とした、現在のWebサービスを含めたソフトウェア産業を成り立たせている。そう考えると毎年プロセッサーが進化している歴史とデジタルコンテンツの進化には相関関係があって、私達の作っている最新のハードの魅力を伝えたり、直接クリエイターに提供することで、デジタルコンテンツクリエーションのレベルを向上できると思ったのです。

 加えて、クリエイションのレベルを向上したり、それを世に広めたりするにはすでに表現を確立したクリエイターを支援するだけではなく、若手の支援も必要です。日本でクリエイターを目指す若者たちが増えるのに圧倒的に必要なものって、例えば大谷翔平選手と日本の少年野球みたいな関係値なのではないでしょうか。「憧れのクリエイターがいて、それを目指す若者がいる」という関係値を作ってあげることが大事。インテルが日本のトップ・クリエイターに何か実質的な協力をして、クリエイションのレベルをどんどん底上げしてあげることで、こうした世界観を作れるのではないかと考えました。

 インテルが新しいプロセッサーを出す。クリエイターが新しい表現に挑戦して、実現する。「最新のテクノロジーがあるから、こんな表現が実現できました」というものをどんどん若者に見せていきたい。「かっこいいな」って思ってもらえたら、目指してほしい。背景から言うと、こういった考えからBCPを発足しました。

ーーこれはインテル日本法人の独自の施策だということですか?

安生:そうです。BCPは、完全に日本だけで旗を振っているプロジェクトです。ちょうど2021年の秋ごろから企画し始め、私と、うちのマーケティング本部長の上野と社外マーケティングパートナーの方の3人を中心に議論し、是非やってみようと。そして、短期的な施策というよりは中長期でこの活動を育てていこうと。

 BCPはアメリカの本社からも注目されていて、なぜかというとインテルはこれまであんまりユーザーさんと直接対話をしてこなかった。これまでは私達の直接のお客さんはパソコンメーカーさんで、ユーザーさんはその先にいる、という考え方がすごく強かったので、インテルがこうやって直接ユーザーさんに対してアクションを起こすのは今までにないレアなケースでした。ただ、これからはこういう施策もやっていかないと駄目だと思っているんです。

 その理由のひとつには、パソコンに性能を求めないユーザーさんも多くいらっしゃるということがあります。なぜなら、パソコンで実行するアプリケーションがあまり変わらないなら数年前のパソコンでも出来てしまいますから。ただ、高性能なパソコンでしか出来ない体験というのも当然あって、「本当はこういうことがやれるんだよ」という可能性を、もっと我々が伝える必要があると。確かにスマートフォンや数年前のパソコンでもコンピューティングって体験できるけど、クリエイターの人に話を聞くと今でも「パソコンは絶対的に必要な存在だ」「性能なんていくらあっても足りない!」って言ってくれる。もっともっとクリエイションを追求するために性能を求める、そういう熱い人たちが実はいっぱい居たので、そういう人たちの情熱を拾い上げて若い人たちに届けることで、「高性能なパソコンって、こんな事ができるのか!」「性能の良いパソコンが欲しいな」って思ってもらえるといいなと。

【Blue Caret Projectの公式サイト(https://www.intel.co.jp/bluecarpet)では各ジャンルの参加クリエイターたちを閲覧できる。ビジュアルテクノロジスト/レタッチャーとして活躍する工藤美樹さん、Producer/作曲家/DJとして活躍されるTEMMA-Tejeさんをはじめ、多数のクリエイターたちのプロフィール、使用機材などが詳しく紹介されている】

 この施策でインテルのプロセッサーが売れたらもちろん嬉しいですが、自社製品を売りたくてやっているというよりは、こうしたビジョンを広めることが日本のクリエイティブの底上げに繋がったら、新しいビジネスの形・職業の形を作れるんじゃないかなという思いでやっています。

ーーたしかに、インテル社がユーザー向けの施策をここまで強力に打ち出すのは珍しいと感じました。

安生:私たち自身ものづくりというか、長年ハードウェア業界で仕事をしてきましたが、モノって、作れば売れる時代は終わっちゃった気がしますね。これからはそれを使うユーザーが欲しいものをいかに作れるか、そしてユーザーに新しい使い方を提案できるか、という時代だと思います。ユーザーのことが見えていない製品って、これからどんどん必要とされなくなってくるのではないでしょうか。

 先ほどの話もそうですが、「パソコンってもうあんまり使わないよね」って思っているような方たちは、もしかしたら最新のパソコンでできることの新たな可能性に気づいていないのかもしれない。そうだとしたら、それは我々からしても歯がゆいことなんですね。「今のパソコンではこんなこともできるのに!」とか「もっと新しいことに挑戦してみて欲しい」って思ってしまうけど、これからの時代はそれを我々自身が見せていかないとダメなんだと。パソコンの性能とその可能性をしっかり訴求し、それに気づいてもらうのは我々の役目かなと。

 先程の例を重ねますが、野球界には大谷翔平さんという偉大な選手がいます。これをデジタルコンテンツクリエーションの世界に置き換えて見てみますと、まずハリウッドにレッドカーペットってありますよね。これは映画作品ではなくて、映画作品を作った人・演じた人たちを称える場なんですね。それをヒントに、わたしたちのコーポレートカラーはブルーなので、Blue Carpet Projectと命名したんです。つまり、BCPはあくまで、デジタルコンテンツそのものではなく、それを作った人にフォーカスを当てる施策。誰が作ったの?どんな作品なの?それはどんな環境で作られているの?っていうことにフォーカスを当てたい。将来的にはクリエイターに憧れる若い人たち、具体的には美大生や専門学校生みたいな方たちにワークショップの機会を設けたり、コンテストを開催したり、直接的にコンタクトを取れる場をインテルとして準備できないかと考えています。とはいってもいきなりそんなに大きな事はできないので、今は地道にコツコツと、ワークショップなどの機会を増やしている感じですね。

ーー2023の3月には展示会「Blue Carpet Fes 2023 Spring ~Creator Works Exhibition~」も開催されました。こちらはどういった内容だったのでしょうか。

安生:弊社にちょっとした展示ルームがあるので、ぜひ1回やってみようと。全部で20作品ぐらいクリエイターさんに作品をご提供いただいて、クリエイターさんが制作されたコンテンツと、それをこんなパソコンで作ったよ、ということを併せて展示したんです。インテルがデジタルコンテンツの展示会をやることはもちろん初めてですし、デジタルコンテンツとそれの制作環境をセットにして、パソコンのモニター上に作品を展示するという前代未聞の企画で、来場いただいた方にも好評でした。

ーー安生さんのご経歴についても伺わせてください。インテルに入社してからBCPを立ち上げるまで、どのようなキャリアを辿ってきたのでしょうか?

安生:わたしは前職でメーカーの研究者をやっていたんですが、大学でコンピューターを学び、修士課程を卒業して研究所に入ると、周りの人はみんなPh.d.(博士号)を持っていたんです。はじめは別に持ってなくてもいいかと思っていたんですけど、入社二年目でアメリカのベル研究所に客員研究員として行く機会をもらったところ、周りにはMITだのバークレーだの、スタンフォードのPh.d.を持ってる人がいっぱいいて、幼稚園児扱いされたんですよね。本当にグローバルで活躍するには博士号って必要なんだとそのとき思い知らされまして、社会人ドクターに入学し、4年かけて仕事をしながら取得しました。その後2007年にインテルに入社し、組み込み系のシステムを担当しました。その後パソコンを担当することになって、メーカーさんをサポートするような仕事をするようになりました。初めて担当したのがソニーの『VAIO P』です。デフォルトOSがWindows 7になる頃ですね。

ーー技術本部 部長・工学博士という研究畑の出自でありつつ、BCPのような企画を立て、今回のようなインタビューにも答えていただいているのはかなり珍しいことだと感じます。

安生:私が研究所にいたころというのは、メーカーの研究所の予算がだんだん削られてきて、「自分の研究がどうしたらビジネスになるか考えろ」と言われた時代でした。私はチップのアーキテクト(内部設計)をやっていたんですが、それを自分の手で売りに走り回りました。設計したチップ構想を持っていろんなメーカーさんに足を運んで、例えばプリンター、カメラ、ネットワーク機器など、いろいろなメーカーさんと直接話していると、「使い方を考えられないチップ・アーキテクトに未来はないな」と感じたんです。

 当時から製品を設計するときにビジネスプランも考えるようなことには興味があって、「研究一本で行こう」というような感じではなかったんです。そう思えるようになったのは自分でPh.d.を取った瞬間で、「ちょっと考え方や生き方を変えてみようかな」と。自分の仕事が、自分が設計したものを広げていくというよりは、人が作ったものに人が集まってきて、それで何か大きなことを起こしていく、というイメージに変わったんです。

 その後インテルに入社しましたが、今の私はまさにそういったイメージで仕事をできるポジションにいます。世界中の研究者・開発者が作り上げる新製品や新技術の情報が集まってくる。それを煮るなり焼くなりしながら日本のパソコン産業界に広げていくような仕事をしており、どうやったら日本のパソコン産業にポジティブな影響を与えられるかということを常にイメージしながら働いています。

ーー少し趣味のお話も伺えればと思いますが、ベーシストだとお聞きしました。楽器はずっと演奏しているんですか?

安生:ベースを始めたのは7・8年前ぐらいです。ロックが好きで学生時代はギターを弾いていたんですが、いつしか弾かなくなってしまって。「またやりたいなぁ」なんて思いながらもやらないまま過ごしていたんですが、40歳を過ぎた頃に「やりたいと思ってるならやらなきゃ駄目じゃん!」と思って、御茶ノ水に行って、ベースを買いました。今は趣味のバンドで演奏しています。

ーークリエイターに対して働き掛けるようなプロジェクトを主導するなかで、ご自身の趣味としての音楽が、プロジェクトへの眼差しに繋がる部分はありますか?

安生:僕も手探りでセルフプロデュースをしながら、「こうしたらお客さん来てくれるかな」なんて考えながら活動しているわけですが、だからクリエイターの方々から学ぶことが多いです。というより、話を聞くのが楽しいんですよね。この前もAdobeさんの「Adobe MAX」でインテルとしてブースを出展したんですが、クリエイターさんを20人ぐらいお招きして、1日かけて登壇していただいたんですけど、僕が全員とトークセッションをやったんです。1日中喋り通しでしたが、僕が一番に楽しんでいる。趣味も仕事も、それこそBCPも「面白いことがあったらとりあえずやってみよう」っていう気持ちで取り組んでいますし、特にBCPを立ち上げた3人にはこのマインドが共通しています。

ーーインテルの根幹であるプロセッサーの展開についてもお教えください。昨今は高性能なディスクリートGPUと、オールインワンのSoCがいずれも発展しており、プロセッサーの進化はその需要に応じて二極化しているように感じます。こういう状況をインテルはどう捉え、どんな戦略を打ち出していますか。

安生:私たちは「XPU戦略」という戦略を掲げています。これはCPU・GPUのようなプロセッサーを1チップに統合して、求められる処理に適したプロセッサーに計算処理を任せる仕組みを導入しています。

 先般、米国時間の2023年12月14日に発表したばかりの「インテル® Core™ Ultra プロセッサー」もこの戦略にのっとり、CPU・GPUに加えてNPU(Neural Processing Unit:AIの推論処理に適したプロセッサー)を内包しています。これはインテル製品に初めて搭載されるプロセッサーで、低消費電力でAIを実行できるものです。

 特にノートパソコンにおいて重要なのは、処理速度と消費電力のバランスです。要は作業に対して必要なプロセッサーというのはケースバイケースで違うわけです。GPUは確かに速くて、AIを動かしてもゲームを動かしても速いけれど、消費電力がとても大きい。特にノートパソコンにおいてはバッテリー駆動時間が大事ですよね。加えて最近はAIを実行することも増えました。例えば『Microsoft Teams』や『Zoom』の周りの雑音を消すような機能はAIによるものですが、これは「少しの電力でずっと動いてほしい機能」です。こうした機能の実行にはNPUが役立ちます。

 ソフトウェアの開発者はこうした機能と消費電力のバランスを取りながらアプリケーションを作る必要があるのですが、違うプロセッサーで動かすからと言ってコードを書き換えたりいちいちやってられないじゃないですか。なのでインテルは「OpenVINO」というソフトウェア開発環境も用意し無償で配布しています (https://www.intel.co.jp/openvino-dl)。これを使えばソースコードを書き換えずとも、アプリケーション上の機能を最適なプロセッサーに振り分けてくれるので、合わせて使ってもらえればと思います。インテルプラットフォームのメリットは、「プラットフォームに載っているXPUリソースを、開発者が意識することなく全て使える」というところ。そんな発想で開発者に向き合っています。ソフトウェア開発者向けの取り組みとして、これはBCPとは少し異なりますが、「インテル® AI PC Garden」というAI開発者コミュニティも発足しました。ご興味ある方は是非お気軽にDiscordコミュニティに参加いただければと思います。

ーー最後にBCPの現在の課題や、今後の展望について教えてください。

安生:BCPに参画しているクリエイターの数は発足当時10人程度でしたが、現在は50人近くまで増え、さらに増やしていきたいと考えています。宮本我休さんという仏師の方や玉置ひかりさんという篠笛奏者の方、ダンサーAsuka YAZAWAさん、など一般的なデジタルクリエイターの枠組みにとどまらないクリエイターさんにも参画していただいています。この輪をもっと広げて引き続きクリエイターを支援していきたいですし、ゆくゆくはこれをコミュニティーとして深化させたい。たとえば参画している皆さんが対話・交流して、全く違うジャンルの人々がコラボレーションしたり、新しいものを生み出したりしてもらえるような動きにも期待しています。また、AIをどう絡めていくかというあたりも考えています。

 1人で生み出すものはもちろんですが、複数の人がコラボレーションして作ったらとんでもない創造性に富んだものが生まれるのではないかと期待してしまいますし、すごくワクワクしています。そのためのに何をしたらいいんだろうといろいろ考えつつ、あとは経営的な側面でクリエイティブそのものを表出するだけではなく、アート的な視点で作品を展開できないかとか、あんなこと・こんなことをやってみたいよねっていうアイデアはとめどなく生まれているので、「インテルカッコいいね」って言ってもらえるような施策を考えながら、引き続きチャレンジしていきたいと思っています。

文=白石倖介、写真=魚住誠一

Intelが主導するクリエイター支援プロジェクト「インテル Blue Carpet Project」