現役時代高収入であっても、老後思わぬ事態が続き、老後破産に陥ってしまう……実は、このような「エリートの老後破産」は少なくありません。上場企業で管理職を務めていた鈴木さん(仮名)も「まさかの理由」で破産寸前に陥ってしまいました。いったいなにがあったのか、ファイナンシャルプランナーの松田梓氏が解説します。

積立投資でコツコツ資産形成。堅実な性格だったが…

鈴木さん(仮名・72歳)はかつて、上場企業で管理職を務めていました。退職時の年収は950万円で、退職金は約2,000万円です。このほか、積み立て投資でコツコツ貯めた金融資産が約3,000万円あります。自宅の住宅ローンについては、退職金を使って繰り上げ返済しました。

現役時代は仕事が忙しく、家族サービスもなかなかできませんでした。そのため「定年退職後は思い切り好きなことをしよう」と心に決めていた鈴木さん。妻と一緒に旅行へ行くなど、潤沢な資産を使ってセカンドライフを満喫していました。

しかし、旅行を楽しんでいる最中、ある温泉宿で想定外の悲劇に襲われます。

なんと、妻が心筋梗塞となってしまったのです。幸い一命はとりとめたものの、妻は介護が必要な状態になってしまいました。加えて、90歳近い両親の介護もはじまり、鈴木さんは、突然3人の介護をすることになりました。

鈴木さんには息子がおり、この大変な事態にお子さんを頼ることも考えましたが、すでに独立し遠方に住む子どものことを考えるとあまり迷惑をかけたくありません。考えた末、鈴木さんは妻を在宅介護にし、両親は有料老人ホームに入居させることを決めました。

介護費用総額1,500万円も…鈴木さんには「想定内」

公益財団法人生命保険文化センター「2021(令和3)年度生命保険に関する全国実施調査」によると、介護期間の平均は5年1ヵ月で、介護費用の総額は平均約580万円となっています。公的介護保険で受けられる介護サービスは、利用料の1~3割が自己負担となります。

鈴木さんは有料老人ホームの入居一時金や月額費用、在宅介護のための自宅のリフォームと両親への援助など、介護費用は総額1,500万円ほどかかったそうです。

この金額には、介護によって増えた食費や家事代行サービスの利用費も含まれています。大きな金額ですが、ここまでは鈴木さんの想定内だったといいます。

両親と最愛の妻を亡くした鈴木さん…孤独感から“豹変”

1日の会話が「レジ袋はいりますか?」「いや、いい」だけの日も

10年間サービスを頼りながら介護を続けたのち、妻と両親を相次いで亡くした鈴木さん。鈴木さんは突然“独り”になってしまいました。そして、いつの間にか親しい友人とすっかり疎遠になっていたことに気づいたのです。

1日の会話が、スーパーへ行った際「レジ袋は必要ですか?」と声をかけられたときの「いや、いい」だけの日もあります。

かといって、いまさら友人に連絡することもはばかられます。寂しさや孤独感を募らせた鈴木さんは、しだいに「お店に行けば店員が話してくれる」と、買い物が日課になっていきました。

店員から「いらっしゃいませ」と声をかけられ、会計後に「ありがとうございました」とあたたかい笑顔を向けられるとうれしくなります。

さまざまな店舗に通うようになり、ときどき店員との会話が弾むと、興味のないものでもつい買ってしまうようになりました。

当初は高額なものは避けていたのですが、特に百貨店の接客が素晴らしいと感じた鈴木さんは、やがてクレジットカードを使ってブランド品も購入するようになりました。店員に顔を覚えられたのが嬉しくて、ひと月で50万円以上使ったことも。

ついに貯蓄が底を尽き、生活に困った鈴木さん。「情けない」と思いながらも息子に連絡してみました。

「最近いろいろと物を買ってしまってな、貯金が底をついたんだ……。もう、買い物は控えるつもりなんだが……すまん、金を貸してくれないか?」

堅実で贅沢しているイメージのない父親がなぜ!? 息子はひどく驚き、認知症や詐欺の可能性を疑いました。しかし、話を聞いていくうちに「買い物依存症じゃないか?」と気づき、実家へ出向いて詳しく話を聞くことにしたそうです。

老後、買い物依存症に陥る高齢者は少なくない

買い物依存症」は正式な病名というわけではありませんが、お金を使うことをコントロールできなくなってしまう状態のことを指します。買い物依存症に陥った人は、うつ病など他の病気が起因していることも少なくありません。買い物依存症から多重債務となり、自己破産へ発展してしまうケースも存在するのです。

厚生労働省広報誌『厚生労働』2019年5月号によると、日本でギャンブル等の依存症が疑われる人数は約70万人おり、これらの約4割が高齢者だといわれています。身寄りのない高齢者にとって、依存症は誰しも他人事ではありません。

孤独からくる「買い物依存」を救う4つの対処法

思わぬ理由から老後破産に追い込まれてしまった鈴木さんですが、今後どのような対策をとることができるのでしょうか。考えられるのは、以下の4つです。

1.専門機関や専門家に相談する

まずは、鈴木さん自身が買い物依存症であることを自覚し、保健所や依存症の専門機関などに相談をしてみるといいでしょう。ひとりで抱え込まずに、周囲に助けを求めながら解決していくことが大切です。

同じ問題を抱える人の自助グループに参加すると、仲間と一緒に悩みに向き合うことができ問題が解決しやすくなるほか、借金に関する問題は弁護士に相談することで解決できる可能性が高まります。

2.クレジットカード利用をやめ、現金払いにする

現金払いに比べ、クレジットカード払いは「お金を使っている」という感覚があまり持てず、知らぬ間に使い過ぎて利用金額が高額になっていることがあります。

クレジットカード払いから現金払いに切り替え、1日に使える金額を決めたり、家計簿をつけたりするなど、お金を使い過ぎない工夫が必要です。

3.子どもの近くに引っ越す

鈴木さんの近くに親しい友人がおらず、孤独や寂しさを感じているのであれば、子どもの近くに住居を移すことも一案です。子どもや孫とのつながりを確保し、心機一転、新たなコミュニティで居場所を探してみるのもいいかもしれません。

4.シニアでも無理のない範囲で働く

現在は、シニア向けのアルバイトやパート、シルバー人材センターなど、シニアの仕事の需要が多くあります。

内閣府の「令和5年版高齢社会白書」によると、70~74歳の就業者の割合は男性が41.8%、女性は26.1%と、70代でも多くの人が働いているのです。

お金を稼げるだけでなく、社会とのつながりを持ち「やりがい」や「生きがい」を感じられるということから、あえて老後も働くことを選択している人も少なくありません。

「老後の三大不安」を軽減するためにできること

退職すると、人と話すことが極端に減り、孤独や寂しさから高齢者が詐欺などの被害に遭いやすくなる傾向にあります。

また、孤立化はうつ病認知症のリスクも高まるといわれており、孤独死にも繋がります。いざというときに身近に相談できる親しい人がいないことは、高齢者にとって大きなリスクです。

豊かな老後を送るためには、資金準備だけではなく、心身ともに健康で豊かに過ごせるような環境を整えることが大切です。

「老後の三大不安」といわれる「健康」「お金」「孤独」。少しでも不安が減らせるよう、お金や健康だけでなく「人とのつながりや生きがい」を意識して生活してみることをおすすめします。

松田 梓

株式会社FP STYLE

代表取締役/ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)