私立中学を受験する子どもの割合は毎年増えていますが、特に地方ではまだまだ私立の学校の数も少なく、公立を選んで、受験はさせないという家庭も少なくありません。子どもを公立に通わせるなら「教育費」の負担軽減が期待できますが、油断していると危うい状況に陥ることも……。本記事では、Sさん夫婦の事例とともに、教育費の資金計画と生涯設計の考え方について、FP dream代表FPの藤原洋子氏が解説します。

子どもはのびのびと育てたい

58歳のSさんは、地方都市に住んでいます。28歳のときに新卒で入社した会社から、自分のやりたい仕事ができる環境で働こうと、現在の勤務先に転職しました。

プライベートを充実させたいと思うようになったのは、30歳を過ぎたころからでした。33歳で結婚し、2歳年下の妻とのあいだには3人の子ども(長男23歳、次男21歳、長女18歳)がいます。マイホームは35歳のときに購入しました。30年ローンで完済は65歳です。

Sさん自身は私立中学を受験した経験があります。子ども達の進路を考えたとき、妻とも相談した末、小学校から大学まで、すべて国公立を目指してもらいたいと考えるようになりました。

そもそもSさんの住んでいる地域は、私立中学受験に熱心な土地柄ではないこともあり、自宅から通える学校は限られていました。また、もし子どもらが大学で医科歯科系の学部を目指したいと言ったとしても、国立大学なら高額な学費をそれほど心配することなく、応援できると考えたからでした。

Sさん夫婦は、子ども達にはいろいろな経験をして充実した時間を過ごさせたいと考え、習い事は3人とも、「やってみたい」というままに、水泳、サッカー、リトミック、ピアノ、英会話、幼児教室など、さまざまな習い事をさせました。月謝は、3人で月に15万円以上かかっていましたが、子ども達は楽しんでいましたので、いましかできないことと積極的に応援していました。

休日に家族そろっていく、科学館や博物館、水族館などは、むしろSさんと妻にとっても楽しみとなっていました。

“オール公立の教育費”と“オール私立の教育費”の差

文部科学省は、子供の学校教育と学校外活動に支出した費用などについて、平成6年より1年おきに調査を実施しています。令和3年度の調査結果から、幼稚園から高等学校までの15年間に必要な学習費総額についてまとめられているのが以下のグラフです。

大学に必要な費用は、下記のとおりです。(2020年度文部科学省調査より)

 

入学料

授業料

初年度合計

4年間合計

6年間合計

国立大学

28万2,000円

53万5,800円

81万7,800円

242万5,200円

349万6,800円

公立大学

39万1,305

53万6,363

92万7,668円

253万6,757円

360万9,483円

令和3年度文部省調査より)

私立大学

入学料

授業料

施設設備費

初年度合計

在学中合計

文科系学部

22万2,651円

81万5,069円

11万8,272円

111万8,991円

395万6,015円

理科系学部

25万1,029円

113万6,074円

17万9,159円

156万6,262円

551万1,961円

医師系学部

107万6,278

288万2.894円

93万1,367円

489万539円

2,396万1,844円

その他学部

25万4,836円

96万9,074円

23万5,702円

145万9,612円

507万3,940円

お金に困るということは考えられないが…

Sさんの子どもたちの成績は、3人とも上位のほうでした。部活動にも各々参加し、夫婦の願いどおり充実した学校生活を送っていたそうです。Sさんの年収は安定して右肩上がりで、年収は1,200万円に到達します。妻も長女が小学校高学年になり、子育てに手がかからなくなるようになると、パートに出られる余裕も生まれてきました。

ただし収入と支出のバランスはトントンというところでしたが、貯蓄といえるお金はない状態でした。

Sさんが50歳になったころ、部長昇進をきっかけに「退職金は2,500万円受け取れるし、年金収入や妻のパートなどもあって、お金に困るということは考えられないけれど、少しは老後のことも考えながら貯蓄をしていかないと」と考え始めたそうです。

Sさんの父親ががんに罹患…マネープランが悉く崩壊する

Sさんが部長に昇進し、しばらくしたころ、Sさんの父親(80歳)が大腸がんを発症しました。幸い進行度は初期段階でしたのでひと安心していたところ、1年後に再発したのです。

Sさんの両親はSさん宅から、車で1時間半ほど離れたところに住んでいます。いままでは、“遠い”と感じるほどの距離ではないと思っていました。しかし、両親の年齢的に運転させることは不安なため、病院へSさん夫婦が車で連れていったり、度々様子をみにいったりと、そうした交通費が日に日に嵩むこと、往復で3時間の時間を要することから、1時間半程度の距離がこんなにも重く感じるとは、とSさん夫婦は疲弊していきます。

高齢の両親、特にSさんの母親(82歳)は父親ががんを発症したころから、看護やこれからの生活について不安を口にするようになっていました。

Sさんには妹(53歳)がいますが、遠方に嫁いでいるためたびたび実家に行くことはできません。

Sさんの妻は、週に2~3回、Sさんの実家を訪問することになりました。不定期に母親から連絡があるので、パートは一旦辞めざるを得ませんでした。

Sさんの自宅では、家族が集まるたびにSさんの両親の話題になっていました。身近な人が“がんを発症した”となれば、動揺するのは当然でしょう。幼いころから祖父に大変なついていた長男は、大学受験を控えていましたが、合格はほぼ確実といわれていたにもかかわらず、受験に失敗してしまいます。

これにより、1年間の高額な予備校の費用を負担する必要が出てきました。2度目の受験では無事合格できましたが、地元の大学には届かず他県の国立大学に通うことになりました。長男には仕送りとして毎月15万円を用意することにしました。

結婚年齢が比較的高い夫婦のマネープラン

いまのところSさんの父親にがんの再発は、ありません。Sさんの母親にはすぐ近くに弟(78歳)が住んでいますので、ときどき実家の様子を見てもらうように依頼し、Sさんの妻もいまではパートに復帰することができています。

長女は高校3年生で、受験を控えています。学校の成績はよいので、第1志望で国公立を目指していますが、長男と同様に他県の大学に通うかもしれない事態に備えておかなければなりません。

60歳で継続雇用制度を選択すると、年収は現在の1,200万円から3分の1程度になるということがわかっています。

「60歳以降、会社に残るか転職するか……」

このままでは、退職金から教育費を支払わなければならないかもしれません。

老後資金の準備ができないということはないと思われますが、結婚した年齢が比較的高いSさん夫婦の場合は、教育費のかかる時期と老後資金の準備、親の介護が重なることをもう少し早めに気づいておくべきだったでしょう。

Sさんは、父親ががんになったとき「親父が病気になるなんて、いままで想像したこともなかった……。自分もそういうことがこの先あるかもしれないんだ……」と痛感したそうです。

たとえばがん治療は、先進医療や、医療費の全額が自己負担となる自由診療を選択して、多額の治療費がかかるケースもあります。自分の命を採るか、学費を採るか、という選択を迫られるかもしれません。

お子さんにはまだお金がかかります。いま一度、病気やケガ、万一のことが起きたときの備えについて確認しておきましょう、とお伝えしました。

藤原 洋子

FP dream

代表FP

(※写真はイメージです/PIXTA)