世界のビジネスエリートたちは、今こぞって「行動経済学」を学び、グーグルアマゾン、マッキンゼーほか、名だたる企業が「行動経済学を学んだ人材」の争奪戦を繰り広げているという。なぜ、ビジネス界でこの学問に注目が集まるのか。本連載では、「行動経済学」の主要理論を体系化した話題書『行動経済学が最強の学問である』(相良奈美香著/SBクリエイティブ)より、内容の一部を抜粋・再編集。人間が「非合理的な意思決定」をしてしまうメカニズム、「システム1vsシステム2」など代表的な理論についてわかりやすく解説する。

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 第5回目は、意思決定を妨げる「選択オーバーロード」と、企業がおすすめ商品などを考える際に活用している「選択アーキテクチャー」について紹介する。

<連載ラインアップ>
第1回 グーグル、マッキンゼーほか、有名企業が「行動経済学」に注目する理由とは?
第2回 サラダの方が体にいいとわかっているのに、なぜケーキを選んでしまうのか?
第3回 3種類のうち、なぜ多くの客が「Bランチ」を選ぶのか?
第4回 顧客の声に応えたのに、マクドナルドの「サラダマック」はなぜ失敗したのか
■第5回 なぜTikTokはやめられない?企業が駆使する「選択アーキテクチャー」とは?(本稿)
第6回 スターバックスのラテは、なぜ現金で買った方がいいのか?

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「多すぎる選択肢」でどれも選べなくなる

■4000のトイレットペーパーと「選択オーバーロード

「情報」から派生して、「選択肢」についても考えておきたいところです。特にビジネスパーソンの皆さんでしたら、人に選択肢を示す場面は頻繁にあるでしょう。

 わかりやすい例ですと、あなたの企業の商品やサービスを買う顧客に、どれくらい商品やサービスの選択肢を示すべきでしょうか。また上司に案件を出すとき、どれだけの案をどういう風に出すべきでしょうか。

「情報オーバーロード」と似ていますが、行動経済学では「選択オーバーロードChoice Overload)」という理論もあります。選択肢が多すぎることで、相手は選べなくなってしまうのです。

「意思決定の妨げとなり、行動できない」という情報オーバーロードの問題は、選択オーバーロード(多すぎる選択肢)につながります。

 2022年のアメリカでの「選択オーバーロード」の調査によると、対象者の28%が「買い物をする際、選択肢があまりにも多すぎる」という回答でした。特に日用品は、48%のアメリカ人が「選択肢がありすぎて選べない」と述べています。

 例えば、アメリカのアマゾンで「トイレットペーパー」と検索すると4000件以上ヒットします。必需品ですし、「1枚のシングルロール」か「2枚重ねのダブルロール」もしくは「柔らかさ」など好みはあると思いますが、確かなことはたった一つ。絶対に4000もの選択肢はいらないということです。

 伝統的な経済学では、「人間は4000のトイレットペーパーを比較検討し、価格、品質、レビューもすべて見て一番いいものを選択する」ということを前提に考えます。実に合理的です。

 しかし、実際にはどうでしょうか。行動経済学は「実際の人間の行動」を説明するための学問です。多少の比較検討はするかもしれませんが、実際、人は感覚で適当に選びます。

 例えば「値段が安いものがいい」と、セール品をクリックする――たとえセールでも値引き前の元の値段が高ければ他にもっと安いものは探せばあるかもしれないのに、そこまでは考えずに選択します。システム1でぱっと意思決定しているのです。

 アメリカに行ったことがある人でしたらわかるかもしれませんが、アメリカの大型スーパーに行くと膨大な種類の飲料が陳列されています。炭酸飲料・スポーツドリンクから始まり、コーヒーやエナジードリンクなどが並び、最近流行りの紅茶キノコを含む健康飲料を100種類以上揃えるスーパーまであります

 スーパーの側はよかれと思って、これだけ用意しているのでしょうが、消費者は実際、戸惑っているのです。一つ一つの商品を比較検討し、自分にベストな商品を選択するには、膨大な時間と労力がかかるでしょう。中には比較検討するまでもなく、買うことそのものをやめてしまう人も多くいます。

 最近は日本でもネットでの情報収集が増えてきたと思いますが、先日、日本のレシピアプリで鍋料理のレシピを検索したところ、5万件以上のヒットがでました。「#簡単」と入れても1000件以上の検索結果が出てきました。「忙しいから具材を切るだけの鍋にしよう」と、時間をセーブしたいときに一つ一つの選択肢を見ていくのは理に適わないでしょう。

 そもそもなぜ100種類もの飲料を売るのでしょうか?100種類もの飲料が同じように売れているはずもありません。

 それなのになぜ、小売店やサイトはたくさんの商品を並べるのか?

 理由は明確で、選択肢が少なすぎると人は興味を持たないからです。前述のレシピのアプリも、「382万品を超えるレシピが検索できる」というのが売りになっています。「選択肢は多いほうがよい」という思い込みを利用して、何種類も似たような商品を積み上げることにより、それを魅力的に思いお店にやってくる顧客を増やす。その代わりに選択オーバーロードを生み出し、結果、消費者はどれも選ばない、という皮肉的な状況になっているのです。

アマゾンとTikTokが仕掛ける「選択アーキテクチャー」とは?

 このことからわかる通り、人間は多くの選択肢があることを好みますが、多すぎると決められません。実に矛盾しているようですが、これが非合理である人間のあるがままの姿です。

 先ほど述べたように、選択肢が多すぎたり、よくわからない商品を選択したりする際には「選択麻痺(Choice Paralysis)」になってしまいます。選択を後回しにしたり、または「選ばない」ことにつながることが多く、「選びたいのに選べない」という結果になってしまうのです。

 どのように選択肢を提示したら、相手に選んでもらえるのか。そこで「選択アーキテクチャー(Choice Architecture)」という考えが生まれました。「アーキテクチャー」とは「設計」の意味。選択アーキテクチャーとは、選択肢をどのように設計したらいいか、最適な方法を探る概念です。

 世界の企業は実際にさまざまな選択アーキテクチャーを駆使しています。

 アマゾンはユーザーのデータを蓄積し、アルゴリズムを使って「おすすめ商品」を出しています。「価格順、新しい順、人気順」などのフィルターを採用し、消費者が選びやすくしているのも「選択アーキテクチャー」です。

 他にも、TikTokは「最初から選択されている」という方法を採用しています。実際にTikTokを使うと、アプリを開いた瞬間に、何も選ばなくてもすぐに動画が流れてきます。

 あれだけ莫大な量の動画があっては、自分ではどの動画を見ればいいかわからず、ユーザーは選べなくなってしまいます。そこで、最初からそのユーザーが興味のありそうな動画を自動で流してしまうのです。そうすることで、ユーザーは選ぶ必要がなくなります。

 さらに、自動で動画を流すことで、「現状維持効果」も働き、その結果、ユーザーは時間を溶かすようにTikTokを見続けるというわけです。これがTikTok流の選択アーキテクチャーです。

 また、ネットフリックスも同様です。アプリを開くと、必ずおすすめのドラマのワンシーンが自動で流れてきます。やはりユーザーが選択オーバーロードに陥らないようにするための工夫です。

 また他の動画アプリ同様、ネットフリックスは過去に視聴したデータを基に「このユーザーはこんな属性でこういうものを好む」と判断して選択アーキテクチャーを作っています。

<連載ラインアップ>
第1回 グーグル、マッキンゼーほか、有名企業が「行動経済学」に注目する理由とは?
第2回 サラダの方が体にいいとわかっているのに、なぜケーキを選んでしまうのか?
第3回 3種類のうち、なぜ多くの客が「Bランチ」を選ぶのか?
第4回 顧客の声に応えたのに、マクドナルドの「サラダマック」はなぜ失敗したのか
■第5回 なぜTikTokはやめられない?企業が駆使する「選択アーキテクチャー」とは?(本稿)
第6回 スターバックスのラテは、なぜ現金で買った方がいいのか?

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