出世街道まっしぐら、部長職にまで上りつめた会社員は、多くの人が「勝ち組」と認めるところです。しかし、だからといって「老後も安泰」とはいかないようで……。本記事では大野さん(仮名)の事例とともに、現役時代に高収入だった人の老後リスクについて、FPの小川洋平氏が解説します。

元勝ち組サラリーマンの大誤算

大野保さん(仮名/67歳)は商社にて部長職を経験し退職しました。50代で部長昇進以後は月収100万円を超え、年収は1,500万円を超えていた時期もある、いわゆる「勝ち組」と呼ばれる現役時代を過ごしてきました。

退職金も2,000万円と企業年金500万円程度を受け取ることができ、確かに現役時代の収入からは減りますが、老後の不安を煽るニュースやネットの記事をみても、自分はなんとかなると信じていました。しかし、思わぬ事態が大野さんを待っていたのでした。  

思いもよらぬ妻からの「別居提案」

年収も高かったため、公的年金の受給額は妻の和美さんの分と合わせて毎月28万円程度受け取ることができました。

しかし、通勤しやすいようにと都心部近くにマンションを所有していた大野さんは高額な固定資産税で修繕費積立や管理費の負担も大きくなっていました。また、現役時代のお金の使い方がなかなか抜けず、大野さんは自分が毎月いくらお金を使っているかもよく把握していません。現役時代と同様に夜の付き合いやゴルフに出掛け、生活を圧迫していたのです。

また、妻の和美さんに対しても現役のころから高圧的な態度で接してきたためか、和美さんは大野さんが自宅にいる時間が長くなったことを苦痛に感じ始めます。「老親の面倒を診たいから」と郊外にある実家に一人で引っ越すことになりました。大野さんは大変驚いたのですが、強がって「勝手にしろ」と、突き放してしまいます。しかし、このことをあとあと大きく後悔することに……。

家事などほとんどしたことがなかった大野さんは、食事も外食が多くなりがちで、自宅で食べるときもコンビニのお弁当を買って食べることが多くなっていたのでした。妻の和美さんが出て行ったことで和美さんの分の公的年金の収入が減少しただけでなく、生活費の支出も多くなってしまっていたのです。

そのため、公的年金の金額だけでは到底足りず、年間200万円以上のペースで資産が減り始めてしまったいたのです。

気楽なセカンドライフからわずか2年…

そして、そんな生活を2年続けたころに、預金残高が2,000万円を切ったところで大野さんは今後の生活に対して大きな不安を感じ、妻の和美さんのもとを訪ねます。

「帰ってきてくれないか」と諭しますが、和美さんはなかなか首を縦に振りません。プライドの高い大野さんでしたが、最後には「どうか帰ってきてくれ」と土下座までして懇願したのでした。

妻別居時にとれたはずの対処策

和美さんが実家に別居してしまったことがきっかけで収入が減少し、さらには生活費の支出も増えてしまったことが大きな問題です。

妻が専業主婦の場合に多い「家計管理ができない夫」

一回の支出は数百円~千円程度ですのであまり大きな支出には感じない外食費やコンビニのお弁当ですが、仮に一回800円としても一日3食、30日繰り返せばそれだけで毎月の支出は7万円を超えてしまいます。それに加え、現役のころよりも多少は控えているとはいえ交際費も毎月5万円程度は掛かってしまっています。

妻の和美さんが別居した理由は老親の面倒を診たいからということでしたが、実際のところ大野さんと家にいる時間が長くなってしまったことが嫌になり、いわゆる「夫源病」に近い状態になっていたのでした。そのため、和美さんに対するコミュニケーションを改める必要があったといえるでしょうが、和美さんが別居の意思を伝えた際に、今後の家計の収支をしっかり自分で考える必要がありました。

これだけの赤字が続けば問題を早期に把握することはできたでしょうし、生活費を抑えたり退職後も就労を検討したりするなど、対策を早期に検討すべきだったでしょう。

マンションに自分が住み続けることは必須だったのか?

ちょうどマンションの価格も上昇していましたので、マンションを手離せばまとまった資金を手にすることができ、それを元手に地方に移住し中古の小さなマンションや一軒家を購入することでランニングコストや生活費も抑えることもできたはずです。また、売却せずとも賃貸にして収益を得ることもひとつの手でした。

早期に問題点を把握し、どのように対策していけばいいのかを考えればこのようになにかしらの対処ができた状況といえるでしょう。

現役時代に高収入な人が老後破産しやすいワケ

現役時代の収入が多いとそのときのお金の使い方が習慣化してしまい、またどの程度お金を使っているかを把握する癖がついておらず、リタイア後も同様に支出してしまう方も多いものです。大野さんのように人付き合いが多い職種の人や、企業経営者、個人事業主などに多い傾向があります。

こういった問題を事前に見える化し、対策を考えることができるのがライフプランニングです。

2019年に話題となった「老後2,000万円問題」の発端である金融審議会「市場ワーキンググループ報告書」においても、平均的な高齢夫婦の二人暮らしの必要生活費に対し、公的年金では毎月約5万円程度不足し、人生100年時代を生きると大体2,000万円程度不足しているという試算が発表されています。

厚生年金はその人の報酬額、加入期間に比例し金額が増えていく仕組みですが、収入が高いからといっても年収300万円、400万円の人たちとそこまで大きく変わるわけでなく、反対に現役のころの生活水準が高かった人たちが年金生活に入ると、現役のころに十分な資産形成を行っておかないと一般の世帯よりも生活水準が高い分公的年金の受取額に対してのマイナスが大きくなるため老後破産のリスクと隣り合わせなのです。

そのため、収入が高いからといってもしっかりお金と向き合い、問題点を把握し、自身の望む人生を送るためにどの程度の準備をする必要があるかを早期に考えることが大切なのです。

小川 洋平

FP相談ねっと

(※写真はイメージです/PIXTA)